第38話
夜。
「敵襲! 起きて!」
カイエダがそう叫び、非常事態を知らせるブザーを鳴らす。
野営をするときは最低一人は見張りをおき、魔物の襲撃などがあるとこうやって寝ている者を起こすことになっている。
敵はハイオーガが10体。
もう日は完全に落ちているが、カイエダの目にはしっかりとその姿が映っていた。
(ちょっと数が多いなぁ……)
一対一ならまず負けないが、この数は一人では手に余る。三人であれば勝てるだろうが、それでもこの数には苦労するだろう。
(
こちらに向かってくる敵に対して、無数の炎の球体を撃ち出す。
それとほぼ同時に、氷の槍や風の刃がハイオーガたちを襲った。
マツイとシマモトが起きてきたようだ。
「これで一体も死んでないの、ほんとに嫌になるわね!!」
「二人とも逃げるよ! 基地に戻るまで避けられる戦いは避けていこう!」
十分に休息がとれたとは言えないが、体力や魔力にはまだ余裕がある。
ただ、敵の数は完全に未知数なのだ。馬鹿正直に現れた敵すべてと戦っていたら、すぐに消耗して戦えなくなってしまう。
三人は攻撃でハイオーガの動きが鈍っている隙にその場から離脱した。
「っ!?」
ハイオーガから逃げきってすぐ、三人は前方に魔物の姿を発見する。
それは緑色の肌で、オーガより一回り大きな体躯をしていた。
オーガジェネラルだ。ランクは8で、数は一体。
「――っ」
向こうもこちらに気づいたようで、瞬間移動かと見紛うほどのスピードで距離を詰めてきた。
己に向かって打ち込まれたパンチを、シマモトが剣で受け止める。
その衝撃で押され、地面を後ろに滑る。が、足に力を入れ、なんとか踏ん張ることに成功した。
カイエダがオーガジェネラルに蹴りを入れ、シマモトから引き離す。
そしてマツイが魔法でオーガジェネラルの足を凍らせた。
この程度ではほとんどダメージにならないだろう。
だが、ほんの少し時間を稼げればいい。
カイエダたちにはそもそも、このオーガジェネラルとまともに戦う気などないのだから。
たとえ戦えば簡単に勝てるのだとしても。
「あれがボスかな!?」
「そうだといいけど、たぶん違うだろうね!」
「とにかく今は基地に戻りましょ!」
三人は基地を目指し、さらにスピードを上げた。
読書中にかかってきた電話に、基地長ミヤモトは眉を顰めた。
テレビやインターネットといったおおよその娯楽から切り離されたこの基地の中で、読書は彼にとっての唯一の楽しみだった。
現在の時刻は午前8時45分。名目上は朝食の時間だが、早々に朝食を済ませたミヤモトは読書に興じていた。
(朝食の時間は9時まで。どうしてそれまで待ってくれないのでしょうか)
ここは基地長室で、ミヤモト以外の人間は滅多に入ることのない場所だ。
そのため読書にうってつけで、ミヤモトは食事をいつもここで済ませていた(彼以外は食堂で食べる)。
この基地にいる人間は全員そのことを知っていて、ミヤモトも彼らには緊急の用件以外、食事中に電話は控えて欲しいとお願いしてある。
なのになぜ、電話がかかってきたのか。
まさか本当に緊急の用件なのか。
ミヤモトは調査に送り出したカイエダたちのことを思い出す。
胸騒ぎを覚えながら、ミヤモトは電話に出る。
「基地長!? 大変です! 魔物がっ! 魔物がっ!」
悲鳴にも似た声が、受話器の向こうから聞こえてきた。
「……落ち着いてください」
電話は通信室の職員からかかってきたものだった。
通信室とは、基地の中で唯一外部と連絡をとれる設備のある部屋のことだ。
ミヤモトは職員を一旦落ち着かせると、事情を聞き出す。
「何があったんですか?」
「魔物の襲撃です。この基地は現在、魔物に襲われています」
「タテオカ君では対応できないレベルということですか?」
この基地には、魔物の襲撃に対処するための人員が二名配置されている。
基地の屋上から周囲が360°見渡せるようになっており、そこにランク8の探索者をおいて監視をさせているのだ。
昼を担当する者と夜を担当する者が一人ずついて、昼を担当する者の名前がタテオカといった。
「はい。タテオカさんは現在魔物と戦っています。ですが、自分だけでは厳しそうなので基地長やクガヤマさんにも応援を頼んでくれと」
クガヤマというのはタテオカと同じ仕事をしている探索者で、ランクは8。
彼は昨晩もずっと起きて見張りを続けていたので、現在は眠っているはずだ。
今起こされるのは気の毒ではあるが、緊急事態なのだから仕方ない。
「ここを襲撃しているのはどんな魔物ですか?」
「オーガの大群です。全貌は確認できていませんが、タテオカさんの話によればグレートオーガやハイオーガが何十体もいるそうです……」
予想していたよりも遥かに危機的な状況に、ミヤモトは目を見張った。
自分ならそれだけの大群にも対処できるが、タテオカだけではどう考えても無理だ。
時間稼ぎに徹したとしても、自分が行くまで持ちこたえられるどうか……。
いや、そもそも自分が行ったところで本当に敵を倒せるのか?
タテオカが見ていないだけで、もっとランクの高いオーガの上位種がいる可能性もある。
そうなった場合、ミヤモトが行っても手に負えないかもしれないのだ。
そんな内心をおくびにも出さず、ミヤモトは職員に告げる。
「……わかりました。僕も出ます。非常ベルを鳴らして、基地にいる非戦闘員をすべて地下のシェルターに避難させてください。それから連盟にも救援の要請を」
だが、受話器の向こうから返事はなかった。
「聞こえませんでしたか? もう一度言います。非常ベルを――」
「無理なんです」
「はい?」
「非常ベルも地下シェルターも、連盟との通信機も全部使えません!」
「……どういうことですか?」
「たぶん機械の故障だと思います。このあいだの点検では問題なかったんですけど、さっき使おうとしたらダメで――」
なんということだ。
ミヤモトは天を仰いだ。
そもそも非常ベルを鳴らしたり、連盟に救援要請をしたりというのは、緊急事態であれば基地長の指示なしでやっていいことなのだ。
先ほどの動揺ぶりから、パニックでそれをしなかったのだと思い込んでいたが、まさか機械の故障だったとは。
「今朝の8時に、連盟に定時連絡はいれましたか?」
「……はい」
基地からは連盟に対して、毎日朝の8時と夜の8時に定時連絡を入れる決まりになっている。
目的はもちろん、何も異常がないかどうか確認するため。
もしこれで連絡がなければ、連盟は緊急事態が起きたとみなして腕利きの探索者を派遣する。
だが先ほど8時に「異常なし」の報告を行ったばかりだという。
もし8時の時点で機械が故障していて、連絡ができなかったのなら――。
そのときは連盟が異常を察知してすぐにでも救援を送ってくれたはずだ。
だが、それももう無理な話。連盟が異変に気づくのは、どんなに早くても今夜8時以降だ。
「……わかりました。魔物は必ず僕が倒します。あなたたちはアナウンスで襲撃を伝えてください。避難に関しては、各自の判断に任せます」
「……はい」
もう避難してください、とは言わなかった。
地下シェルターが使えない以上、どこへ逃げても大差はないと思ったからだ。
あとは魔物を倒せるかどうか。それで彼らが生き残れるかどうか決まる。
ミヤモトは基地長室を飛び出した。
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