第8話
僕は、現在、非常にワクワクしている。いや、本来ならば、どう考えたってそんな感情が湧き起こるはずもない。今までに経験したことのない辛さに対抗するために、他の楽しみを見つけ出し、気を紛らわせているだけにすぎない。ああ、今すぐ叫び出したい。でも、可哀想な僕にはそんな小さな願望も叶えられやしない。なぜなら、現在、白い部屋の白い寝台の上に身体を固定されていて身うごきがとれないからだ。
「馬鹿なの? あなたは、大学生にもなって、どうしてそんなにも愚かなの?」
泣きたくなった。というか、泣いた。大声を上げて泣いた。
「期待してた反応と違う!」
せっかく、こんなにも己の貧弱な体を犠牲にしたというのに。
「もっとこう! 何かあるだろう? おい、
「え?」口周りに、べっとりと白い生クリームをつけている。こうすれば幼気な男子小学生に見えるだろうという意地汚い計算からだろう。「ギプスに落書きさせてくれるのですか?」
「そうじゃねえだろう。確かに、定番だけれども」
そこで、ペンのふたを閉める音が聞こえる。
「 まさか、落書きをしようと?」
「定番だけれど、違うのでしょう。落書きなんて頼まれたって、してやらないんだから」
哀しみに暮れる。こんなの、ちびっこなーくんが仕込んだに決まっている。僕の言動を把握しているヤツは、僕が開口一番に発しそうな言葉を突き止めた上で、あえてその他の道を選んだのだ。
「なーくんって、名字が名寄なんだね。でも、この愚かなけが人が先輩ってどういうこと? 確か、教授のお孫さんなんじゃなかったっけ?」
「ああ、いや、その。大きくなったら、是非、僕もこの大学の数学科で勉強したいなって。それなら、先輩と後輩になるでしょ」とノートを見せる。
そういうものか、と一応は納得したそぶりの
「あなたのところの教授から伝言を授かってきた」
ほいとメモを手渡された。声に出して読む。
「予定どおり、式典は行うのであしからず。もちろん、主役は出席のこと。彼女の同伴は、君に任せます。先生は、どちらでもかまいません。それから、車椅子のレンタル代くらいは、お祝金代わりに私が出します」
愕然とする。なんてこった。
「足の、骨を、折って、いる、のに!」
「だから、それは自業自得でしょう。教授が可哀想だから、ちゃんと式典には出席するのよ?」
腹の底から唸り声を上げる。哀しみを吐き出す。頭を抱える。
「だって、痛いんだよ。車椅子に乗ろうが、骨が折れているのだから、痛いものは痛いに決まってんじゃんか」
「もう」と鶫ちゃんが可愛らしさ爆発で、声を上げる。「そんなもの、痛み止めでどうにでもなるわよ」
「いいや、僕はそんなもの信じないね! 君は、歯医者で、抜歯する際に麻酔を打たれたことはないか? 僕は未だかつて麻酔を打たれて、かつ、抜歯が痛くなかったことはないね! つまり、あんなものまやかしなんだよ。患部の近くに薬を打ってるのだから!抜歯をしたって痛いはずがないという暗示なんだ。というか、そもそも、あの麻酔を打つこと自体痛いんだよ。痛みを消すために、痛いことをするなんてどうにかしている」
涙目でまくしたてる僕を、鶫ちゃんは遠い目で見降ろしている。なんか、すごく怖い!
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