第11話

 まさしく鷺沼さぎぬま先輩と僕が出会った研究室に辿り着く。数学に関する調べ物をするだけなら図書館でもいいかもしれない。それより、在室していればの話だが、ゼミの担当教授に話を聞いたほうが早いのではないかと思いついたのだった。

「おじゃまします」

「席、空いているみたいです」とノートを見せる。

 掲示板で教授の在室を確認してきたのだが、あいにく席を外しているようだ。

「また学内を散歩でもしているのかな」とノートを見せる。

「散歩しているほうが、考えてってまとまるみたいだからね」

 言われて、顔をしかめる。でも、とすぐに思いなおす。

「スタートは、単純な計算問題のようです。散歩は不要でしょう」とノートを見せる。

「あ、これくらいなら、私でも解けそう。て、当たり前か。もともと私に解かせるためのものだものね」

 簡単な問題だ。高校数学の知識があれば十分解けてしまう。結果を見て、肩透かしを食わされた気分になる。

「え、なーくん、何、その反応」

「次のヒントはやはり、ここにあったんですよ」とノートを見せる。

 ドアが開く。散歩から戻ってきた教授だ。

一二三ひふみ先生、鷺沼先輩から何か預かっていますよね?」とノートを見せる。

「問題、解けたのか?」

 紙を一二三先生に手渡す。

 初めに示された問題は、三つ。

 どれも、素因数分解をして、問題文に指定された素数の個数を列挙していくと、現れるのが「一二三」。「一二三」は、もちろん下の名前だが、そちらのほうが数学者らしいからという理由だけで、同僚や学生からは一二三先生と呼ばれていて、本人も気に入っている。

「どうして問題番号を振っていないんだろうとは、思っていたんですよ」とノートを見せる。

「それより、どうして素因数分解かってことじゃないかなあ」

「お、夜込よごめさん、賢い」

 鷺沼先輩から託されたのだろう。封筒と、飴を渡してくれた。

「数学するには、糖分だぞ」

 二人して、飴を口に放りこむ。懐かしい味だ。封筒の中から出てきたのは、一枚の地図。

「構内の地図みたいだね、これ」

「貸して下さい」とノートを見せる。

 何の変哲もない、冊子か何かの地図をコピーしたものだ。ぐるぐる回してみたり、透かしてみたりと変わった点がないか念入りに探す。

「ただの地図みたいだ」とノートを見せる。

「そうみたいだな」

 ただの数学者にしては、異様に黒い、一二三先生が呟く。夜込先輩も、横で頷いている。

「あ、もしかして、封筒にまだ問題文が残って」とノートを見せる。

「何もなかったよ。封筒にも、細工はしてないみたい」

 頭を抱える。

「難易度、高くないですか?」とノートを見せる。

 後ろで、一二三先生がくつくつと笑っている。

「だから、鷺沼は名寄なよろをこの暗号を解くパートナーに指定したわけだろ。お前が尊敬する鷺沼の問題だ。解いてみたいとは、思わないか」

「え」声が漏れる。

 頭の中で、積み木がガラガラと崩れるような感覚に襲われる。

「先生、何かおかしなこと、言ったか?」

 口角がひとりでに上がる。夜込先輩に向き直る。

「そうです。これは、数学の問題だけれど、暗号なんです。つまり、目的はメッセージを伝えることにある!」とノートを見せる。

 そうなんだ。これは、確かに鷺沼先輩のしたかったことなんだ。僕には、このメッセージを夜込先輩に伝える義務がある。状況を把握しきれていない夜込先輩の手を取り、研究室を飛び出す。

「どこへ行くの」

「それは、もちろん」とノートを見せる。

 その先は、言わずとも理解したようだ。



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