第12話「言えない」

 そして、相談した通りに多聞さん、伽羅さん、那由多さんという順に三人と私のお互いを知り合うために、それぞれとの逢引といわれるデートはそれから早々に決行されることとなった。


 今回は、いつも通りの年齢順じゃないんですねと聞いたら、そこは機会均等の公平を期すために、じゃんけんで決めたらしい。


 そして、その答えを聞いた私は天狗もじゃんけんをするんですねと心で思ってしまった。彼らはこの日本のかくりよで育っている。じゃんけんがどれほど昔に開発されたものなのかは知らない。それを知っていることも、当たり前のことなのかもしれなかった。


 そして、一番目の多聞さんとデートする初日。


 身支度を済ませた私は、彼の部屋へと向かって急いでいた。どうしてデートなのに男性側である多聞さんが私を迎えに来ないかというと、それも一族の掟で決まっているかららしい。


 争奪戦の参加者の方から、花嫁に会いに行くのはご法度。


 なぜなら、花嫁の部屋に出向き、自分に手に入らないのならと手籠めにしようと思った天狗の、あの事件で……何個か掟が決められたらしい。大昔から、何度何度も開催されているという経緯があれば、そりゃあこれまでに色んなトラブルがあっただろうなとは察するけど。


 相模坊さんの居城で、三人に用意された部屋はそれぞれ位置的に離されてはいるものの、私が迷わないように非常にわかりやすい場所にあった。目指す多聞さんの部屋として決められている部屋は、三階の階段を上がってすぐ。


「……私は、絶対に諦めないからっ……!」


 何か揉め事を思わせる、甲高い声が聞こえた。驚いた私は、曲がり角に姿を隠しつつ恐る恐る少しだけ顔を出した。


「それは、困る。僕は聖良さんと、将来結婚するつもりだし……白蘭には、幼馴染の気持ち以上には、なれないと思う。ごめん」


 そこに居たのは、お似合いの美男美女。もとい、両手をあげて困り顔になっている多聞さんと、彼の胸元に手を置いて縋っている白蘭さんだった。


 まさかの、修羅場だった。かと言っても、白蘭さんが一方的に迫っているだけで、何か誤解されては堪らないと思ってか。多聞さんは、何もないことを表すように両手を上にしていた。


「どうして……私の方が、ずっとずっとあの子よりも条件は良いはずよ。容姿だって……それに、一族の地位を上げるのなら。きっと……」


「白蘭。僕は地位を上げるのなら自分の力が良いし、容姿については人の好みによるとしか言えない。あと、聖良さんはそういう意味でも僕の好みなんだ。それは、僕自身の問題だから。君からどうこう言われる筋合いは、ないことだと思う。ごめん。これから彼女と約束しているんだ。帰ってくれないか」


 きっぱりと言った多聞さんは困っている顔をしているだけで、必死に言い募る白蘭さんを乱暴に押しのけたりもしていない。


 けど、これから先も変わることはないと、断固たる意志で彼女の申し出に断りを入れたことは、私にも感じた。


 きっと、白蘭さんが一番に受け止めているはずだけど。


「私……諦めないから!」


 白蘭さんはそう言い放って、バタバタと音をさせて私が居る方とは別方向に走って行った。短い間に把握できた城の造りからするとあちらに行っても行き止まりじゃないのかなと思って、その後に自分の間抜けさに気が付いた。


 天狗族だから、きっと窓から飛んで翼で移動したんだ。


「聖良さん。すみません。もう大丈夫です」


 唖然としたまま白蘭さんに背中を見ている私は、多聞さんに呼びかけられて、慌てて物陰から出た。


 多聞さんは優しい笑顔のまま、こちらを見ていた。彼にとってみれば、何の後ろ暗い出来事なんだとそれを見てもわかる。


「すみません。いきなりで、驚かせたでしょう。ですが、本当にやましい気持ちなど、何もないと言い切れる程に、僕と彼女との間には何もないので誤解しないでください。白蘭は子どもの頃からの幼馴染で、僕にとってみるといつまでも可愛い妹のようなもので。何か、変な情が湧いてしまって……強くは出れないんですよ。ですが、そういう曖昧な気持ちが、すっぱりと切れない二人の関係をより悪化させているという事実に。僕自身もうんざりしているところです」


「い……いえ。私もやりとりを覗き見してしまって、すみませんでした。ついつい出て行く機会を、逃しちゃって……」


 多聞さん側には全くそういう気持ちがないんだろうなという事は、さっきの二人のやりとりを聞いた人はきっと全員わかってしまうだろう。


 彼に恋する白蘭さんには辛いことなのかもしれないけど、彼の言葉には全く嘘は感じられなかった。


「……中途半端な優しさは、本当の意味での優しさではないとは理解はしているんですが……ダメですね。肉親の妹と思えば、嫌われてしまうのは辛い。白蘭のためには、厳しい言葉で手酷く突き放すべきだとは、理解をしているんですが。あの子に対しては、どうしても、それが出来ないんです」


 これからどうするべきかと私が思いあぐねている内に多聞さんの方から、こちらへと歩み寄ってくれた。


 多聞さんは改めて彼を見れば、第一印象と同じく柔和な空気を纏う、優しそうな美形だ。白蘭さんのような女性が百人居ても、私は驚かないかもしれない。


 私の頭二つ分はゆうに越えているだろうほどに背が高く、二枚目という言葉がこれでもがというほどにピッタリと嵌ってしまう美しい顔。そして、柔らかく優しい雰囲気。


 彼ならば人の娘を無理やりに攫って来なくても、多聞さんと結婚したいから自ら攫われたいと願う人は手を挙げて殺到しそうなものなのに。


 どうして、多聞さんは花嫁争奪戦のような、普通に考えれば時間の無駄にも思えるようなものに参加しているんだろうか。


「……彼女には、嫌われたくないんですね」


 気まずい空気になりたくなくて何を言おうかと迷っている内に、なんとなくするっと口から出てしまった言葉に多聞さんは微笑んだ。


「ええ……幼い頃から、良く知っている妹ですから……出来れば、傷つけたくはない。幸せになって欲しいと、そう願います」


 どこか間違って仕舞えば、彼を責めているようにも聞こえる言葉に間髪入れずに答えた多聞さんは、女心をわかっていると思う。


 誰かと比較して自分の方を彼に最優先して貰うと、いけないと思いつつも嬉しくなってしまうのが人の性だった。


 立ち止まっていた私を促すようにさりげなく背中を押したので、そういえば私たち二人で出掛けるところだったと思い出した。


 さっき白蘭さんが去って行った方向に進むので、移動に階段は使わないらしい。


「あの……多聞さんって、結婚相手には困らないですよね? どうして、争奪戦に名乗りをあげたんですか?」


 本当に心の底から、そう思う。他の二人だって、彼と同じように、魅力的な天狗であることに何の変わりもないけれど。


「……天狗にとっては、人の娘を娶るは至極。人の娘を攫いその花嫁を最優先の争奪戦をするという無数の掟に縛られる前になら、聖良さんをすぐに自分の花嫁にしていたはずです」


「多聞さん。答えに、なってないですよ」


 私の質問には応えずにどこか煙に巻くような彼の返答に、思わずに眉を顰めてから私は言った。


「僕にとっては聖良さんが、それだけ魅力的で手に入れたい存在だったという事です。ところで、怒った顔もとても可愛いですね。僕のお嫁さんになりませんか?」


「……考えておきます」


 完全にはぐらかされたと理解し憮然とした顔になった私にふっと微笑み、多聞さんは廊下の突き当りにある、とても大きな窓を指さした。


「では。あの場所から、外へと出ます。心の準備は良いですか?」


 さっき予想した通り、空飛ぶ天狗たちは移動をするのにあまり歩行をしないらしい。私だって、もし翼があれば、空を飛べれば、迷わずにそうするはず。


「はい。私、貴登さんにかくりよに連れて来て貰った時も全然怖くなくて……高所恐怖症では、なかったみたいです。なんだか、鳥になれたみたいで……嬉しかったです」


「鳥か。そうですね。天狗は巨大な鳥であるとも、言えるかもしれない」


 そして、まるで魔法を使ったかのように、彼は鷹を連想してしまうような下部だけ白い茶色の大きな翼を背中から出した。


 それは、思わず息をのんでしまうくらいに美しくて、彼の持つ何か圧倒される力の強さをも感じさせるものだった。


 初めて翼が出て来たところを目の当たりにしてぽかんとしている私を見た多聞さんは、苦笑して肩を竦めた。


「……すみません。今から翼を出しますって、予告してからの方が良かったですね」


「いえ……なんだか、思っていたよりすごく綺麗で……びっくりしました」


 立派な風切り羽根も沢山ついているけれど背中に近い部分にはふわふわで柔らかそうな羽毛もあり、手触りは良さそうだ。思わず、触りたくなってしまった。


「ありがとうございます……そうか。聖良さんは、まだ那由多と伽羅の翼を見てないんですね」


 思わず、言葉に詰まってしまった。


 昨日、私と那由多さんは会ってはいけない時に会ってしまったらしい。


 けど、結局あの後、また時間を置いて迎えに来てくれた貴登さんに連れ帰って貰って、飛行しなければ辿り着けないこの城にまで帰って来たからだ。


 貴登さんと那由多さんの二人はやはり旧知の仲のようで、勝手知ったる様子で二人で「こういう事にしよう」と、口裏合わせをしていたようだった。


 だから、まだ那由多さんの翼を私は見ていない。


 その通りなんだから、そうですねとサラッと流せば良かったんだけど、昨日那由多さんと会ったことを思い出してしまい、咄嗟に反応出来なかった。


「……見ました?」


「みっ……見てないです!」


「はは。何か、やましいことでも隠してそうですけど……謎のある女性は、より魅力的ですよね」


 多聞さんは、明らかにおかしい様子を見せた私を追及しなかった。


 そして、意味ありげに微笑み、多聞さんは私を体重を感じさせぬ動きで抱き上げてから、窓から舞い上がった。

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