第19話

 「えっじゃあ、この闘いは芝居しばいだったってこと!?」

 灯輝は両手を膝に突き、大きな声を出した。違和感の謎が解けた気がした。

「否定はせぬが、重要な立ち合いだったのは確かだ。八ノ目はシオハルに、我はトウキに、盤都羅の一端を披露したのだ」

 ガルガは悪びれた様子もなく説明する。

「いやだからさ、そういう大事なことは先に言ってほしいんだけど!」

「緊張があった方がより本質が見えると思ってな」

 また本質、という言葉がでた。

「はあ…ごめんね風早君。こんなつもりじゃなかったんだ。駒とはなかなか意思疎通が難しくて」

 汐春は立ち上がり、灯輝へ頭を下げた。怪我などは特に無いようであった。

「いえこっちこそ…。この駒達ってホントそういうところあるんですよ…」

 灯輝も汐春より一段深く頭を下げる。妙な共感が芽生えていた。



 「風早君、まず昨日あったことを簡単にでいいから聞きたいんだ。ここには見当たらないが、ネットの動画ではもうひとりの局者……女性も映っているように見えた。そこの香天の局者かな。知っていることを教えてほしい」

 汐春の要求に灯輝は一瞬戸惑った。臼杵さんのことはどこまで話していいのだろうか。その様子を察してか、汐春は灯輝が連絡を取れる相手なら名前等はまだ明かさなくてよいと付け加えた。灯輝はそれに頷き、昨日の出来事を簡潔に伝えた。

「なるほど…。とにかく二人とも偶発的に選ばれた、ということだね」

 汐春はしばらく考え込み、続けた。

「では私のことも話さないといけないね。ただ伝えることがちょっと多いんだ。それに、できることならその女性の了承を得てから、三人と三駒で話がしたい。明るい場所でゆっくりしながらね」

「日を改める…ってことですか?」

 汐春は大きく頷いた。

「私は公園の入口に車を駐めてある。戻りながら少し話そう」

 汐春は歩き出したが、数歩で立ち止まり、灯輝にひとつ提案をした。

「歩道に出る前に、どうかな。互いの駒の駒姿を見せ合うのは。ここは街灯の光も少し届いている」

「ああ…俺も八ノ目…さん? 見たいかも」

 灯輝は承諾した。二人の身体が光る。依姿が解かれ、暗視の効果が無くなり、二人は数回瞬きをした。



 「敬称などいらぬぞ小僧、ワシらも局者を呼び捨てるでの」

 そう言って出てきたのは、なんとも初見の感想に困る生き物だった。

 背丈は小学生の高学年ほど。丸みを帯びた身体は頭部と区分けがないようで、まるで逆さの卵、いや表面の起伏からして松ぼっくりのようであった。材質は汐春が纏っていた鎧と同様で、青銅の茶が鈍い光沢を放っている。そこへまた鎧と等しい配置で複数の光る眼が据えられていた。手足はといえばあまりに細く頼りないもので、脚などはフラミンゴを思わせた。右手には全身と同質と思われる杖を持っており、どことなくユーモラスな雰囲気をもたらしているのであった。

「これが八ノ目かあ…」

 一通り観察してから、灯輝は汐春の方を向いた。汐春はビジネスジャケットにワイシャツ、スラックスという服装になっている。言葉無く、じっとガルガを見上げていた。ガルガも腕を組みながら汐春を見下ろしている。夜闇で僅かな光を浴びて浮かび上がるその威厳ある姿に、灯輝も新たな畏敬を抱かずにはいられなかった。

「なんともはや…恐ろしく、かつ感動すら覚えるね。腰を据えて研究したいものだが、それどころでないのが悩ましい」

 汐春がようやく口を開いた。そういえば大学教授と言っていた、と灯輝は思い返した。

「では、行こうか風早君。歩道には街灯もある。駒は符姿にしておこう」



 「私は、盤都羅の遊戯盤、本体を見たんだ」

 並んで歩き始めた第一声に、灯輝は目を丸くした。アウターに収まった二人も汐春の方を向いたようだった。

「山梨の鉄道工事の現場で、妙な空間が発見されてね。そこに置かれた物体がちょっと普通じゃないとのことで、私が呼ばれたんだ。直径3mくらいだったかな。本体は木製で、金属の飾りが沢山ついていた。事前に現場の人が送ってくれた写真はあるから、それは今度見せるよ」

 灯輝は黙って聞き続けた。明らかに重要な情報の持ち主であると分かった。

「調べていたら、突然鈴の音が聞こえた。それから――周囲に黄色く光る文字や図形が、無数に舞い出した。その場にいた全員あっけにとられたよ」

うつつ映盤えいばんだ」

 ガルガが右ポケットから声を出した。

「そう、それが現の映盤だった。後から分かったことだけどね。そしてその光が本体に吸い込まれたと思ったら…」

 汐春はそこでため息をついた。

「大きな揺れが起きてね…天井が崩れだした。私は気がついたら、その落盤の手前で多少の怪我で倒れていた」

 汐春のジャケットのポケットから八ノ目が顔を出す。

「ワシもそこにおった。叩き起こされた感覚でな。何が何やら分からぬまま、近くにいたそこそこの素棋力の者、シオハルを依姿となって助けたのじゃ。こやつは頭に岩の破片でも当たったのか気絶しておってな。ワシは適当な場所に寝かせた後、符姿で服に紛れ様子を見ることにしたわけじゃ」

 汐春は軽く頷いた。局者が失神していても駒が身体を操れるというのは、灯輝にとって新たな情報だった。

「そうして私は無事だったが、現場にいた他の5人は…遺体で発見された。4日前の事故だ。ニュースで見なかったかな」

「あっ」

 灯輝は香天に促されて調べたネット記事を思い出した。

「山梨での落盤事故――あれが関係していましたのね」

 代わりに香天が応えた。

むごいことだ。崩落現場からは盤都羅は発見されていない。どこかへ消えてしまったようだ。私はひょっとすると自分が盤都羅を起動させてしまったのではと思ったが、八ノ目が言うにはそれはあり得ないことらしい。その辺りも、後日説明できたらと思う」

 灯輝は、この人とは必ずまた会わなくてはいけないと感じた。



 「本当に送らなくてもいいのかい?」

「いえ、俺この近くに自転車置いてるんです。だから大丈夫です」

 グレーのセダンの横で、灯輝は汐春の申し出を断った。じゃあこれを、と汐春は車から小さなケースを取り出す。

「名刺を渡しておくね。女性と話がついたら……いやもし君だけしか都合がつかなくても、近いうちに連絡をくれたらと思う」

 灯輝は両手でそれを受け取った。

「それじゃあまたね風早君、気をつけて」

「はい、弓野さんもお気をつけて。必ず連絡します」

 灯輝は真面目な顔で応えた。

「次会うまでにくたばるでないぞ、牙流雅、香天。ひぇっひぇっ」

「そのまま返そう、八ノ目」

 駒は駒で物騒な別れの挨拶を交わす。

 車が走り去るまで、灯輝はその場を動かなかった。

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