第12話

 病室のドアが閉まる。

「あの二人、本当に大丈夫だろうか」

 一抹の不安がよぎる。でも、と口元に手を遣る。

「すぐに消えるようなものでもないしな」

 自然と頬が緩む。スケッチブックの表紙をなでた。


 *


「風が強い。まあ、恵太けいたくんが落ちてしまったのも、無理からぬ話なのかも」

 髪の毛や、白衣が風にあおられる。そんな中、地図を持ったなーくんが、周辺を探っている。

「やはり、何もないみたいですね」とノートを見せる。

「まあ、せっかく時計台の上に来たのだから、景色でも楽しもう」

 手を置いた先に、何かあった。

「これだ」

「オイラーの等式」とノートを見せる。

 鏡映しみたいに、向かい合って微笑んだ。

「ここです。この屋上の、時計台が全ての始まり、起点なのです」とノートを見せる。

「待って。素数は? きっと素数を使った意味があるはず」

 二人して、出かかった喜びをひっこめる。オイラーの等式以外にも、何かヒントがあるかもしれない。何か、ある。等式を挟むようにして、へりを掴み、外を見る。

「ん?」

 手許の文字。

「恵太くんって、よく学校中に落書きしているよね」

「ああ、見つからないように、かなり巧妙なところに落書きしていますよね。なんのつもりなんでしょうか」とノートを見せる。

 ついこの間も、落書きをしていた。あれは、確か、学生が見向きもしないような暗いところ。低木に囲まれた階段。身を乗り出す。慌てて、なーくんが後ろ手を引く。

「落ちる、落ちる」小さく発声。

「ああ、ごめん。でも、解ったよ。起点がここなら、二番目はあそこだ」

 階段を指差す。

「あんなところにも落書きしていたんですか。メモしておきましょう」とノートを見せる。

 時計台と階段。赤いペンで印をつける。下を向いたまま、この問題の解法に気づく。

「もしかして、鷺沼さぎぬま先輩の落書きには法則性があるのではないでしょうか」とノートを見せる。

「そうなるね。きっと」

 力強く頷く。


 *


「駄目だ。問題集を見ているだけで、頭が痛くなる」

 漢検一級の問題集を閉じる。やはり、こういうものは、順当に下の級から勉強していくのが、遠回りなようでいて実のところ近道なのだ。

「三級は、中学時代に取ったっけな。その上からだな」

 メモ帳に漢検の問題集(もっと下の級)と、記す。白い天井を見上げる。

「ああ、暇だな」


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