第14話

 落ち着かない買い物だった。二人が店内で話しかけてくるようなことはなかったが、興味があるのかポケットの中でガサゴソと動き、周囲を観察しているようだった。灯輝は外に設置されたベンチで、店で買った缶コーヒーを開けた。一息ついて周りを眺めると、心なしかいつもと少し景色が違って見えた。カゴに荷物を入れ、重くなった自転車で帰りの上り坂に差し掛かると、ガルガの声が聞こえた。

依姿いしなら楽に漕げるぞ、トウキ。目立つがな」

 笑いを含んでおり、冗談のようであった。

「このくらい、どうってことないよ」

 灯輝は立ち漕ぎで応えた。 



 昼過ぎから灯輝は再びパソコンに向かい、盤都羅について新規で聞いたことを打ち込んでいた。そのファイルをどう扱うのか一切考えはなかったが、決して無駄な作業ではないと思えた。符駒に関するテキストを見返していると、新たな疑問が浮かんできた。

「駒が持つ力…櫂脈かいみゃくについてだけどさ。駒どうしは察知できるんだよね?」

「うむ」

「それってどのくらいの範囲で?」

「やや複雑だ。駒の能力や形態でかなり異なる。符姿ふし――現在の状態では櫂脈の発露はつろをある程度抑えられるが、同時に感知する力も弱まる。駒姿くし依姿いし、となれば察知するもされるも、度合いが大きくなる」

「ふんふん…」

 カタカタとキーが鳴る。

「駒が他の櫂脈を認識できる距離は通常…現在の尺で……1km程度だろうか、香天」

「そうね。依姿の時の合脈で増減はあると思うけど」

「なるほど。普通は駒姿、依姿で1キロ前後と」

 灯輝の指が止まる。ある思いつきがあった。先程冗談で依姿となるかと言われたが、家の中なら他人に見られる心配はなく、鏡もある。依姿の自分はいったいどのような見た目となるのか、確認したいという欲求が湧いた。

「ガルガ、ちょっと洗面所まで来てよ。少しの間依姿になってみたいんだけど」

「おお、いいぞ。そうこなくては」

 灯輝は階段を下りリビングを抜けて、洗面所へ入った。香天もついてきたが、二枚ともリビングで止まり洗面所を覗き込んでいる。

「ああ、今はいいよ。入ってきて」

「いやそうではない、狭いのだ」

「?」

「いったん居間へ出てくれ、トウキ。こちらのほうがまだ広い」

 灯輝はガルガの言う意味が理解できなかった。

「駒姿じゃなくて依姿になってほしいんだけど? え、ちょっ」

 風切り音と共に、巨体が出現した。ズン、と接地し家全体がしなるようであった。

「おっと、床板にあまり負荷をかけぬようにせねば」

「ちょっと何やってんの!!」

 灯輝は大声を出した。駒姿のガルガがそこにいた。場所が自宅のリビングとなるとその異質さは極まった。頭部は天井に届きそうなほどであり、室内空間が狭まったようにすら見える。

「うむ、だから依姿になろうというのだ。駒姿を経由せねば、依姿にはなれぬのでな」

「それは先に聞きたかったなあ!」

「逆もまたしかり。符姿と依姿の間には必ず駒姿を挟まねばならぬ。変化に時間はかからぬが、その一瞬の間合いが機運を分かつこともあろう」

「はぁ…オーケー。じゃあ依姿にしてよ…」

 やり取りの間、香天は黙って舞っていたが、その動きはどこか面白がっているようであった。

 発光、そして衣服の変化。これはもう驚かなかった。黒い足袋のような履物に土が付いていないか確認してから、灯輝は洗面所に入り鏡の前に立った。奇妙な袴よりもやはり、初めてしっかり見る被り物に目が行った。それはガルガの容姿を模した飾りだった。平面的な彫刻のようで、横向きのガルガが口を大きく開けた部分が右目周りを覆っている。ガルガの目のパーツも小さいながらあるようで、ぎょろりと動いた金色の瞳には、さすがに少しびくりとした。全体としては、やや厚みと面積のある独特なネックバンドのヘッドホンが、耳を避けて装着されている、といった風貌であった。

「やはり、トウキ。我と合脈がすこぶる良い。感覚が研ぎ澄まされるようだ」

 ガルガの声は確実に頭部から聞こえた。本体がそこにいるかのようであった。

「ふーん。俺も元気が出る感じはするけどね」 

 灯輝は頭の飾りを指でコツコツと叩いてみた。金属とも、磁器とも、樹脂ともいえない音と感触が返ってくる。

「これってなにで出来てるの?」

「素材か? われだ」

 しょうもない、と灯輝は思った。



 ふいに、装飾のガルガの瞳が動揺を示した。

「おお、なんとしたことか」

「どうしたの」

 灯輝は訊ねた。



 「他の、櫂脈かいみゃくを感じる」

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