第12話

 大変な一日だった。

 みどりは灯輝達と別れたあと、まっすぐ事故現場へ戻ったのだった。救急車、消防車が何台も到着し、まさに救助が開始されたところであったが、川へ落ちた車両はまだ手の付けようがなく、脱線した前2両の怪我人から収容されているようであった。みどりは救急隊員に話しかけ、自身の勤める総合病院へ向かう車を探した。重傷の乗客の搬送先が合致し、応急処置を手伝いながら同行した。

 病院では駐車場に多数の仮設テントが組み立てられようとしていた。どれだけの負傷者の収容となるか分からない。みどりは担当病棟に入り、自身も事故に遭ったが怪我はないので対応に当たりたいと伝えた。同僚は驚きを見せたが、帰宅を促すものはいなかった。夜勤明けでそのまま残る者も多く、これから訪れる修羅場を皆覚悟した。

 次々と負傷者が搬送されてくる。既に心配停止と判断できる乗客は後回しとされた。治療の優先順位付け、トリアージが仮設テントで行われる。対応する全ての医師、看護師に最大の能率が求められた。昨日の業務ではみどりを無視するような冷たさを見せた先輩が、今日は厳しいながらも的確な指示を出し続けた。途中確かに、しっかりね、とみどりの背中を軽く叩いた。涙腺が緩むのを感じたが、これは悪い涙ではないと、己を鼓舞した。

 短い休憩の合間に、みどりは自身の住む賃貸マンションの管理会社に電話し、どうにか部屋のオーナーと連絡を取ることができた。オーナーは同情を示し、部屋のスペアキーを夜までにポストに入れておく、と申し出てくれた。

 事故対応は深夜まで続いた。帰宅の指示が出され、みどりは肩で大きく息をついた。病院から少しお金を借りられるだろうか、という話を更衣室でしていたところ、家に現金があるならすぐに返せるでしょ、と同僚が五千円を渡してくれた。そうしてみどりはタクシーを使い、疲労困憊の状態で自宅まで帰り着いたのだった。



 シャワーを浴びていると、立ったまま寝そうになり、自分の頬を叩いた。続いて味もよく分からない食事を取る。

 明日は休みをもらった。すべきことはなんだろう。無くしたもの一式の再発行だ。どの順序がいいだろう。

 ぼんやりと考えていたが、ふいに目を見開いた。判断力の鈍っているみどりの頭に、ようやく朝の不思議な体験が蘇ってきた。

 そもそも、あそこから始まったのだ。未だ夢ではないかとも思えるあの奇妙な出来事が発端だったのだ。

 みどりはメモ帳に灯輝の電話番号を書き出した。覚えている。確かに現実なのだ。ではあのおかしな生物は? 私はいったい何と出遭ったのだろうか? 意味もなく天井を見上げていた。

 

 

 赤い髪の少女、名前は香天といった。彼女が自分の中にいる時、表現のできない力が溢れていた。そして被害の拡大を防ぐ意思があったように思う。彼女が自分を離れ、目の前で一周りした時の香りはとても安らぐものだった。

 ―――自分にとって、悪い存在だったのだろうか。

 あの事故に関わるものだとしたら、今後どうすればいいのだろう。みどりは電話番号のメモへ目を落とした。

 まだ接点は持っている。

 みどりは自分が何か大きな決断を迫られているような気がした。

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