第9話「既視感」

「……あと、不用心な真似をした貴登には、俺の方からもよくよく注意しておくが……聖良さんは、一族の集落が近くにあるとは言え、絶対に森の中では一人にはならない方が良い」


 彼の告白ともつかない甘い言葉を聞いて、何とも照れくさい形容しがたい空気のままで二人歩いていた。晴れた陽は暑くもなく寒くもなく。気持ちの良い爽やかな森の中で、那由多さんは私の隣を歩きながら、そう言った。


 私がびっくりして彼の顔を見上げれば、凄く真面目な顔つきだった。冗談を言っているような雰囲気でもない。


「え? けど、ここは相模坊さんの居城にも近いし……城からそこまで離れなければ、問題ないって、貴登さんが……」


 私がさっき貴登さんから言われた事をそのままを繰り返すと、那由多さんは、はーっと大きく溜め息をついた。


「貴登の言っているそれは、神通力を少しでも聖良さんが持っている場合だ。人の子で、例え小さな獣だとしても対抗する術がないだろう。さっきも、俺が居なければ危ないところだった。あいつは、優秀なんだが本当に、うっかりしているところがあるから……後から、上に報告してきっちりと注意しておく」


「……さっきも?」


 私が引っ掛かった彼の言葉に不思議そうな顔をすれば、那由多さんはしまったと言わんばかりの狼狽した表情になった。きっかけはわからないままでも、私に心を許してくれたのか表情を動かすようになれば、変化が豊かでわかりやすい。


 彼はこほんとわざとらしい咳払いをして、踊っていた私を見て木の枝から落ちてくるまでの経緯を語ってくれた。


「貴登と、森に来たのは……確かに見た。さっきも説明したが、俺たちはまだ会わないということになってるから。挨拶もせずに去ってもおかしい。ここで姿を見られたらいけないと思って、俺は咄嗟に隠れたんだ。だが、貴登が君一人を残して去ってから、まさか無防備に森の中に居させる訳にもいけないと思った。あの木が倒れたのは、小妖魔が聖良さんを狙っていたから。俺が木を倒したら、驚いて慌てて逃げて行った。あの程度であれば命の危険はないにしても、人の子と見れば悪戯を仕掛けて来ようとする奴は多い。本当に気を付けた方が良い」


「……ありがとうございます」


 子どもに言い聞かせるようにして、那由多さんはそう言った。先ほど不自然に倒れた倒木を思い出してみれば、あの時妖魔と呼ばれる存在が自分のすぐ近くに居たと思うと急に怖くなってしまった。


「……貴登は優秀で良い奴なんだが、少し抜けているところがあるから。これで、君がもし怪我をしていたら、監督責任のある相模坊並びに俺たちも、あいつを許す訳にはいかなくなるから。一族の掟は厳しい。貴登のことを思うのであれば、君も安全には気を付けてくれ」


 貴登さんをやけに親し気に呼び捨てをするんだと、私は不思議になった。彼ら三人はかくりよでも離れた場所にある天狗族の城に住んでいるはずで、鞍馬山と言えば確か京都だった。


 現実世界とかくりよは、光と影のような存在らしい。彼の住む所に行くには海だって越えるし、距離だってかなり遠いはずだ。


 けど、この辺りに住んでいるはずの貴登さんと那由多さんは私が気が付くくらいなんだか親しいらしい。


「貴登さんと、親しいんですね」


「あいつは長く生きた獣がその姿を転じて、木の葉天狗になった天狗だ。狼の化身の中でも、特に神通力が高い。なので、相模坊さまにより修行するように言われて、俺たちのような生粋の天狗族と一緒に修行した事がある。それに、一時期訳あって親父の治める鞍馬山にも居たことがあったから、俺もかなり気心は知れている」


 距離があったはずの貴登さんと那由多さんの意外な繋がりに私は何度か頷きつつ、微笑んだ。


「私は貴登さんに、かくりよに連れて来て貰って……なんだが、何処かで会ったことあるなあって思ってんです。不思議ですよね。天狗に会ったのは、あの時が初めてのはずなのに」


 那由多さんはそれを聞いて、少しだけ驚いた表情になりつつも笑った。


「……人の子が貴登のように、獣顔を持つ二足歩行の天狗に会えば、そうそうの事では忘れることはないと思うが。まあ……鬼族の百鬼夜行に混じるなら、あいつはまだまともな部類に入るだろう」


「百鬼夜行……」


 その単語自体にはなんだか聞き覚えがあるものの、何故今ここでその話が出て来たのかと首を傾げれば、那由多さんは理由を説明してくれた。


「天狗族と同じように、かくりよには鬼族も居る。彼らは年に一度ある祭りで、一族の里を思い思いの格好で練り歩くんだ。鬼族は色んな種類の鬼が居て、百鬼夜行は見応えがある。貴登のように獣顔をしているだけでは、あれの中で目立つのは難しいだろう」


「そんなに……」


 いかにも見てみたいと興味津々の私の目に気が付いたのか、言いたい事を察してくれた那由多さんは苦笑した。


「ああ。もし、良ければ連れて行こうか? ちょうど、百鬼夜行の季節だ。外出する時に、連れて行こう」


「ありがとうございます」


「そんなに……きらきらした純粋な目で見ないでくれ。俺はそこそこに、悪どい男だ。君と二人で外出する約束をするために、興味がありそうな事を話題に出して、それで気を引いた」


「悪どい……?」


 彼の言っている意味が、わからない。これまで、那由多さんは私に対してとても親切で、どこをとっても優しかったからだ。


「そうだ。天狗の花嫁争奪戦では、すべて花嫁が主導権を握る。俺たち三人は試されて、君に選ばれるように乞わねばならない。だから、君とどこかに二人で外出する機会は、またとない良い機会になる。君が俺の思惑を聞いても、嫌でなければ」


「……それを言っちゃったら、悪い男になり切れてないですよ」


 別に言わなければ、私はそれをわからないままなのに。あまりの真っ直ぐな正直さに私が苦笑すると、那由多さんは近くにあった木を見上げた。

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