第5話「寿命」
「聖良さんは、何歳なんですか? 俺たちは聞いての通りで、天狗というあやかしなんで、人から見ればそこそこの年齢は重ねています。ですが、俺たちのこれまでの人生は、ほぼ修験道の修行をこなす何の楽しみもない毎日だったんですよね。だから、年月が過ぎていくという感覚が、人から見れば……多分、おかしいんすよね」
右隣に座っていた人懐っこそうな伽羅さんに覗き込むようにして問われて、私は思わず固まってしまった。
彼らの食事や酒の置かれた膳は、横に並ぶように私の隣へと置かれた。多聞さんは左。那由多さんは、それまた彼の隣。伽羅さんは、私の右だった。
それは確かに彼に言われてみれば、その通りだった。
彼らはいわゆるあやかしと言われている天狗で、きっと寿命も只人の私とは比べ物にならないくらいに、長寿であるに違いない。
さっと一見しただけで、思わず目を奪われるような整った姿を持っている彼ら三人の現在の服装はというと、貴登さんや大天狗の相模坊さんが着用していたような修行中の山伏を思わせる恰好ではなくて、なんと言って例えるべきなのか難しい。
完全に動きやすさを最重要視して考えているような、ひとつなぎの服。三人ともにすっきりとしたシルエットの、黒い忍者のような出で立ちではあった。
さっき言っていた、修験道の修行時に使っているのかもしれない。服の造りに目がいって、私に質問をくれた伽羅さんをまじまじと見つめてしまっていた。
変な間が空いてしまったことに気が付いた私は慌てて、きょとんとした表情をしている彼の問いに応えた。
「私は、二十三歳です。今年、やっと就職したばかりで」
「そうそう。働いていると。さっき、相模坊様にも言っていましたね。もし、俺の花嫁になれば、家で趣味でも楽しんでのんびりとしていてくれれば、それで大丈夫です。父の居城には、眷属も家来の子天狗も数多い。特に、何か仕事をする必要なんかもないので、どうか家で好きな事を……」
「伽羅。これが、初対面だぞ。自分の話ばかりするな。自重しろ」
それまで黙って様子を見ていたような多聞さんが、ピシリとそう注意した。
早々に自らの売り込みを掛けようとしたらしい伽羅さんは、面白くなさそうな顔をしつつも頷いて黙った。
「聖良さん。僕たち全員に対して、何か聞きたいことはありますか?」
伽羅さんを止めた多聞さんは箸を置いてから左右に居る二人に目を配り、私に言った。
彼ら三人に聞きたいことがあるかと問われれば、沢山あるようでいて、けどこの場でパッとは思いつきにくい。
なので、とりあえず私はこういう時に便利な、先方から先ほど貰った質問をし返すことにした。
「あの……皆さんっておいくつなんですか?」
「俺は、多分百くらいかな」
質問に真っ先に伽羅さんが応えて、私は思わず目を見開いてしまった。しかも、絶対にちゃんとは数えていない曖昧な数字だし。
「……百?」
「うん。三人の中では、俺が一番に若い。聖良さんとは、一番年齢近いと思う」
伽羅さんはにこにことして微笑み、自己アピールするのを欠かさない。百歳で一番近いって……私と、約八十程離れているんですけど?
「僕は、百五十ほど。この中では、一番の年長者です……とは言っても、あやかしには加齢による老化ないに等しいので。天狗の年齢になど、余り意味はないのですが」
「老化が……ない?」
多聞さんが当たり前のように言った言葉に、私はやっぱり驚いた。
「そうです。僕らの命の終わりは、その身に宿った神通力が枯渇してのこと。後は、圧倒的な力を持つ他者に殺されるか。どちらかに、ひとつ。僕たち天狗は、そうそうの事では死ぬことはありません。ですが、地位を持つ天狗は引退することはあるので、後継は必要なんですけどね」
「えっと……私は人間なんで、百まで生きられたら、本当に運が良いってくらいなんですけど……」
信じがたい天狗族の常識に戸惑いつつ、私はそう言った。
今の時代、人間の平均寿命は医療の発達と共に飛躍的に伸びたものの。百になるまで、年齢を重ねることが出来るのは稀だ。
だから、もし天狗の誰かと結婚して、彼らの体感で言えば、私が瞬く間に死んでしまうかもしれない。結婚するというのに、相手がそれで良いのだろうかと単純に思ってしまった。
だとすれば、彼らと寿命が同じようなあやかしの誰かと結婚すべきではないのかと、どうしても考えてしまうから。
「何の問題ありません。僕らの花嫁となれば、交じり合う際に、身に宿る神通力が流れ込み与えることになる。それがある限りは、聖良さんも同様に死ぬ事はありません。僕ら自身と、全く同じような理屈です」
「交じり合う……」
さらりとした多聞さんの言葉が意味をすることを悟り、私は一人で顔を赤くした。
確かに夫婦になれば、そうなることをするのは当たり前のことだろう。けど、それを一度もしたことのない私にしてみれば、とても刺激的に思える言葉だった。
「俺は、百二十くらいだと思う」
なんとも居た堪れない気持ちになった私に向けて、もくもくと自分の前に置かれた膳にある食事を片づけていた那由多さんは、おもむろに低い声でそう言った。
素っ気なくも思える口振りで発したその言葉は、さっきの私の質問に答えてくれたのだと、数秒空けてようやく理解することが出来た。
そして、もしかしたら微妙な空気になった私に、助け船を出してくれたのかもしれない。
「あ。あの……だから、挨拶の順番は……?」
これまで、多聞さん那由多さん、そして伽羅さん。そういう順番で、この三人は自然と動いていた。だから、それは年齢順だったからなのだと気が付いた。
「そうそう。一応、俺らは全員大天狗の息子だし、天狗族の中での位は同等。けど、それだとどうしても纏まらないこともあるから、必要ある場合は年長者を立てての年齢順なんだよね」
私は答えてくれた那由多さんの方を向いてそれを言ったんだけど、すかさず逆に居た伽羅さんが口を挟んだ。
それまで視線を合わせていた那由多さんの真っ黒な美しい瞳には、吸い込まれるような不思議な吸引力があった。視線を絡ませて、私たちは数秒見つめ合った。
それなのに、彼は素っ気なくふいっと食事へと目を戻した。
那由多さんに目を外されてしまって……この気持ちをどう説明して良いかわからない。私の心の中には激しい焦燥感が溢れ、なんとも物足りない気持ちになってしまった。
人生で初めて、きっとそんな気持ちになった。
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