喜怒哀楽

世の中には喜怒哀楽という言葉がある

人間が本来持つべき感情とでもいえば分かりやすいか

僕も持っていたものだ

僕は他の人たちよりもよく感情が動く方だと言われていた

というのも、最近は正直人間関係に悩んでいた

クラスのガキ大将みたいな、そんな奴がいたからだ

そいつは気に食わないことがあるとすぐに殴る

今までこのクラスにいる限り女子も男子も例外なく殴られた


僕も僕の友達も僕の恋人も全員だ


そんな現状に耐え切れず一度は全員で先生に言ってみた

でも、先生は中途半端にホームルームの時間にそのことを取り上げて終わった

ガキ大将はやってませんと言って証拠不十分でその日は解散となった

解散になった後ガキ大将はみんなを集めて密告した奴を探し始めた

全員で言いに行ったから全員答えなかったけど我慢出来なくなったアイツは

みんなを並べて一人ずつ殴っていった


痛かった

なぐれられるのが嫌だったから先生に言ったのに

何にも解決してないじゃないか


そいつに殴られる日がだんだんと多くなっていった

許せない、だけど反抗したらまた殴られる

皆そのことが分かっているから黙って殴られるしかない

僕らが悪いわけじゃないのに、何で何度も何度も殴られないといけないんだ

毎日毎日アイツの機嫌を窺ってびくびくしながら過ごす毎日

もううんざりだ


「早く楽に・・・楽になりたい・・・」


どうしたらこの毎日から解放されるんだろう

どうしたら・・・


そうだ死ねば楽になれるんじゃないか

もともと痛いことの耐性がついてないのに乱暴に殴られるのは

もううんざりなんだ


剃刀はどこだ

もういいや、痛いことに耐えるよりも死んでしまった方がいい

死んでしまったらもう何も感じないから


「あった、剃刀だ」

「死にますか?」

「え?」


誰だろう

死ぬ前に幻惑でも見たか

別にストレスのせいで幻惑を見たとしてもおかしくないのではないか


「幻惑じゃありませんよ。まあいいでしょう、死にますか?」


何でこの人はずっとそういうことを言ってくるんだろう

確かに死のうとしていたけどそれが何だというのか

アイツのせいで・・・こうなったのに


「なぜ死のうと思ったんですか?」

「・・・アイツのせいだ、意味もなくむかついたときに殴ってくるあのゴミ野郎のせいだ。先生に言ってみたけど・・・証拠がないってことで解決は無理だった、何も変わらなかったんだ、だから死ぬ。、それだけのことだよ」

「そうですか、それはさぞ辛かったでしょう。だから死ぬんですね」


もうアイツにおびえるのはうんざりなんだ


そして僕は手首を剃刀で切った


「切ってしまいましたか」


何か聞こえる

どうせあの幻惑だろう


ああ、あいつが憎い

アイツが他人を殴らなければ、

アイツがそもそもいなければ、

ぼくはこんなことにはなってなかったんじゃないか

感情豊かな子供とよく言われていた

その感情の豊かさがこんな形で使われていなかったら・・・


熱い、手首が熱い

どうせ死ぬのなら最後に一発

アイツを殴ってから死ねばよかった

もし来世があるんだとしたら、僕は

アイツを許さない


「そうですか、まだ間に合います」

「ぇ?」

「あなたには、憎悪の感情がものすごく強くありますね。いいことです、それはまだ生きているということですから。・・・はいこれで止血は完了しました。なかなかひどい出血なので後程病院でもいた方がいいでしょう、貧血で倒れると思うので。」

「なんで、何で僕は死にたいのに何で?」

「感情があることは生きている証です。嬉しいのも、悲しいのも、楽しいのも、怒れるのも、全て生きているからこそできるのです。どれだけ憎んでいても、どんなに伝えたいことがあっても、死んでいたらそれは不可能です」

「・・・」

という言葉があります。貴方はこのようなことを思って死にたくなったのでしょう。ですが、どうせ死ぬのなら自分自身で納得できる人生を送りたくないですか?あと一つ、手段は何でもいいですがやるなら徹底的にやりなさい。中途半端で終わらせてはいけません。」


では、と言ってどこかに消えてしまった

僕はあのおじいさんの幻惑がなかったらどうなっていたんだろう


「いや、でも・・・」


包帯が腕にきつく巻かれている

もしかして現実だったのかな

そうだとしたら、あのおじいさんの言ったこと

ちゃんと守った方がいいよね・・・


そこで僕の意識は途切れた


二か月後

校内暴力が公になりガキ大将は退学となった

黙認していた学校側にも問題があるとして教育委員会は問題を追及している

クラスのみんなを救ったのは一人の少年だった

少年はこう言っているらしい


「幻惑かもしれません。ただ、僕の目の前におじいさんが現れて僕を救ってくれた。その後おじいさんは言ったんです。どうせ死ぬのなら自分自身で納得できる人生を送りたくないか?と、そして中途半端に終わらせてはいけないと。僕は生涯この言葉を叩き込んでおきます」

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