第11話「説明」
天狗族は古来より、嫁取りをする際には人里から娘を攫ってくることが多かったそうだ。
だが、かくりよへと自分勝手に攫って来ることに、悪いという罪悪感が彼らにも芽生え、ある一定のルール、嫁取りに必要な花嫁争奪戦に関する厳格な掟を設けることにした。
花嫁が最後の決定を下せば絶対で、それは覆ることはない。
嫁取りを望む天狗の参加者は、一族の中でも位の高い者から順に選ばれる。期間は二か月間で、花嫁本人が望めば期間を延長する事も、争奪戦参加者を変更することも可能。
決定する区切りの日までは、肉体関係などは禁止。
無理に身体を繋いで快楽で堕とそうとする者が居たため、その解決法として追加された掟らしい。前に伽羅さんの言った通り、何か事件があってそれを防ぐためにと必要があったからと、追加されていった掟も多そう。
そして、花嫁自身も結婚したい天狗に対して決断を下す瞬間は、争奪戦終了する時。それまでは、決して自分の気持ちを誰にも言ってはならない。心を決めた、天狗その本人だとしても。
「……何か、質問は?」
今回の監督を務める大天狗の相模坊さんは、ただっぴろい広間にぽつんと座っている私たち四人を前に淡々と争奪戦の掟についてを語り、最後に私に向かってそう聞いた。きっと彼ら三人は何もかもを承知の上だろうから、私だけに聞くのも当然のことだ。
「あっ……あの、心を決めたとしても、期間が終わる最後の時まで言えないっていうのは、何故ですか? 心を決めた時点で、それは終了でも良くないでしょうか?」
私は、説明を受けてその事が一番不思議だった。
だって、私の決断が大事で尊重されると言うのなら、心を決めた瞬間に。三人の争奪戦そのものが終わってしまっても、良さそうなものなのに。
「一定の期間をかけて、全員を良く見て判断して欲しい。というのと……心変わりは、人の常。何か大きな出来事があって心を動かされたとて、冷静になって振り返れば長い期間を過ごす伴侶についての意見が変わってしまうこともある。選ばれたと思ったのに、やっぱり違ったと断られ落胆するという悲劇も起こりうる。それに、本気の思いがあれば二月ほどの時間は黙って居られるはずだ。我らは天狗。神通力を自在に操る妖で、それこそ、この先の時間を飽きるまで一緒に連れ添う相手の事であれば」
穏やかな口調の相模坊さんに説明されれば、なるほどと理解することが出来た。
きっと、短期間に、この人にしよう決めたものの、その後に心変わりしてしまった花嫁が過去に居たのだろう。
それに、もし本気であればそのくらいの期間黙る事の出来るはずだと言われれば、私としても何も返す言葉もない。
その他には特には疑問はないという事を伝えたくて、私は黙ったままで大きく頷いた。
「……儂としては、子どもの頃から知っている可愛い三人なので、この連中の誰かと上手くいけば良いとは思っておるが……まあ、女心は秋の空とも言う。二か月間、ゆっくりと時間を掛けて考えてくれ。決断のその時に、もっと時間を掛けたいと言われれば掟通り、延長することも可能だ」
何もかも、それは攫われてきた花嫁のための掟だと思った。
それが、いきなり現世からかくりよに連れて来られた女の子に対する彼らの贖罪の気持ちなんかも、掟には込められているのかもしれない。
◇◆◇
これから何もかもを貴女の言う通りにするから、好きにしても良いですよと、誰かに言われて、待ってましたとすぐに色々と行動出来る人は、現代日本人には多分少ないと思う。
というか、私が意気地なしで何も出来ないだけだった。
それでは若い人達でと言わんばかりに、相模坊さんが微笑みつつ去ってしまった大広間に取り残された四人。
私はなんとも言えない沈黙の下りた場所で、これからどうするべきかと悩んでいた。
何もかもの主導権を握っているらしいので、かぐや姫のように「私が好きなら、これを手に入れなさい」と言われれば、彼らは特に何も言わずそうしてくれるだろう。けど、元々物欲は薄い方で、特に欲しいものが現在ある訳でもない。
「……困ってます?」
全員が黙っているところの口火を切ったのは、最年長で優しそうな美形の顔を持つ多聞さんだった。
彼は周囲に対し、とても気を使って生きていそう。なんとなく、昨日からという短期間に付き合っただけの、ただの憶測だけど。
「あの……どうして良いか。私、わからなくて……何か、こうして欲しいとか、言った方が良いですか?」
「こうして、四人で固まって居るのも、なんかおかしいしさ。俺の希望は俺の良さを一対一で知って貰える機会が欲しい。そうしてみない? それぞれ、城から連れ出して外出しての逢引。というか、デートか。どう?」
「デート」
待ってましたと話し出した伽羅さんから、そういった横文字が出て来るとは思わなかった。
けど、どうやら天狗の皆さんは人に変化して人に混じり、現世の世界を楽しんでいるようなので、どこかで聞いて覚えた言葉なのかもしれない。
「へー……伽羅にしては、良い意見を出したね。偉い」
多聞さんは、弟分に当たる伽羅さんを揶揄うように言った。それを聞いた伽羅さんも、特に反発するでもなく、肩を竦めて淡々と言葉を返した。
「どういう、誉め言葉だよ。俺は、いつでも良い意見出すよ」
「……良いんじゃないか。俺は、賛成」
同意した那由多さんは、そう言うと私の方をチラッと見た。意味ありげな視線を向ける彼が、本気を出すと言った通りに、これまでの彼のような気のない素っ気ない態度とは大違いだった。
他の二人もそんな那由多さんの違いにその時に気が付いたのか、面白そうな顔つきになっている。
そして、彼らは昨日見た忍者のような動きやすい服とは違う恰好になっていた。
というか、彼ら三人共どこか商店大旦那のような立派な羽織りを和装になっていた。それぞれの家紋を縫い付けてあるのか、特徴的な紋も入っている。
二枚目揃いの彼らは、衣装を変えれば男振りも上がっている。こうして、ただ近くに居るだけだというのに、なんだか圧倒されそうになるくらいに魅力的ではあった。
「どうかな? 今はお互いに知らない事も多いのだから、二人きりになって話が出来るという事は、良い提案だと僕も思うけど」
「私も、大丈夫ですっ」
多聞さんに優しく問われた私は、それまで三人が無言で待っていてくれたのは私の反応を窺っていたことを理解した。
結構な間を置いていたので、きっとおかしいなと思っていたはずなのに、そんな気配は微塵も見せない。天狗なのに、紳士。
「そうか。では、三人共にデート案を練ってから、一対一で話す機会を実行する日を決めようか」
多聞さんがこの場をとりあえず纏めるためか、そう言って彼から率先して立ち上がった。
実は相模坊さんが時間を掛け丁寧な説明をしてくれた時から、長時間の正座を続けて足が完全に痺れてしまった私は、それに続きたくても続けない。
座ったままで何食わぬ顔をして、立ち上がれないという切実な問題を一人心に抱えていた。三人はきっと生まれた時から純和風の生活を続けているので、特に正座で足が痺れてしまうこともないのかもしれない。
こっちは和洋折衷でどちらかというと、洋の方が比率が高い生活を送って来たから、正座なんてする機会も少ない。そして、自分がそうなることのない彼らが、私の足が痺れているかもと思わないのも、無理はなかった。
「はいはい。じゃあ、そういう訳で、この場は解散ね……聖良さん、行かないの?」
「あっ……私、ちょっと……用事があって……後から、行きます!」
「そ? じゃあ、また三人で相談してから、日取りを決めようねー」
多聞さんと伽羅さんの二人は、何故か立ち上がらない私を見て不思議そうにして首を傾げた。でも、女の子の言葉を深堀りをするような、無作法をしない人たちで助かった。
彼らはあまり私の事情を深く追及することもなく、大広間から出て行った。
最後に残った那由多さんは、足音も聞こえなくなって二人が完全にいなくなったと思った時に、突然吹き出した。
「もうっ……なんで、笑うんですか?」
「足が、痺れたんだろう。ほら、つま先を立ててから足にお尻を乗せるように……そうだ。そうすれば、早く治りやすいから……」
那由多さんは、私に適切な痺れの取れ方を指導してくれて、なんなら嫌がりもせずに足に手を当てて圧迫したりと、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
「……なんで、わかったんですか」
「随分と前に、今の君と同じような表情で正座をして固まっていた人が居た。もし、こういう事があれば、自分はどう動くべきかを、調べてから決めていたんだ。こうして困っていた君を、助けられて良かった」
優しい笑顔に私は胸がときめくと共に、過去の彼が「誰」のためにそう思ったかを察して、少しだけ切なくもなった。
亡くなった人を長い長い間想い続け、今の私と同じように足を痺れた彼女が再度困った時には助けてあげたいと思ったんだろう。
本当に、優しい。そして、彼女の存在を胸に秘めて生きてきた那由多さんの事を思えば、悲しい。
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