第11話

 灯輝はキッチンに立っていた。リビングにある窓のカーテンの隙間からは西日が差し込んでいる。帰宅後パンを1つ昼食代わりとしたが、中途半端な時間に再び強い空腹を覚え、今日は夕食も早めに取ってしっかり休もうと考えた。手際よくソーセージやキャベツをカットし、レンジで温めた米や卵と一緒にフライパンに放り込む。

「お料理をなさいますのね」

 調味料を振っているところで、香天の紙が背後から声をかけた。もう二枚とも当然のように家の中を自由に動いているが、トイレや洗面所等へは顔を出さないよう強く言ってある。

「できなくはないけど、これは料理ってほどじゃないよ」

 炒飯を盛り付けならがら灯輝は応えた。二脚の椅子が向かい合うダイニングテーブルへ皿を運び、腰を下ろす。スプーンで一口目を食べようとしたが、テーブルの端からこちらを眺める二枚を見て、ふと疑問が湧いた。

「そういえば、二人は食事ってどうするの」

 食べるものを用意しなければならないのではないかと、不安がよぎる。

「心配は無用だ。飲食、分解は可能だがそれが我らの直接のかてとなることはない。盤都羅本体の養分にでもなるか、霧散するものなのかもしれぬ」

「ふうん…? とにかく食べなくてもいいんだ?」

 システムは理解できなかったが、ガルガの答えに灯輝は安堵を覚えた。



 米一粒残さず平らげた食器を片付け、今度は学生服、ブレザーとズボンの手洗いに取り掛かった。上は目立った擦れなどは見られなかったが、ズボンの脛に斜めに大きく走る切れ目はどうしたものかと悩んだ。乾いてから考えようと、灯輝はリビングの室内干しハンガーに上下の学生服を掛けた。

「家事は一人でこなすのだな」

 ガルガはハンガーの上に止まった。

「まあ、嫌いじゃないし。料理とか掃除も。その分母親はけっこう散らかすよ」

 灯輝は応えながら、自分が苦笑していることに気付いた。

「母親は今日は不在であるとのことだが、父親は夜には戻るのか?」

「戻らないよ。三年前に不倫して、母さんと別れたんだ。今は海外でわりと腕のいい料理人やってるみたい。養育費は多めに貰ってる。だから母さんが遊び回るんだ」

「そうか」

 どうということのない身の上話だったが、灯輝はなぜだか気持ちが少し落ち着くように感じた。



 諸々の用事を終え、灯輝は自室に戻った。ベッドに仰向けになると、急に疲れを感じた。

「トウキ、休むのか。怪我はどうだ? まだ痛むか?」

 ガルガが枕元で問いかけてきた。

 言われてみれば。

 打ち身や切り傷の痛みはほとんど気にすることもなくなっていた。これはどういうことかとガルガに問い返した。

依姿いしの状態は、合脈にもよるが、局者を最良の状態へと整えるのだ。怪我があれば代謝を早める、毒素があれば排出する、という具合にな。我が敵と闘う際、ある程度治療を施したといえる」

 それはすごい、と灯輝は素直に感心した。

「もっとも限度はあるし、代謝に使う栄養の分、腹も減ることだろう。疲労を拭えるものでもない。過信は禁物ぞ」

「ああ…なるほど。そういうことか」

 きっとまだまだ知らないことばかりなんだろう、と灯輝は考えた。

 今朝からのことを思い返していると、まぶたが重くなる。

 ――臼杵うすきさんはあれからどうなったろう。

 灯輝は深い眠りに落ちていた。

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