第33話「リベンジ」

 ぶわっと湧き上がった、心の奥にあった記憶。そして、目に映る現実。巨大な九頭竜と、戦っている天狗たち。


 その時の気分を、なんて表せば良いのか。身体のサイズギリギリの狭い狭いトンネルの中を、長い距離一気に通り抜けた気分。


 知らず荒い息をついて、こくんと息を呑んだ。


 あんまりにも、今の記憶が信じられなくて。一瞬、今居る位置も、自分が誰かも把握出来なかった。


 伽羅さんは抱きかかえていた私が、あの化け物を認識したと見てか、ゆっくりと方向を変えようとしていた。


「ちょっ……伽羅さんっ……! 早く早く! 那由多のところに、連れてって!」


「は……? いや、今の俺の話……聞いてた? 那由多は、九頭竜と今戦ってて……」


 いきなり声を荒げて態度が変わった私に戸惑ったように、伽羅さんはそう言った。彼が戸惑う気持ちもわかる。そして、彼は上の立場にある相模坊さんから、九頭竜に狙われている人間の私を、安全な場所まで連れて行けと厳命されているはずだ。


 けど、記憶を取り戻した私は、那由多に一刻も早く会いたかった。


 五十年も前に亡くなってしまった舞姫、生まれ変わりが私だとわかれば、彼が苦しんできた何もかもが、もしかしたら……心が救うことが出来るかもしれない。


「あのっ……私、早く会わなきゃいけないんです! お願いします! 那由多に、今すぐ言わなきゃいけないことがあって……」


「ちょっ……ちょっと待って……まーまー、落ち着いて。あいつも大天狗の息子だ。それに、この前に、聖良さんも見ただろう。亡くなった人を守りたかったという、その一心でずーっと修行していたから、今ではもう、天狗族の中でも大天狗になれる程に強い。だから、別にこれが今生の別れって訳でもない。九頭竜を退けて、あいつもすぐに、聖良さんの元に来るよ」


「けど……九頭竜は不死。だから、かくりよのあやかしたちは、皆困ってずっと手を焼いている。性格も凶暴で、話も通じない。そうでしょう?」


 静かに私がそう言えば、伽羅さんは驚いた表情をした。


「っえ? ……ああ。確かにあの九頭竜は、俺たちあやかしより神に近い不死の生き物。だが、力を持つ親父たちももうすぐやって来る。今は相模坊様一人だけど……」


 伽羅さんは私が九頭竜について詳しく知っているのを驚いた後で、那由多なんかにその情報は聞いたのかもしれないと、自分を納得させたようだった。


 もちろん、私が何故詳しく知っているのかと言えば前世の記憶だ。


 九頭竜は性格も荒々しく、手の付けられない暴れん坊。けど、どうしても殺すことは出来なかった。水神になり損ねた、可哀想な存在だからだ。


「……あの……私。すぐには信じて貰えないかもしれないけど、私……祈りの舞姫と呼ばれていた、せりです。那由多と約束して……そして、九頭竜に……けど、私はあの九頭竜の姿を見て、思い出しました」


 それは、天狗の彼にも、信じがたい話だったに違いない。伽羅さんは、目を丸くして驚いているようだった。


「……は? ちょっ……ちょっと、待って。ああ……確か。俺も……あの人に会ってる。あの時、鞍馬山に、大天狗は集まっていて……息子の俺も……あそこに居たから。そうだ。せりっていう名前だった。あの……なんか。遠慮なんか何もない言いようで、那由多を揶揄っていた、あの人……?」


「うん。確かに伽羅さんにも、会ってた。あの時に、草原で草笛を二人で吹いたよね。あの時の私は、舞を踊るばかりで、外で遊ぶこともなかったから……楽しかったな」


 大きく頷いて、彼との思い出を肯定すれば、伽羅さんは、若い外見のせいもあるのかどうなのか。とても適応能力は高いようだった。


 私があの時にこのかくりよまでやって来た舞姫のせりであるということには、納得してくれたようだった。


「えっ……やばい。すごい。俺も嬉しいわ……あんなに苦しんでいた那由多が、救われるのか。いや、まじで嬉しい。あの……なんか、自分と違う人と恋仲になってて……というか、それも、聖良さんでせりなのか……いや、もうなんか良くわからないけど。俺が証言するけど。あいつはこれまで、一度も浮気なんか、したことなかったからね。うわー……すっげ」


「うん。そういう人じゃないもんね……わかってる。だから、彼の元にまで連れて行ってくれる?」



◇◆◇



 戦いの地は、本当にすぐ傍。相模坊さまは、九頭竜の動きを何か透明な壁のようなもので防ごうとしているのか、宙に浮いたまま何かを唱えているようだった。


 それを取り巻き、九つの頭を持つ竜に応戦している何人かの天狗たち。羽ばたく、黒い翼。その中の一人、那由多を見つけた私は咄嗟に彼の名前を呼んだ。


「那由多!」


 私がそう呼べば、一瞬だけこちらを見た那由多は私たちに向かって、何かを叫んだようだった。


 そして、九頭竜の頭にある、二つの真っ赤な鬼灯のような目が揃ってこちらを見た。恐ろしい赤い舌なめずり。


「何でここに、来たんですか? 伽羅も。あいつが誰を狙っているかは、知っているよな?」


 呆れた声を出したのは、一番近くで戦っていた多聞さんだった。


「多聞。時間がないから、簡潔に説明するけど。なんとこちらの聖良さんは、那由多が寝る間も惜しんで、修行魔になる原因を作ったあの人の生まれ変わりだった。信じられないけど、まじでそうなんだよ。あの時に会った、俺とのことも覚えてた」


 多聞さんは、一瞬驚いた顔をしたけど。それでも彼らしく落ち着いた様子で、私と伽羅さんに言った。


「それは、わかった。詳しい説明は、後で良い。だからと言って、ここには来てはいけない。九頭竜は……」


「わかっています。だから……来ました。あの前世の私の……あの時のリベンジを、したくて」


 私の言葉を聞いた多聞さんは、片眉を上げて二つの頭相手に奮闘している那由多の方向を見た。

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