第16話

 5mほどの距離を置いて、男と灯輝は向かい合った。

 男の格好は、その年齢も相まって滑稽ともいえた。麻のような生地の服の上に、何やら鎧らしきものを着ている。厚みはさほど無いようで、革かブロンズか不明瞭な質感を持っていた。

 ふいにその胸部に動きがあり、複数の目が開いた。六角形の頂点にひとつずつ、その中心に大きめのものがひとつ、計7つの薄水色うすみずいろに光る眼であった。その全てが灯輝を凝視する。灯輝は理解した。この人も依姿の局者なのだと。



 ガルガと香天はまだ沈黙している。灯輝が話すのを待っているかのようだった。

 男は弓野汐春ゆみの しおはると名乗った。今度はこちらの番であった。

「俺は風早灯輝かざはや とうき。高校生です」

 それだけ伝え、反応を待つ。

「風早――風早…。風早灯輝君ね。よろしく頼むよ」

 汐春は視線を泳がせるようにして応えた。

「言ったように、私は話がしたくて来たんだ。ほら…人目につくようだと困るし何が起こるか分からないから、こんな時間まで待つしかなくてね。多分君もこちらに気付いて、この公園で待っていてくれたんだよね」

 大きなジェスチャーを交えて説明する。灯輝はそれに小さく頷いて返した。

「見つけた櫂脈が君で良かった。ネットの動画で見たんだ。電車の事故現場で――」

 そこで男の言葉は途切れた。やや俯き、両腕をだらりと下げて動きが止まった。空気が変わった。



 「久しいのう牙流雅がるが香天きょうてん。もっともいつぶりか、うろ覚えじゃがの。ふぇふぇ」

 老人のような語り口の声は汐春という男のままだったが、明らかに雰囲気は最初と異なっていた。灯輝は自分の身体がガルガに制されていた状態を思い出した。今目の前にいるのは――

八ノ目やのめか」

 ここでガルガが応じた。八ノ目、と灯輝も呟いた。盤都羅に関するテキストを作成する際、聞いていた符駒のひとつだった。

「ひとつ聞かせておくれ牙流雅よ。電車を落としたのは、よもやお主らか」

 汐春の口調は鋭くなった。

いな。櫂脈は持つが、我も知らぬものであった」

「ほお~う…」

 ガルガの答えに、八ノ目は驚きを示した。

「さようか。そして倒したと。…さすればまあ、語るは口をせんずるでもあるまいて」

「む?」

 ガルガが疑問の声を出すと、汐春は緩やかに半身の構えを取った。

「黙っとれ、今はワシに身体を貸さんか」

 独り言は明らかに内側の汐春に向けられたものだった。



 「えっ、どういうこと?」

 嫌な予感がし、灯輝は八ノ目とガルガに問いかけた。

「八ノ目、そなたは戯法ぎほうを把握しているのか」

「いんや? なればこそよ。少しは暴れたろう。牙流雅よ」

 静寂がおりた後、ガルガの訳知りのような声が聞こえた。

「ははあ」

「ねえ、どういうことって訊いてるんだけど!」

「闘うのだ、トウキ」

「ええ!?」

 全く理解が追いつかず、灯輝は混乱した。ガルガは加えて言う。

「手を出すな、香天」

「分かったわ」

「いや話し合うって話だったと思うんだけど!?」

「そうではなくなったのだ」

 慌てふためく灯輝へ対し、汐春はやや身を屈め腕を前後にした体勢を取った。眼鏡の奥から鋭く灯輝を見据えている。

「じゃあとにかく、八ノ目を倒すにしても、このおじさんは絶対怪我させないでよ!? ガルガ!」

「違うぞ。トウキ」

「は?」

「今度は我の力を使い、トウキが闘うのだ」



 汐春が地を蹴った。

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