第6話
「だから、何度同じことを言わせれば気が済むというのか。僕の条件を飲まないのならば、僕は式典には出席しない。ただ、それだけのことだ」
「そんな
僕と同じ理学部は数学科の後輩が、泣きべそをかいている。しかし、男の泣きべそだなんていくら見てもおもしろくない。どうせ見るなら、愛しの
「ふん、そもそもたかが一学生のありとあらゆる数学コンクールの連続受賞快挙を祝うくらいのことで、国のお偉方が夫婦同伴で『おめでとう』を言いにくるなんて仰々しいにもほどがある。それに、僕は人見知りの気があるんだ。わざわざそれを二倍の人数で皆して『わあ、すごいね』なんて褒められるかと思うと鳥肌が立つよ」
「だから、鷺沼先輩がそうおっしゃられるから、『じゃあ、鷺沼も彼女を呼べばいいよ』と教授が言ったじゃあないですか」
自分より幾分も背が低い後輩の頭をはたく。
「うちの
「そんなあ…」
後輩は涙目で、頭をさすっている。なんだか、かわいそうになってきた。
「こんな小学生みたいな男を泣かせるなんて、僕は鬼か」
僕の後輩はただのちびっこではない。とても賢いちびっこである。当然、僕のひとりごとを聞き漏らすはずもあるまい。鶫ちゃんばりの不敵な笑みを浮かべて見せる。
「最終手段として、『
「何、それは教授命令か? くっ、卑怯な手だ。めったにない研究費アップの交渉手段のために学生を使うだなんて」
「で、どうします? 鷺沼先輩☆」
「ああ、でも」と頭を抱える。「数学科の賢い女子連中に罵られるよりも、うちの鶫ちゃんひとりにデコピンされたり、頭突きされたり、ビンタとか、背中蹴られたりとか、なんかそういうやつのほうが地味に痛いんだよなあ。身体的というより精神的な意味で。僕はそういう身体的コミュニケーションも決して嫌いではないが、何よりも鶫ちゃんにとっては、それが言語の代替手段だと思うとなあ。ちゃんとお話できたらいいねと思うともう涙を禁じ得ないのだ」
ちびっこなーくんが目を眇める。
「付かぬことをお伺いしますが、鷺沼先輩はドMでいらっしゃいますか?」
なーくんの実際の小学生にはあるまじき、カリスマ美容師によって整えられたであろう完璧なヘアスタイルに手刀をくらわす。
「お前は阿呆か。うちの鶫ちゃんは言語でのコミュニケーションがちょっと苦手なだけだ。じゃなきゃ、わざわざ研究者志望で医学部なんて難しいところに入るか!」
「はあ…」
「なんだ、その困惑した表情は!」
「うんと、鷺沼先輩本人に交渉するよりもその鷺沼先輩の彼女さんに直接交渉したほうが早いかなあと一時は思いもしたのですけれど。でも、お話するのが苦手なんですよね。人見知りさんだそうですし。これはどうしたものかなあと」
はっ、と鼻で笑う。
「大丈夫だ。どこからどう見ても、貴様は小学生にしか見えない。そのまま大学生という身分を押し隠して、教授の孫あたりという設定で目尻に涙でも浮かべながら近づいて行けばいい。そうしたら、心優しい鶫ちゃんのことだ。きっと、お前のお願いを聞いてくれることだろう」
「なんだ」
なーくんは、したり顔でその場をとっとと去る。
「あ、やべ」
気付いたときには、遅かった。
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