第28話「因果」
遠い遠い向こうの方で、光が瞬き何か戦いの音がする。私と妖狐族の二人は、そちらを避けるように違う方向へと向かって飛行した。
「ははっ……噂で聞いてた通りに、まじで娘は能無しだったな。相模坊は有名な人格者だろうが、一人娘を甘やかした挙句に、自分の名前に泥を塗るのか。ああいうバカは優しくし過ぎると付け上がり、生まれ付きちょっとした能力を持っているだけなのに、自分こそが一番に優れているという。とてつもない勘違いをするんだ。やっぱり子どもは、厳しく育てなきゃなー……優しくし過ぎてバカに育つと、とんでもない間違いを仕出かす」
「あの女だって……一応は、大天狗の娘だぞ。空を飛んで天狗の幹部に、連絡されてしまえば……」
光を放つ尻尾でバランスを取りつつ空を飛ぶ低い声を持つ妖狐の男は、捕らえた私の腰に回した片腕の力を強めた。
今は落ちたら即死の高度だというのに、ここで暴れたらどうなるかくらい私にだってわかっていた。
これから、自分がどうなるかわからないけど。絶対に死ぬわけには、いかない。だって、私が死んだら……那由多は……二度も、絶望の奈落の底を彷徨うことになるのだ。
だから、死ねないと思った。何があっても……また彼に会うまでは。
「だんじょーぶだいじょーぶ。俺らの閉じ込められてた結界を、反言で返しといたから。あのお姫様が父親の緻密な結界を力任せになんて、破れる訳がない。時間を掛けて一言一言根気良くやるしかない……こんなに、思い通りになって良いのって感じだけど……花嫁さん。ごめんね。天狗より、美形の妖狐も居るからさー。お姉さんもそっちの方が好みかもしれないよ?」
にこにことした表情で私の顔を覗き込んだ妖狐に、私は軽蔑の視線を投げた。
「……嫌がらせで花嫁を攫うような一族と、結婚なんてしたくない」
「ははは。けど、お姉さんだって人の世から攫われて来たんじゃないの? 天狗の嫁攫いは、かくりよでも有名だよ。あいつら、種族的に女が出来にくいんだよ。だから、産まれながらの女天狗も少なかったでしょ?」
私はかくりよに来てから見掛けることがあまりなかった女天狗の人数の少ない理由をこんなとことで知って、驚いた。そっか……だから、人の娘を攫って、花嫁にするんだ。
私は偶然山の中で会った貴登さんに美形天狗相手の乙女ゲームのような状況のセールストークに乗せられて、自分で攫われたんだけど……。
「私は自分の意志で攫われて、かくりよに来たんです。美形の天狗三人に取り合われて、満足しています。相模坊さんのお城まで帰してって言って聞いてくれるとは思えないけど、私は天狗と結婚することを望んでるから」
「へー……面白いねえ。自分で天狗に……っ」
私が目の前で出来た事を理解する前に、また揶揄おうとしたその男は強い力に押しつぶされるようにして、地面に落ちて行った。そして、逃げようとした男を追い掛ける茶色の影。あの翼の色は、きっと伽羅さんだ。
そして、私を捕らえている男が慌てて速度を速めようとしたけど、無駄だった。そちらには多聞さんが美しい大きな翼を広げて……まるで待ち構えるようにして居たから。
「多聞さんっ……!」
私の呼ぶ声を聞いて、彼はにっこりと微笑んだ。戦いの途中抜けて来たのか、彼の来ている着物にはところどころ黒い焼け焦げが残っていた。
すぐ下からも、戦う音が聞こえる。けど、あまりに速すぎて私は目で追えなかった。
「すぐに……大人しく引き渡せば、温情ある処置にしてあげるよ」
「こうなれば……元より、逃げられると思っていない……何故、わかった?」
「部外者の妖狐が、知る由もないが。僕たち三人は、花嫁争奪戦に参加する前に。彼女の居場所を知ることの出来る、特殊な術式を身に付けている。前にもあったんだ。不届き者に、無防備な花嫁が狙われるのはね……まあ……僕は、一応。本当に温情のつもりだったんだよ。君がすぐに……引き渡せばね……」
多聞さんが意味ありげに上を見たので、私とその男はつられるように上を見た。
そこには、翼が黒い空を覆ってしまうような……巨大な鳥。白い月光は、その身体を取り巻くような燐光を放つ役目をしていた。
「那由多、怒るのはわかるけど……程々にしなよ」
私を捕らえていた男が言葉を失っている隙に、多聞さんは私の身体を取り返し、すぐさまに城の方向へと飛行を始めた。
「えっ……!? 多聞さん、あれは……あの鳥は!?」
何が起こったか全く事態が飲み込めない私が発した声も、風の音に邪魔された。けど、私を胸に抱いていた多聞さんには聞こえたらしい。
「あれはね……僕らの、祖となる存在。竜を常食とする、神獣。召喚したのは、那由多。妖狐族二人相手に、あれは完全にやり過ぎだけど……まあ、聖良さんを攫われたから。あいつの持っている過去を思えば、俺たちも理解は示すよ」
「……那由多が。けど……あんな……」
私が言わんとしていることを、多聞さんはわかってくれたらしい。
だって、世界を滅ぼすために現れたと言われても、納得できるほどに圧倒的な存在だったから。
「うん。妖狐を黙らせるだけじゃなくて……あのまま妖狐族の里だって、壊滅出来るだろうね。あいつは、前に目の前で恋した人を喪い、絶対に次は大事なもの守れるように強くなると決意し、眠る間も惜しんで修験道の修行をした。そして、あれを喚び出せるまでになった。その人との約束で……後を追えなかったからね。忘れられない辛さを、少しでも薄れさせるために必要なことだったんだ」
「那由多……」
「けど、あれ使ったら。多分、那由多は、何日か使い物にならなくなると思う……聖良さんが、看病してあげてよ」
背後でまるで嵐の中のような大きな風のうねりが、那由多の底知れぬ怒りを表すようにして大きな音を立てた。
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