第19話「これって」

 黒い夜に、宙に張られた太い縄に吊るされ揺らめく無数の赤い提灯。大きな祭特有の人いきれで、周囲の空気が温かい。


「っ……わあっ……」


 私は目の前の美しい光景を目にして、大きく息をついた。もちろん、驚きと感動で胸がいっぱいになって。


 まるで、和製ハロウィンパーティを思わせるような大通りは、年に一度の祭りということもあって騒がしい。


 貴登さんのような獣の頭を持っている人は当たり前のように歩いていたし、ここは鬼族の里だから、当たり前のことなんだけど、頭の上には角を生やしている人が多かった。


「……人出が多いから、俺から逸れて迷子にならないで。もうそろそろ……百鬼夜行が、始まる。きっと、驚く」


 那由多さんは苦笑しながら、きょろきょろと物珍しく周囲を見回していた私の手を取った。


 今夜は、この前に私が風邪を引いて那由多さんとだけデートをすることが出来なかった。だから、穴埋めというか……以前に約束をしていた鬼族の祭りに、連れて来て貰ったのだ。


 那由多さんにこういう祭があると聞いてから、想像していた以上に、本当に人……じゃなかった。この里に祭りを楽しもうと集まって来ているあやかしたちも、本当に凄い数なのだ。


「本当に……すごい。こんなに、盛況な祭だとは……思ってもいなくて」


「鬼族が里の大通りを練り歩く百鬼夜行は、かくりよの中でもとても有名なんだ。これを楽しみに、日にちを合わせて遠方から旅をして来る者も多い」


 那由多さんの言葉を聞いて、私は内容に少し引っ掛かった。けど、それは少し考えれば、しごく当たり前のことだった。


 皆が皆。背に大きな翼を持っていて、空を飛べる訳でもない。長距離を短時間で移動することの出来る天狗族は、そういう意味でもきっと特別なのだ。


「……あ。そうか。あやかしも、天狗みたいに皆飛べる訳じゃないから……」


「そう。空を飛べなければ、徒歩で旅をするんだ。俺は飛ぶことが出来るが、歩くのも好きだ。飛べば一瞬で通り過ぎてしまうような景色も、こうしてじっくりと楽しむことも出来る」


 那由多さんは、そう言って祭の様子へと目を移した。多くの提灯が吊るされて、和風の建屋には祭の飾りで華やか。


 祭特有のウキウキとした空気に、自然と胸が高鳴った。


「私はこうして、祭に来るの……久しぶり。こんなに、楽しくて心が浮き立つことなんて、忘れてた。こうして歩いているだけでも、楽しい」


「楽しい? それは、良かった。聖良さんに、喜んで貰えて俺も嬉しい」


 隣り合って歩きつつ見つめ合いながらの直球の言葉に、私は思わず立ち止まった。


「那由多さんは、楽しい? 那由多さんは、私のことばかりを気にして心配してる……自分自身も、楽しんで欲しい」


 私がそう言えば、彼は顔を綻ばせて笑った。


「俺も楽しいよ。こういう、祭は好きだ。どうして、そんな風に思った?」


 那由多さんは、一度好きだった人を亡くしたという過去があったせいか。何よりも、私を大事にしてくれる。それに関しては、嬉しいことだ。次なる恋の相手は私にしようと定めて、大事にしてくれている。


 けど、彼には自分の欲求など簡単に捨ててしまうような、自己犠牲の気持ちも強いように思えてしまったのだ。


「……私を大事にしてくれるのは、確かに嬉しい。けど、自分のことだって考えてあげて欲しい。私のことだけじゃなくて……」


 那由多さんが、何か言葉を紡ごうと口を開きかけた時に、可愛らしい声が聞こえた。


「那由多ー! 久しぶり!」


 彼の背中を遠慮なく強く叩いて現れたのは、顎の長さくらいのさらさらとした黒髪を持つ可愛らしい背の低い女の子。彼女は膝までの赤い着物を来ていて、ふわふわとした柔らかそうな兵児帯を結び、伝統的な着物の着付けにはほど遠いとは言え、センス良く可愛かった。


 きっと、すごくモテると思う。可愛いうえに、美しい。私が感じたちょっとした違和感は頭の上に、ちょこんと存在している二つの小さな角だけ。


「あれ。桃。お前、こんなところに居て良いのか。準備があるんじゃないのか」


 那由多さんは、突然の彼女の登場にも特に動じずに質問した。彼女は、気安い様子で私が居る方とは逆の腕を引っ張った。


「うん。だって……あれー? 何? 嘘……那由多が女の子、連れてる。えー。私。てっきり。えー。男色じゃなかったんだ……」


「は? なんだよ。その話。止めろ。聖良さん。これは、鬼族の大鬼の一人。この里を纏める朱天童子の娘で、桃。顔見知り」


「は? 何その素っ気ない紹介! 嫌な男ー! ていうか、私急いでたんだった! もう、行くね!」


 桃さんは赤い舌を出して、私にだけ手を振ってから去って行った。


「ごめん。あいつ、あの通り騒がしくて。聖良さん……?」


 那由多さんは、さっきまで上機嫌だった私が無表情になっているのを見て、驚いたようにして顔を近付けた。


「あ。ごめんなさい。ちょっと、考え事していた。屋台も出てるから、あっちに行ってみたい」


 私が指差した方向を見て頷いて、那由多さんは私の手を引いて歩き出した。彼の後に続きつつ、自分の心の狭さを知りびっくりしていた。


 桃さんが、親し気に那由多さんの腕に触れたのを見ただけで、喉の奥が灼けつくような嫌な気持ちになってしまった。


 これって……好きな人が別の女の子と仲良くしていると感じると巷で良く噂に聞く、嫉妬?

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