自責と逃避

昨日、人を殺した

俺の父親だ


殺した理由は過度なDV、そして俺と弟に対してのネグレクト

家にいると何も食べれない、全部父親が食べてしまうから

だから俺と弟は近くのコンビニとか飲食店とかのゴミ捨て場に忍び込んでできるだけ大きくておいしそうなものを取って逃げた

母親は四年前死んだ、そこから俺の父親は狂っていった


酒に飲まれ、たばこもどんどん吸って、昼も夜も関係なくパチンコを打ちに行く

まだ中一の俺と小三の弟を殴って、買えもしないのに俺たちに酒やたばこを買わせようとする

金を浪費するから勿論足りなくなる

だから借金もバンバンしていく

おかげで毎日夜中は借金取りと父親でにぎやかだ


給食費だって払ってくれないから給食は配膳されない

友達がたまにくれる牛乳を飲んでから温かいご飯を食べている皆をぼーっと見ている

弟は親が「ろくでなし」と馬鹿にされていじめられているらしい

まぁ親がろくでなしなのは否定しないが


家に帰るたびに増えていく痣や傷を鏡越しに見て、悔しくて唇をかみ手を握り締める

そのせいで手には爪の刺し傷が、唇には噛み傷がまた増える

もともと学ぶことが好きでたくさんしていた勉強もいまやとてもできない

酒瓶がそこら中に転がって、たばこの吸い殻もたくさん落ちてる家を見てに落胆する

掃除しようにも箒も塵取りもゴミ箱も、時間も体力も気力もない


この生活で手に入れたのは万引きや窃盗の技術と馬鹿にされても動じないメンタルだ

普通に生活していたら要らないし身に着けない技術だけが残っていく


そして昨日、ついに父親は俺らを殺しかけた

俺の頭を酒瓶でぶん殴って割れた破片が俺と弟の体に突き刺さった

痛いし苦しい、刺さったところが熱い

流石に今までDVを受けてきたがこれはやばいと思った

抵抗しないと本当に死んでしまう


近くにあった瓶を父親の方に投げつけた

瓶は顔面にあたって砕け、飛び散った破片が父親の体にしっかりと突き刺さった

ずっと飲んだくれて、たばこだってやめなかった父親はすぐに力尽きた

自分と弟に刺さってる瓶の破片を抜いて包帯を巻いた

結構深く刺さっていたため止血に時間がかかった


その間に父親は出血多量で死んだ


俺は何にも悪くない

仕方がないんだこれは正当防衛

俺が殺したんじゃない、勝手に死んだんだ

だけど、現実は何処まで行っても残酷で父親の死体が血溜まりを作っている


「なぁ、俺はさ、父親殺しだよ。ここではもう、きっと生きていけない、だからさ、適当に海とか山とかで死んで来るよ」


そう、もう分かっていた

俺が昨日父親を殺したんだって

目を背け続けちゃいけない


「ねぇ、そんなこと言わないでよ。お兄ちゃんがいなくなったら僕は何に頼ればいいんだよ!お兄ちゃんだけが唯一の救いだったのに、ひとりでいかないで僕もつれてって!」

「・・・ああ、いいよ」


俺らは取り敢えず借金してあったお金をありったけ鞄に詰めて

残ってるご飯も詰めてそれ以外は全部燃やしていった

こんな家は残っている方が損害だ

一一九番に火事だとだけ連絡して俺たち二人は家を出た


どうせ死にに行く身、最期にパーっと盗んでいこうか


美味しそうで高そうなものをできるだけ盗っていった

弟はとても楽しそうな顔だった、俺も多分こんな顔なんだろう

誰にもとらわれない自由な外、盗んできた高級食品たちで最後の晩餐をしながら行く


「なぁ、海と山。どっちで死にたい?」

「海がいいな、どこまでも深いし大きくて自由になれそう!」

「そうだな」


ということで海に行くことが決定する

最期ぐらい自由にやりたいものだ


今までのことをたくさん話した

楽しかったことも苦しかったことも

そしたら気づくと愚痴大会になっていた

お互いためていたものを吐き出して気持ちが楽になる

もう終点もくてきちの海だ


「ようやくだな、これで解放される。こんな糞みたいな世界から解放されるんだ」

「死にますか?」

「・・・誰だよ」

「通りすがりの老人ですよ、貴方たちが悪い意味で覚悟を決めた顔をしていたので。ところで何で死のうと思ったんですか?」

「別に、お前に話す義理はないよ」

「つれないことをおっしゃるのですね。では、当てて差し上げましょう。まず体中についた痣、大人によるものですねぇ。そしてその鋭い眼光、人を殺しましたね。そしてその少々目立っているボロボロの服、お金がなかった親ですか」

「うるさい!お前なんかに兄ちゃんと僕の苦しみは分からないんだ!」

「えぇ、申し訳ありませんでした。他人の事情に踏み入って、こんなことを言うのは失礼でしたね。ですが一つ聞きます、あなたは本当に死にたいですか?」

「何を言い出すんだよ、もちろんだ。俺らの父親もこの糞みたいな世界も、許さない。俺の父親は俺の母親が死んでから変わったよ、ずっと悲しみに暮れていて俺らには気にかけなかった。」

「そうですね、最愛の人を亡くした悲しみは凄まじいものです」

「弟は母親が死んだとき、あんまりわかってなさそうだったけど俺は母親が死んですっごい悲しかった、悲しかったよ!なのに父親が悲しみ心が荒んでいく姿を見て俺がやらなくちゃいけなかった。それなのにどんどん人として落ちぶれていく父親は昨日ついには実の息子を手にかけようとした!だから俺は殺した、仕方がないよな。・・・ただそういうことじゃないんだよ!」

「・・・心中お察しします。おっと雨が降ってきてしまいましたね、屋根のある所へ避難しましょう。満タンに溜まっていたバケツをひっくり返したようです、この勢いは」

「嫌だね、俺は死ぬって言ってんだろ!もう俺は万引きしたりしたし馬鹿にされると悔しくって人をぶん殴ったりもした。何より昨日、実の父親を殺したんだよ!この手で!仕方がないなんてそれは逃げだ。本当はたくさんの罪を犯してきた俺に、差し伸べる手があったとしてもそれを振り払ってでもこの世界にはいちゃいけねぇ。こんな世界にずっといるのもこっちから願い下げだけどな!」


そういって海に飛び込みに行く

弟は俺よりも早く飛び込もうとしていた

二人そろって海にダイブする、だが


大海原には触れなかった


「まだ話も終わってません。私の話は聞いてくれませんか?」

「なんで聞かないといけないんだよ!俺は死にたいのに何で死なせてくれないんだよ、俺に恨みでもあんのか?ないよな!もういいだろ!?もう、死にたいんだよ・・・」

「いいですか、あなたに恨みはありません。が、黙って見殺しにしろというのですか?あなたは他人が本当に死にたいと目を見開いて涙を流しながら訴えてきている人を、はいそうですかそれじゃあ仕方ないと言って海に投げ捨てますか?そんなことする人がいていいでしょうか、それは人といいますか?」

「知らない!知らない知らない!お前の都合は知らない!俺は、俺たちは!世間から笑われて、バカにされて、知らねえ奴から後ろ指刺されて、だけど誰も頼れなかった!誰も助けてはくれなかった。父親でさえ、助けてくれなかったんだ!帰っても帰んなくても同じだ、特技だってクズみたいなものしかない俺たちを誰も求めてねえよ。期待はしてないけどな、俺たちに仲間なんているわけないんだから!」


この爺さんに言ってやりたいことは全部言ってやった

この頑固な奴もきっとこれで手を放してくれるだろ


「ですが特技が世間から後ろ指をさされるものであっても、今はまだ味方になってくれる人が誰もいなくても、同じ人間です!耐えるのです、今までもたくさん耐えてきたでしょうが絶対にあなたの味方になってくれる人はいます!あなたが今まで見てきた世界はまだ狭い、特技だって使い方次第でどうとでもできます。あなたは強い!一人で街の人々の目に耐え忍んでいた!そして弟を思うことが出来る優しい心を持っている!ここまで辛くて苦しかったでしょう、ここに来たのもあなたの父親への自責の念があるのではないですか?殺されそうになって自分の身を守るのは生物としての防衛本能ゆえ、仕方がないことです。この世界にはあなたがたと同じような境遇の子たちは星の数ほどいます。私にはあなたの苦しみは抱えかねます、同じ境遇でなければその人の辛さは分からないですから。ですが、あなたと同じ境遇の子たちを助けたいと思うような気持ちはありませんか?無駄にしようと思った命を一つ使ってみませんか?」

「・・・」


なんなんだこの爺さんは

なんで俺のために、こんなことを言うんだ

世界は俺を必要としてないはずなのに


誰にも俺に寄り添ってくれる人なんていないと思っていたのに!


「何であんたはそんなに言ってくれるんだよ。他人の命なんか興味ないだろ、どうなったって知らねえんだろ。本当はどうなんだ?答えろよ・・・!!!」


見るとそこには少しの涙を流しながら悔しそうにうつむいている老人がいた

あんなに心の強そうだったあの老人が、目元に水滴がついていた


「私はもう何も失いたくないのです。大切な人も、自分の希望さえ守れなかった過去の私。目の前で失うのは、どんなに辛い事か!もう失いたくないですし、苦しんでいる人も見たくないのです・・・!」

「うわっ!?」


急に俺と弟を抱きしめながらその老人は言った


「もう、苦しんだまま死んでいく者たちも!希望がないままの人生を過ごしている人も見たくないんですよ!!!」

「・・・!」

「・・・おっと、少しおしゃべりをしすぎたみたいです。この雨のせいでしょうか、目元が少し濡れているようです。それと、もう一つ言いたいことがあったんです。いいですか、戦争の英雄も時代が違えば犯罪者。私が言いたいのはこの逆です。」


では、と言ってどこかにいなくなってしまった


空はいつの間にか晴れていた

夜空には無数に輝くザラメのような星


「ははは・・・なぁ、いこう」

「・・・うん!」


幸せを俺たちがつかめる

幸せをみんなに分けれる

そんなことを見つけよう


二人で、一緒に


きっとあるはずだ、世界は広いのだから

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