第13話「初回」

 多聞さんが私とのデート先に選んだのは、相模坊さんの治めている天狗の里で、朱塗りの和城の城下町と言える大通りだった。


 大きな翼を自由自在に出し入れする事の出来る彼らは、日常は普通の人間と変わらぬ姿で生活しているらしい。服は現代風ではなくて、あっさりとした庶民用の着物などの和風だけど。


 ただ、狼の頭を持つ貴登さんと同じように、獣の顔を持って二本足で歩いている天狗も通りを歩けばチラホラと見掛けた。


 那由多さんが貴登さんは長く生きた獣から姿を転じて天狗になったと言っていたから、彼と同じようなそういった木の葉天狗たちなのだろう。


「……物珍しいですか」


 江戸時代の街並みを残すような天狗の里は、確かに時代は感じさせるものの古びてはいない。街を歩く天狗たちも、活気があっていきいきとしている。今ここで彼らが生活しているという、息遣いが伝わってくるようだった。


「ええ。獣の顔を持つ人たちも、沢山居るんですね」


「ああ……あれは、長く生きた獣が妖力を持った、木の葉天狗たちです。天狗族の中での位は下位にはなりますが、その中には大きな力を持っている者も多い」


 私は多聞さんの言葉に感心して頷きつつ、あることに気が付いた。通りを歩く獣の頭を持つ天狗たちは狼や犬、狸や鳥など、その種類は様々だった。けれど日本昔話では、良く話に出て来るメジャーな獣が見当たらない。


「あの……猫とか狐って、いないんですね」


 狐はともかく、日常良く見る動物である猫は居ないとおかしいと思った。隣を歩く多聞さんを見上げれば、彼はなんとも言えない表情をして肩を竦めた。


「あれらは……猫又と妖狐という、また種類の違ったあやかしになります。これから、貴女を一人にするようなことはないとは思いますが……もし、狐を見たなら、絶対に関わらないでください」


「え……?」


 多聞さんの真面目な眼差しを見て、これは冗談とかそういった類のものではないと私はこくんと息を呑んだ。


「我ら天狗族と妖狐族は、天敵なんです。古くの争いが元らしいんですが、古過ぎてきっかけを覚えているものももう居ない程の大昔から。相模坊様を始め僕の父などを含む、天狗族の首領八人の大天狗たちには、意地の悪い妖狐が今まで天狗に対して仕出かした事に腹を据えかねて居る者も多い。我らにとって大事な花嫁に何かをされるような事があれば、それが全面的に争う出来事にもなりかねない……狐を見れば、逃げてください。大袈裟な話でもありませんから」


 彼の真剣な表情には、鬼気迫ると言えるような危機感も感じた。よほど、過去には二つの一族の中で過去に色々とあったのかもしれない。


「……なんだか、あやかし同士にも争いだったり……色々と、あるんですね」


 私の中では狐と言えば、北国でのキタキツネなどの可愛いらしいイメージしかない。彼らとの生々しい戦いの歴史さえも感じさせる、思わぬ話の展開に驚くしかなかった。


「人も、そうでしょう。仲が良い者も居れば、仲の悪い者も居る。決して万人と上手くやれるような道はない。数が増えれば増える程に、集団とはそういうものです」


 どこか達観した様子で、多聞さんは言った。というか、この人の年齢を思い出せば、それは無理もないかもしれない。童顔にも思える美しい顔は、見た目年齢二十歳くらいだし。


「なんだか、哀しいですね。別に争わなくて良いのなら……それが一番良いのに」


 ぽつりと私が呟いた言葉に、多聞さんは微笑んだ。


「聖良さんには、ずっとそういった考えのままで居て欲しい。僕も、いずれは愛宕山を治める父の後を継ぐことになるので……いつも何処かで必ず争いは産まれ、常に頭を悩ませることになるでしょう。常に平常心で冷静で居られれば良いが、苛々とすれば時に極端な判断を下すかもしれない。だが、そういう時にも可愛い奥方に諫められれば、頭に血が上っていたとしても……落ち着いて考えが、変わるかもしれない」


「そんなものです?」


 一見しても穏やかで柔和な性格が見て取れる多聞さんに、そんな諫める係が必要な場面など、想像もつかないけど。


「そうですね……僕の場合は。だから、僕のお嫁さんになりません? かくりよの平和のためにも」


「それは……重大な役目ですよね。考えておきます」


 冗談めいた二回目の問いに、本日二度目となる澄ました顔の私の答えを聞いて、多聞さんは面白そうに笑った。

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