第4話「ご対面」

 朱塗りの城へと着いて早速。自ら花嫁になりたいと希望して攫われてきた私の歓迎の宴を、城の主である相模坊さんが執り行ってくれるとのことだった。


 そして、私は自分の目を疑ってしまうほどに、広く天井の高い大広間へと案内された。


 そこは井草の良い匂いのする畳敷きなんだけど、何畳なのかは、すぐにはとても数えられない。そう思ってしまうくらいに、とんでもなくただっ広かった。


 何故、城全体や大広間の天井がこんなにも高いかという疑問は、この城の主である相模坊さんその人を見ればすぐに解決出来た。


 私が想像する通りのとても天狗らしい天狗である彼は、とてもとても大きな身体を持っていて「大天狗」という、彼の別名に相応しかったからだ。


 予定していない急な客人に対する煩しさなど一切感じさせない温かなもてなしの気持ちも有難く、彼の家来の一人である貴登さんからの事前情報通りに、穏やかで優しそうな雰囲気を持っていた。


 だから、見るからに人外といった姿だというのに、全く怖くない。


 穏やかな性格を感じさせ、語り口も柔らかく優しい。まるで親戚のおじいちゃんと、話している感覚だった。


 そして、私は大天狗と呼ばれている地位の高い天狗の一人である彼と話しつつ、心の中で申し訳ないなと思いながらも、たった一つだけ心配なことがあった。


 まるで、期待の新商品を売り込む営業のようだった貴登さんは「人で言うところの美形の容姿ばかり」と、さっき私に教えてくれたけど……天狗の審美眼では、相模坊さんのような高い高い鼻も美形と言われているのかもしれない。


 初対面で外見をどうこうなど、失礼なのはわかっているんだけど、売り込まれた商品が、もしかしたら自分と思ったものと違ったのかもしれないという、早まっちゃったかなという不安があった。


「……おお。つい先ほど、貴女の花婿候補三人を迎えに行かせたのだが、全員遠方に居たはずなのに、既にここまで辿り着いたようだ。よほど、貴女に会えることを楽しみにしていたのかもしれない」


 別に誰かから、何かを言われた様子もない。けど、三人の来訪を何らかの能力で察したのか、機嫌よく楽し気に相模坊さんがそう言った。いよいよ花嫁争奪戦のお相手との対面の予感に、私は甘いお酒が入っていた杯を、高価そうな漆塗りの膳へと戻した。


「え……楽しみにしていた……?」


 それは、とても困ってしまう。それほどに自分たちの花嫁候補を楽しみにしていたらしい彼らの期待に、自分が応えられるのか。


 望んで攫われておいてなんだけど、逃げ出したくなってきた。


「楽しみだったのだろう。嫁争奪戦の儀式を、そろそろ開催しようかと、我らも前から考えてはいたものの……今回は、儂の城での開催になるでな。心を込めて愛せば、いずれは心を開いてくれるにしても、昔のように嫌がる娘を無理やり連れて来るのも、何度見ていても慣れない。なんだか、見ていて可哀想でなあ。儂が今回主催するとは前々から決まっていたものの……さて、どうしたものかと、頭を悩ませておったんだよ」


「あの。私は……嫌がってません」


 生まれてこの方、今まで一度も経験したことのない人が素晴らしいと讃える恋がしてみたい。そして、何より会社で失敗した自分を待っている辛い現実から逃げ出したかった。


 だから、この状況に関して私が何かを嫌がる要素など、ひとつも見つからない。しかも、当の本人の私が嫌ならば相手を延々とチェンジ可能という、普通では絶対に有り得ない破格の好条件も素晴らしい。


「うむ。それは、こちらにとっては願ってもなく、好都合なのだが……まるで天が願いを叶えてくれたような、急展開に狐に摘まれたような気分が無きにしも非ず。今回の相手となるのは、我が一族の中でも、自慢の優秀な若者たち三人だ。相性もあるだろうが、人柄や仕事ぶりにも難はない。貴女がこの中の誰かを気に入って、争奪戦後に結婚することを了承してくれれば良いのだが」


 相模坊さんがそう言い終わり。まるで時間を計っていたかのように、彼がさっと襖へと目を向けたので、私はつられるようにして同じ方向を見た。


 音も立てずに滑らかに襖が開いて、廊下に立って居たのは背の高い三人の男性だった。


 私の中でこれまでとても気になっていた大事なことを真っ先に確認してしまったんだけど、彼らの鼻は普通の鼻だった。貴登さん。疑ってごめんなさい。


「……お呼びに、参上しました」


 彼らは足音をさせずに、大広間の中へと移動した。真ん中に居た柔和な美形がすっと姿勢を正し、相模坊さんの前で正座を取ったので、後ろに居た二人もそれに続いた。


「来たか。聖良さん、これが今回貴女の花婿候補になる三人です。多聞、那由多、伽羅。こちらが今回の花嫁争奪戦の、花嫁だ。儂もお前たちがここに来るまでと話相手を買って出ていたが、とても可愛らしい人だ。きっと、お前たちも気に入ることだろう」


 そして、合図されたかのように三人が揃っておろむろに顔を上げたので、私はドキッとして胸を大きく高鳴らせた。


 貴登さんが、花嫁勧誘時に私にした売り込み文句は確かに間違っていない。


 三人が三人共、平凡な庶民の私が近くでは見たことのない程のタイプの違った見事な美形だった。何か背筋に今までにない鋭い緊張感が走り抜けたのを感じ、私は彼らに挨拶しようと思って開きかけていた口を閉じた。


「はじめまして。愛宕山太郎坊が息子、多聞です。こうして未来の花嫁に会うことが出来て、とても嬉しいです」


 彼は、この同世代に見える三人の若い天狗の中では一番に位が高いのかもしれない。代表するようにさっき相模坊さんに一人挨拶をしたのも彼だし、今だってこうして私に向けて一番に口を開いた。


 優しそうな甘い顔立ちの美形で、髪と目の色は少し茶色み掛かっている。実はとあるアイドルグループに所属していますと言われれば、なるほどと簡単に納得が出来てしまうような人だった。


「那由多です。鞍馬山僧正坊の息子です」


 続いて挨拶してから、そうしてすぐに口を閉ざした彼に、私は何故だか強い興味を惹かれてしまった。漆黒の髪に、それより深く濃く見える黒い瞳。無表情に近いその顔は、凛々しく端正に整っている。


 彼を見た瞬間に感じたなんとも不思議な感覚を追及している間もなく、三人目最後の彼が口を開いた。


「彦山豊前坊の息子、伽羅です。相模坊様。お呼び、ありがとうございます! 可愛い子、良く捕まりましたね」


 はきはきとそう挨拶をした彼は、釣り目でスッキリとした目鼻立ちがきつくは見えるものの、とても綺麗な顔をしている。にっこりと微笑む明るい笑顔が、眩しい。


「……ちょっとした、事情があってな。聖良さん。それでは、三人に挨拶を」


 まさか、私が自分から天狗攫われることを希望したとは言えなかったのか。言葉を濁した相模坊さんに促され三人の美形の男性を迫力を前に尻込みしていた私は、ようやく口を開いた。


「南野聖良ですっ……今年から、働きだしたばかりで。えっと……それと、趣味は日舞です」


 自己紹介とは言え、就職面接時にあるような長所や短所を言うのもおかしい。


 何をここで言えば良いかわからずに、とりあえず自分の名前と一番の趣味を口にした私に、三人は揃って土下座するように、一度深く頭を下げた。


 思ってもみなかった彼らへの対応をどうしたものかと相模坊さんへと心配になって目を向ければ、彼は微笑ましいものを見るように目を細めて言った。


「気にせず、気にせず。驚かれたかもしれませんが、こちらの……天狗族の作法のひとつです。素晴らしい。聖良さんは、踊りが得意なんですね」


「……ええ。幼い頃から、ずっと習っていて……貴登さんに見つかった時、さっきも山の中で踊っていたから……」


「ほう。それでは、ぜひ。盛り上がるので、宴でも踊ってください。日本舞踊を踊るための音楽なら、こちらもすぐにご用意できます」


 そうして、踊りのために楽を奏でるための楽師を呼ぼうとしたのか。お付きのような小天狗に目配せをしたので、私は慌てて手を振って止めた。


「あっ……あの! 待ってください。ここのところ、私は働きだしたばかりで、全然踊れていなかったんです。こういう宴で人前で踊るのなら、少し練習してからで良いですか?」


 それは、ただの言い訳だった。舞台に立つのは好きだとは言え、未来の相手となるかもしれない初対面の彼ら三人を前にして、緊張し過ぎて踊れそうもない。


「ええ。もちろん。それでは、次のお楽しみにしておきます。それに、もう貴女は働く必要などない。こちらの三人の中から首尾良く、決まれば良いとは思いますが……どちらにしても、天狗の嫁となればこの上なく大事にされます。我らは、嫁と子を何より大事にする習性ですので」


 そうして、相模坊さんは、いつの間にか顔を上げていた三人へと目を向けた。


 三人の眼差しは真剣で、ここで何か面白い冗談を言えるような雰囲気でもない。


 この城の主、相模坊さんが近くに居たお付きの天狗へと彼らへの食事と酒を持ってくるように指示している間、私はなんとも形容し難いむずむずとした緊張をずっと感じていた。

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