第44話
「何これ……」
基地に戻ったカイエダたちが見たのは、大量のオーガの死体。
そして、壊滅した基地の姿だった。
「悪い予感が……的中してしまったか」
「私たちがもっと早く戻って来られたら、こんなことにはならなかったかも……」
なるべく消耗を抑えるため、魔物と遭遇してもまともには戦わず逃げることを優先した。
そのせいで何度も後退したり迂回する羽目になり、到着時間が大幅に遅れてしまったのだ。
「それは違うと思う。ここには基地長や他に二人もランク8の探索者がいたのよ。それでもこうなったってことは、よほど敵が強かったってこと。仮に私たちがいたとしても、結果は変わらなかったはずよ」
当時の状況を知らないので、これは何の根拠もない単なる憶測に過ぎなかった。
自分たちのせいでこうなったのではないと、そう思いたかっただけなのかもしれない。
ただ今更たらればを言っても仕方がない。三人は間違いなくベストを尽くしたし、過去はどうやっても変えることはできないからだ。
それよりも今考えるべきは――。
「E-7の基地に行こう」
マツイがそう言った。
あそこの基地長はランク9の探索者だ。合流できれば心強い。
もしかしたらE-7の基地も、オーガたちの襲撃を受けている可能性もあるが……。
そのときはそのときだ。このまま目的もなくただ魔物から逃げ続けるよりはマシだろう。
「中に行かなくていいの?」
「今基地の中に入る意味はないよ」
「でも、職員の人たちがシェルターにいるはずだし助けてあげないと」
「その必要はないよ」
シェルターの中にいれば魔物に襲われる心配はないし、食糧も用意されているので一週間ぐらいはまったく問題ない。
逆にシェルターから連れ出す方が危険だ。魔物に襲われる可能性は高くなるし、守り切れる保証もない。そもそも自分たちだけで精一杯なのだから。
マツイはカイエダにそう説明した。
「基地長たちは探さなくていいんですか? 基地はこんなになっちゃったけど、もしかしたらまだ生きてるかも」
基地が壊滅したからといって、ミヤモトたちが全員死んだかどうかはわからない。
職員たちを避難させた後、自分たちも逃げた可能性もあるのではないか?
シマモトはマツイにそう尋ねた。
「そうだよ! もし怪我してるなら私の回復魔法で治せるし! それに戦力が多い方がより安全じゃない?」
カイエダもそれに同調した。
「まあ合流できるならそれに越したことはないけどね」
そもそも生きていればの話だが。
マツイはミヤモトやタテオカ、クガヤマが生きている可能性は低いと考えていた。
「でも目的地が決まってるならともかく、どこにいるかわからない人間を探すのはとても難しいよ。今はそこかしこに魔物がいるから余計にね」
魔物との戦闘を避けながらの捜索は、困難を極めるだろう。
「まあ、一応はこの辺りを少し探してからE-7の基地に向かおうか」
そして、カイエダたちはミヤモトら三人の遺体を発見した。
エリアE-7ももう終わりというところで、フミヤたちは想定外の魔物と対峙していた。
「どうしてこんなところにオーガがいるわけ? しかも群れまで作ってるし」
敵はオーガジェネラル一体に、ハイオーガが10体。
「サイクロプスがE-5に現れたのと、何か関係があるのかもね」
「まあどっちにしろ、倒すしかないよ」
「じゃあここは、全員で戦うってことでいいのか?」
フミヤがそう言うと、サヨコたちは頷いた。
(雷球)
サヨコが電流の凝縮された球体を無数に放てば、
(氷槍)
ミヤビは氷の槍を、
(炎球)
カリンは炎の球体を――いくつも生み出しオーガたちを攻撃した。
フミヤは魔法を使わなかった。
今の自分の魔法では目の前の敵に通用しない。それがわかっていたからだ。
サヨコたちの放った魔法が次々にオーガたちを直撃する。
が、それだけではさすがに倒せるはずもなく、オーガたちはこちらに向かってくる。
フミヤは殴りかかってきたオーガの拳を躱すと、カウンターで斬撃を浴びせた。
さらに別の一体が攻撃してきたのでそれも躱し、反撃。
そうやって少しずつ敵にダメージを蓄積させていく。
最初の一体が倒れた。それを皮切りに、一体、また一体とオーガが続けて倒れていく。
(……あれは)
フミヤはサヨコがオーガジェネラルと戦っているのに気づいた。
押しているように見える。だがやはりランク8の魔物は強いのか、サヨコでもすぐには倒せないようだった。
他の二人は、ハイオーガたちがサヨコのところへ行かないように戦っている。もう少し時間がかかりそうなので、すぐに加勢するのは無理だろう。
(なら俺が行くしかないな)
オーガジェネラルは、サヨコの魔力を纏った剣に対し拳で応戦している。
フミヤはオーガジェネラルに近づくと、足に魔力を纏わせ蹴り飛ばした。
「俺も手伝うよ」
「ありがとう」
そこからは一方的だった。
一対一でもサヨコが押していたのに、それに近い実力者が加われば勝負になるはずがない。
しかもしばらくしてカリンやミヤビも参戦してきたので、途中からはもう完全に過剰戦力だった。
「これからどうする?」
フミヤが言う。
「決まってるだろ。引き返すんだよ。もうエリアE-7も終わりだしな」
ミヤビがそう答えた。
「このまま引き返すのは気が進まないけど……仕方ないね」
「基地に戻って指示を仰ぐしかないな」
サヨコやカリンも異存はないようだった。
こうして、一行は基地に戻ることになったのだが――。
引き返し始めてすぐ、再びオーガの群れに遭遇した。
しかも今度は数が先ほどの比ではない。
何十体――いや、下手したら三桁いるかもしれない。
「おいおい。なんて数だよ」
「行きはこんなのいなかったのに……いつの間にこんな……」
「……仕方ないな。こうなったら私の
カリンは両手を広げた。
「二人、私と手を繋げ。余った一人は、その二人のうちどっちかと手を繋げ。そうすればここから逃げられる」
「大丈夫なの? それだとどれだけ魔力を消費するかわからないよ?」
「それでもこの数を相手にするよりマシだろ。私の
話がよく見えないが、どうやらカリンの
だが――。
「俺はここに残るよ」
フミヤがそう言うと、カリンとミヤビは信じられないものを見た、というような表情を浮かべた。
ただ、サヨコはフミヤが何を考えているかわかっているようだ。
「いやいやいや。何言ってんのカネモト君。まさかとは思うけど、こいつらと戦うつもりじゃないよね?」
「ああ。そのまさかだ」
「お前……正気か?」
「別にパニックになってるとか、そういうわけじゃない。俺にだってちゃんと考えがある」
「だったらそれを説明しろ。ただしこっちが納得できなければ、お前も連れていく。目の前で自殺する人間を放置するほど、私も落ちぶれちゃいないんだよ」
「僕も賛成だな。はっきり言って君のやろうとしてることは自殺行為だ。敵の正確な数がわからない以上、ここはなるべく消耗を避けるべき場面だ」
「…………」
自分の
だが、それは絶対に避けなければならないことだ。
フミヤはサヨコに目配せをした。
「二人とも、フミヤ君はちゃんと考えがあって戦おうとしてる。だからここは任せよう」
サヨコの言葉に、二人が目を見開いた。
「お前までそう言うってことは、やっぱりこいつには何かあるんだな」
カリンがそう言うのに、サヨコは頷いた。
「説明はできないけど……フミヤ君は大丈夫だから。ここは信じてあげてくれないかな?」
「ま、いいんじゃないか。サヨコがそう言うなら本当のことなんだろうし」
本当はちゃんと説明を聞きたかったけど。
そうミヤビが付け加えた。
「正直私には、いまいち信じられない話だが……そこまで言うならもう止めない。ただ、どうなっても知らないからな」
「悪いな」
カリンが両手を広げる。そして右手をサヨコと、左手をミヤビと繋いだ。
「気をつけてねフミヤ君。絶対に生きて帰ってきて」
「そっちこそ気をつけてな。まあ、俺ごときが心配するのもおこがましいかもしれないけど」
「こういうときはもっと自信満々じゃなきゃ、心配になるんだけどなあ」
「……行くぞ」
すると次の瞬間、三人の姿が消えた。
「っ!?」
どうやらこれがカリンの
(なるほど。これでここから逃げるわけね)
確かにこの方法なら、間違いなく逃げられるだろう。
(さてと。俺の方もボチボチ始めますか)
フミヤがここに残った理由。
それは二つある。
一つ目は、この方が安全だと思ったから。
たとえカリンの
それならばいっそ、ここでこのオーガたちを倒してしまった方がいい。
そしてもう一つの理由は、強くなるため。
おそらく今のフミヤは、サヨコたちよりも弱い。
だがこのオーガたちの大群をすべて倒せば――。
(他にももっといるかもしれないし、そいつらも全部倒せば……)
大幅に強くなれるだろう。
あの三人を超えることだって不可能じゃない。
昔から憧憬の対象だったサヨコたちを越える――。
こんな状況だというのに、ワクワクしている自分がいた。
「やってやろうじゃないか」
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