第10話
「なーくんは、どうして、あんなのと一緒に居るの?」
「
嬉しそうな、でも、すぐに微妙な表情になる。
「別に取ったりしませんよ。向こうも男には、興味ないだろうし」とノートを見せる。
「あはは、そうだよね」
隣にいる彼女は、言語を使ったコミュニケーションが苦手だという。それなら、自分と同じだ。鷺沼先輩に、惹かれるわけも解るというものだ。ここは、ひとつ鷺沼先輩との出会いを告白しようか。
「フェルマーの最終定理、もちろん、ご存知ですよね?」とノートを見せる。
「うん」
鷺沼先輩の恋人だ。知らないはずがないのだ。だって、鷺沼先輩は、この人に空好かれるためだけに数学をしているのだから。
「とても単純な形で表わすことができ、かつ、子供でも意味が理解できる。それでも、証明するのには、長い時間が必要だった」
「いつの日か、初等数学だけを使って、証明してみたいものです」とノートを見せる。
「数学者、みんなの夢なんだね」
みんなと言いつつ、彼女の想像する数学者とは、きっと鷺沼先輩その人なのだろう。
「まあ、実際に、取りかかっているのは、ごく一部の人間でしょうけども。それで、とても難解なほうの証明には、日本人数学者の論文も関係してくるのです。その一人の名前がこうです」とノートを見せる。
愛用のノートにペンを走らせる。谷山豊。
「なんと読むと思いますか?」とノートを見せる。
「ああ、本当は『とよ』が正しいのだけれど、みんなが『ゆたか』と間違えるから、本人もそう名乗るようになっちゃったんだよね」
二人の仲には、敵わない。こんなパートナーがそばにいてくれたら、どんなにいいだろう。
「僕が入学してすぐのゼミ。もちろん、自己紹介しますよね。僕は、明瞭に発声できる自信がなかったので、名前を黒板に書いたのす。僕の名前は」とノートを見せる。
名寄文生。
「うーん、なかなか正確には読めなさそう」「まあ、しょうがないですよ。なよろ・ふみきです。緊張していたんですよ。自分では読めるものだから、みんなも読めるはずだと思ってしまった。だから、間違って読まれてしまって、そのまま固まってしまった」とノートを見せる。
苦笑を返される。それは、よく解るという類のものだった。
「泣いてしまう寸前だったところに、鷺沼先輩が現れたのです。鷺沼先輩は、僕の名前の隣に谷山豊と書きました。そうして、ひとりの数学者の話をしてくれたのです。最後に、こう言いました。『だから、君はきっと偉大な数学者になる』と。結局、泣いてしまいましたけれど」とノートを見せる。
思い出して、涙がにじむ。霞む視界の先には、柔和な笑顔があった。
「そういうことを自然にしてくれるから、素敵なんだよなあ」
「全くです」とノートを見せる。
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