責任が飽和する

子供のころからリーダーになることが好きだった

チームで行動するとき、リーダーになることで自分が頑張れば楽しくできる

そう思ってからこそいつも率先してリーダーになってきた


出しゃばりとか、そんなことも言われたけど

やろうとしない人から言われても別に気にする必要はない、ずっとそう思ってきた

だから、起業して社長になっていい会社を作ろうと思った

子供の純粋な笑顔が好きだから、玩具工場を作ろうと思ってた


だけど、いまはどうだ

隙があれば直ぐにさぼる社員が数人いる、ただそれだけ

下請けの会社もないしお金もない。子供の純粋な笑顔とか言っていられる余裕はない

自分のおなかも満足させられないこの状況で

別になくても生きていけるものを作っていると考えると虚しいような悲しいような

そんな汚い感情が沸いてくるが、それを気にしてはいられない


法人税に所得税、会社員の給料のせいで頑張って稼いだ金も右から左に流れていく

家庭だって持ちたかったが家庭を持てる給料はない

本当に悲惨な人生だ、親ももう逝去してしまっているため頼るあてはない

生活保護でも受けようかと思ったが、借金が多すぎる


趣味も消えた、なんだったかは覚えていない

最近は労働時間が多いせいか、食事すらまともに摂ってない摂って

脳も衰退していると明らかにわかる

呂律だってあんまり回らない


家もない、借りる金なんて持ってるはずがない

ずっと職場にこもり切りで少し薄暗いここに寝泊まりしている

せめてもの救いは風をしのげることだろうか

匂いはきついし音もうるさい、とてもいい環境とは言えないだろう


いっそ自殺でもしてしまおうかとふと思う

こんな生き地獄をずっと味わいし続けるぐらいならさっさと終わりにしてしまった方がいいのではないかと

そばにはいつ料理に使ったのかわからない包丁がある


それを手に取って一思いに・・・

やれたらいいだろうな

そんな勇気はもうない

決断力に書けている今の状態で工場の再生でも自殺でも

どうこうできる状態にはない


「社長、いますか~?俺たち今何すればいいすか?」

「あぁ、今日の朝与えた仕事が終わったらいったん休んでていいぞ」

「あざーす!」


俺には養って得いかなければいけない家庭はないが

俺が自ら雇った社員がいる

俺が死んだらどうなるだろうか


多分あいつらは逞しいから自分で仕事を見つけて何不自由なく過ごしていけるだろう

だけど、自ら雇った会社員の未来ぐらい考えるべきだろうか

もちろん考えるべきだとは思う、思うが・・・

はぁ、思考するのがつかれた


「もうやめにしようか」


なんだかんだ言ったって死ぬときは一瞬だろう

包丁すら持ってないのに何をグダグダと考えていたのだろうか

もう、失うものは命以外ないと思う

そして命を失えば楽になれる、

喜怒哀楽の中で唯一なかった楽が本来の意味とは異なるがようやくかなう

楽しくない最近の出来事に唯一染まる紅だろう


包丁を手に取った

きらりと切っ先が光る

持つ手が震える

息が・・・詰まる


さぁ、もう終わりだ

不定形の赤い花がじわじわ広がっていくのを想像する

そうだ、手に持っているこれを一思いに・・・


「死にますか?」

「はぁはぁはぁ・・・はぁ・・・」

「死ぬのが怖いんじゃないですか?」

「はぁ・・・あんた、はぁ・・・だれだ?」

「手に持っているそれをもう一回見てください。あなたは今自分が何をしようとしていたかわかりますか?」

「はぁ・・・もちろんわかるさ、自殺だ。俺はなれなかった、リーダーになる資格なんてなかったんだ。笑顔を見るのが好きだっただけなのにな?はは・・・は・・・」

「起業して子供の笑顔を見たかったのですね?」

「そうだ・・・俺はな、人の笑顔を見るのが好きだったんだ。だけどさ、ギャグのセンスなんてこれっぽっちもないし、かといって成績優秀で頭がいいから何でも作れる天才かなんて言われたら絶対に違う。大人になるにつれて趣味は別々の方向に進んでいくだろ?」

「そうですね。人の思考は成長していくにつれだんだんと変わっていきますから」

「ああそうだ、そんな趣味の違う人たちが全員笑顔になるようなものは作れない。お笑い芸人の世界は厳しいというから、俺みたいな才のない奴は行く気にならない。そこでだ、子供がみんな笑顔になるものはなんだ?そうだ、おもちゃだよ!みんな好きなおもちゃを作ることができたら、笑顔を見ることができる。だからおもちゃ工場をやろうと思ったんだ」

「素晴らしい心がけではないでしょうか?」

「俺もそうだと思ってた。だけどな!理想と現実は違った!工場を建てるために莫大な金がかかる。頼れる家族も友人もいない。知名度がないから他の工場とのパイプラインのようなものもない!会社員を雇っても特別多くの人は来なかった!!!・・・単に自分のわがままだったんだ。わがままを貫き通したら自分の生活もままなってないんだ。そして今さっき、また俺のわがままで死のうとしてた!」

「確かにあなたの言うことは正しいと思います。自分のわがままで生活に困窮してしまった。頼れる人もいない。そしてまた自分のわがままで死のうとしていた。と言いましたよね?」

「あぁ、そうだ!」

「あなたは頼れる人がいないと言っていましたがたった今できたようですよ?」

「え?ど、どういうことだよ!」

「周りの状況をしっかりと確認することも上に立つ者の責任だと思いますよ?では」


そういって名前も名乗らないまま謎の爺さんは姿を消した

ほんとに、唐突に一瞬で居なくなった

何が起こったのかはわからない


「社長!俺たち、これから社長のこと全力で支えます!」

「今までさぼってたりしてすいませんでした!感動しました!」

「おまえら・・・?どうしたんだよ、急に」

「社長の話聞いて俺らも頑張ろうと思ったんです。お話ありがとうございます!」

「そうなのか・・・ありがとうなみんな!よし、くよくよしてられない。頑張るぞ」

「はい!」


俺にチャンスを与えてくれたあの爺さんは何なのだろう

もしかしたら、幻覚かもしれない。記憶が混濁しているだけなのかも

だけど一つだけ言いたいことがある


「ありがとう!」


小さな声で一人呟く

たとえ幻覚だったとしても、チャンスをくれたあの爺さんに

本当に感謝だ

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