第25話「来襲」

 私が踊り終わった時に、大きな拍手と歓声が上がった。胸の中は例えようもない満足感に満たされ、微笑み礼をしてから舞台を掃けた。


 こうして、本格的な舞台に上がったのは久しぶりだけど、やはりこうして人前で踊りを披露すると緊張するけど楽しい。今、踊り終わったばかりだと言うのに、もっともっと踊りたくて堪らなくなる。


 以前の約束通りに、こうして相模坊さんの開催した宴会で踊ったものの、本格的な踊りの衣装でもないし、舞台化粧の白塗りなんかもしていない。


 争奪戦参加者の三人は、並んで膳を前にしていた。ちらっと那由多を見たら、私と視線が合ったことに気がついて笑ってくれた。


 左右の二人は私たちの様子を見て微妙な顔をしているので、二人の関係があからさま過ぎたかもしれない。まだ言えないから、気を付けないと。


 私はそそくさとして大きな身体の相模坊さんの隣に座ると、彼は微笑み嬉しそうに言った。


「いやぁ……とても素晴らしい。こんな風に舞台での踊りを見たのは、何十年振りか。酒を飲みながら、踊りを鑑賞するのは格別。もし、誰かに嫁いだとしても、また気が向けば儂の目を楽しませて貰えたら、嬉しい」


 私に向けて優しく笑った相模坊さんは、好々爺という言葉にピッタリだった。彼にも遊んだ若い頃はあったんだろうけど、こうした姿が初めてだった私には全然想像が湧かない。


「相模坊さんは、芸者さん遊びをしたことがあるんですか?」


 私がそう聞いたのは、芸者さんたちがこうした酒の席でプロとして踊りを見せる女性たちだからだ。ずっとずっと昔からの日本の伝統を現代にまで受け継いでいるのは、彼女たちだから。


「はは。儂が以前に酒を飲んでいた頃に踊りが見たことあるのは、遊郭だ。華やかな世界だったが……その闇も深かった。愛しているのに、憎い。憎いのに、愛している。人の心とは、兎角難しいものだ」


 どこか遠くを見て過去を思い返すようにして、そう言った彼に、私はこの前から気になっていたことを聞いた。


「あの……相模坊さん。をはやみ……って、何のことだかわかりますか? あの……この前にお城の廊下を擦れ違った方が……言ってて。何のことなのかなって、不思議だったんです」


 相模坊さんは、私が誰のことを言いたいのかを、すぐに察してくれたようだった。急に真面目な顔をしてから、そしてまた相好を崩した。


「瀬を早み……急流が岩によって分かれてしまっても、また一つになれるように。愛した人といつかまた再会したいと、謳っている。何かの事情があって別れてしまっても、また会える会いたいと願っているんだよ」


「彼には……誰か、会いたい方がいらっしゃるんでしょうか?」


「そうだな……もうあの人が会いたい人は、生きてはいないだろうが。もし、会えるなら会いたい人が、沢山いらっしゃるのかもしれない」


「なんだか……切ないですね。でも……」


 いつか恨みが晴れるまで、彼はあのままなのかと聞きたかったんだけど、それは聞けなかった。


 鋭く高い笛の音が、いきなり鳴り響いたからだ。


「っえ!?」


 宴会に集っていた全員は、その笛の音を聞いて表情を一変させた。そして、大きな異変が、この城に起きたことを知った。


 次々に大広間の障子を開き、広い広い夜の空に見えたのは、ゆらゆらとゆらめく紫色の狐火。数え切れないそれは、こちらへと真っ直ぐ向かって来ている。


 まだまだ遠い距離があるというのに、移動速度が速いのか。どんどん、近付いて来ていた。


 統率の取れている天狗たちは、特に動揺した様子もなく誰かは大きな翼を出して空を飛び、誰かは何かを取りに廊下へ。


「聖良さん。ご心配なさらずに……我々と敵対している妖狐族が攻めて来たようです。この前に伽羅を襲ったのは、彼らだったので。そろそろ何かあるかと思っていましたが……こうしてすぐに来るとは、予想外だったな」


 相模坊さんも、敵がすぐそこにまで来ているというのに落ち着いた様子でゆっくりと盃を口にした。


「っ……この前の!?」


 私が川に落ちた時に見た、あのいくつもの黒い影……あれが、妖狐族だったんだ。


「そうです。怒った伽羅が、あの時の妖狐に手加減せずに容赦なく攻撃したのが、気に入らなかったのかも……しれませんね。まあ……どんなにあいつが強いとは言え、手を加えた相手は一人だとは思えないくらいの様子でしたが……」


 相模坊さんは、意味ありげに笑った。要するに伽羅さんとデートに行ったはずの私を追い掛けて来た那由多が、私を助けて川に飛び込む前に、妖狐族に向けて攻撃を仕掛けていたらしい。


「……いけない。結構な奴が来ました。儂も久しぶりに、出るか」


 私がどう言うべきかを迷っている間に、遠く遠く紫色の狐火の中にまったく性質の違う動きをする巨大な白い炎が見えた。ゆらゆらとゆらめく……何か、輝く扇のようにも見える。


「……あれは?」


 不思議に思った私が、相模坊さんを見ればもう彼はさっきまでの恰好とは、まったく違っていた。山伏のような恰好に、錫杖。私たち人間が、天狗と聞いて想像するそのもののような。


「九尾狐の一匹です。天狗族で言えば、大天狗が位置する幹部……珍しいですが、売られた喧嘩は買わない訳にはいかない。多聞に、那由多。伽羅も、手伝ってくれ。今回は、気合いを入れて来たようだ」


 彼の指令を待っていた三人は、相模坊さんの声を聞いて一斉に大きな翼を出した。そして、美しい艶のある漆黒の翼が、私の前で揺れて窓の外にある夜の闇へと溶けて行った。

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