第20話「想い」

 那由多さんが話していた鬼族の里での祭のメインイベントの百鬼夜行と呼ばれるものは、それはそれは盛大な行列だった。


 私の感覚でいうと、画面の中でしか見たことのない仮装パレードのあやかしバージョンとでも言えば良いのか。例えることが難しい。


 大通りの開始点で百鬼夜行の先頭に立ったのは、金糸で豪奢に飾られた黒い法被を揃いで身に付けた鬼族の見目の良い若者たちだった。示し合わせて皆がしんと静まった大通りに、開始を意味する笛や太鼓の音が鳴り響き、それを待ってましたとばかりに歓声が沸き起こった。


 そして、思い思いの格好をした面々が続き、祭は最高潮に盛り上がった。華やかに盛り上がっていた。


 そう。私以外の皆の心は。


「……あの。どうかした? 体調でも、悪くなってきた?」


 この素晴らしい祭の光景を前に、きっと隣に居る私はさぞ顔を輝かせているだろうと思っていただろう那由多さんは、訝し気に聞いた。


 それはもう、私だって盛り上がりたかった。


 わーっと大きな声を上げて、一生の内に何度も経験することのない初めての大きな感動を、好きな人と分かち合うのだ。


 そうだ。好きな人と。私は、もう既に本当に那由多さんのことが好きだったから。


「あの……私ね。那由多さんが、他の子と話すの。なんか、凄く嫌だったみたい」


 冷たく見えるような外見を持つ彼が、その印象に反してとても優しいことは私は知っていた。知っていたから、もう思っていることをそのままのことを言った。


 決して嫌わないと、思っていたからだ。


「え? ……さっきの、桃か。あいつは、幼い頃からの顔見知りで。なんでもないよ。それに、あいつは既婚者だから……他族の俺なんかと、どうこうなったら……うん。凄いことになるので、お互いに。絶対に、それは、ないから安心して」


 恐ろしい何かを想像してしまったのか、少し顔が青褪めてしまったような気もするけど、那由多さんは絶対にないと言い切ったので、私はようやくほっと息をつくことが出来た。


「……私より、幼く見えたから。桃さん、結婚してるんだね」


「聖良さん。桃は、あやかしで鬼族だからね? ……あいつ。俺より年上だから。なんなら、結構年上だから……」


「年上……?」


 私から見れば、桃さんは高校生にも思える可愛らしく幼い容姿を持っていた。なんだか、物凄い勘違いをしていたことを知って私は急に恥ずかしくなった。


「……それで、機嫌が悪そうだったんだ。じゃあ、やめようか? 聖良さん以外の女性と話するのを」


「そっ……そういう訳じゃなくて……なんか、それはやり過ぎっていうか……」


 なんだか、さきほどの自分がとてつもなく子どもっぽいことを言い出したようになってしまったようで、私は首を横に振った。


「俺は、別に良いよ。それで、聖良さんが納得できるなら。筆談だって、立派な意思疎通の手段だ」


「ふふっ……じゃあ、紙とペンを持ち歩かなきゃ……」


「そうだな。機嫌が直って来て、良かった。何か知らない内に俺が悪い事をしたのかと思って、緊張してた」


 ほっと息をついて、祭の空気の中で見つめて微笑む那由多さんにきゅんとしない女子が居たとしたら……とっても、珍しいと思う。


 那由多さんは、私が急に機嫌を悪くして、その理由を知りなんなら喜んでくれたようだった。恋愛経験の少ない私にとってしてみれば、彼の反応は本当に嬉しかった。


 私の事を一番に大事にしたいという、そういう那由多さんの想いを強く感じ取れたからだ。


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