第35話



 本来なら、この調査を行うのはサヨコたちの役割ではなかった。E-7の基地にいる探索者たちがするはずであった。


 しかし、連盟は念には念を入れることにした。E-7で何か起きていた場合に備え、より腕の立つ探索者に調査を任せることにしたのだ(基地にいる探索者のランクは、基地長を除いて全員が7だった)。


 ただ、急にそう決めてしまったために候補者選びが難航。紆余曲折あって、最終的にスケジュールが空いていたサヨコたちが選ばれた。


 フミヤは最初の時点では呼ばれていなかったが、クラン・アサオのマスターである――アサオ・ルイコの推薦で参加することになった。


 サイクロプスを倒した実績が評価されたというわけだ。


「それしても君は働き者だねえ。昨日帰ってきたばかりだって聞いたけど、休まなくてよかったの?」


「大丈夫だよ。別に疲れてないから」


「それって、能力アビリティの効果だよね?」


 フミヤは頷く。


「羨ましいなあ。私も疲れない能力アビリティだったらよかったのに……」


「ってことは、君も能力アビリティ持ちなのか?」


「そうだよ」


「どんな能力アビリティなんだ?」


「秘密。ここで教えてもつまらないでしょ? まあ、そのうち見れると思うよ」


 確かに、これからしばらく一緒に過ごすのだから見る機会はありそうだ。


 連盟の支部に到着した。


 車を降りると既に職員が待機していて、フミヤたちを建物の中に案内してくれる。


 職員は、フミヤたちをある会議室の前に連れて行った。


(ここが……)


 サヨコが扉を開けて中に入る。フミヤもそれに続いた。


 室内には、既に二人の人物がいた。


 フミヤと同年代の男女が一組。どちらも非常に整った顔の持ち主である。


 そのうちの一人、女の方が不機嫌そうな顔で言う。


「遅い」


 すると、男の方がそれを窘めた。


「なに言ってんだか。君だって10分前に来たばかりだろ」


 ……この二人が。


 この二人が、今回フミヤがエリアE-7の調査に参加した理由。


 正確には、この二人に加えてサヨコもだが。


 アズマノ共和国の若手探索者のうち、将来国を背負って立つと言われている人物が三人いる。


 それが――クラン・シミズのシミズ・サヨコ、クラン・アサオのアサオ・カリン。そして、クラン・ササオカのササオカ・ミヤビ。


 全員がフミヤと同じ20歳で、それぞれのクランマスターの実子である。ランクも8で共通。


「久しぶりだねえ。二人とも」


 サヨコがそう言うのに、男の方――ミヤビが同意する。


「確かに。こうして三人で顔を合わせるのは久しぶりだね」


 クラン・アサオのマスター、アサオ・ルイコによる推薦。


 それはフミヤに今回の調査へ参加する権利を与えた。


 しかし、それはあくまでも権利であり、断ることも可能だった。


 サヨコはともかく、カリンやミヤビは他のクランの人間。


 手の内を晒す可能性を考慮すれば、参加を見送る判断は賢明と言える。


 しかし、あえてそうしなかったのは、同世代のライバルたちの実力をその目で見ておきたかったからだ。


 彼らと比べて、今の自分がどれぐらいの位置にいるのか。それを知りたい気持ちを抑えられなかった。


(俺の実力に関しては、クラン・アサオにはもう知られてしまってる。だからこれ以上隠す意味はない)


 それに、一人で魔物狩りをしていても他の探索者と会う可能性はゼロにはできない。


 能力アビリティについてだって、フミヤのそれは持っているかどうかすら簡単にはわからないものなのだ。


 油断するわけではないが、そこまで警戒しすぎる必要はないのではないか。


「初対面の人もいることだし、まずは自己紹介からだな。僕はササオカ・ミヤビ。クラン・ササオカ所属だ。よろしくな」


「ミヤビ君はクラン・ササオカのクランマスターの息子さんなんだよ」


「知ってる。君ら三人は、とにかく有名だからな」


「じゃあ私の自己紹介は必要ないな」


「おいおい。相手が知ってても初対面なんだからやっておけよ。それが礼儀ってものだろう」


 ミヤビにそう言われ、カリンは渋々といった様子で自己紹介を行う。


「アサオ・カリン。よろしく」


 なんというか、嫌われているのだろうか。


 そんなことをフミヤが考えていると、


「悪いな。こいつ人見知りだから緊張してるんだよ。普段はもうちょっと愛想が――別によくないけど、とりあえず悪い奴じゃないからさ」


 そう言って、ミヤビがフォローを入れてきた。


 どうやら嫌われているわけではないらしい。


「聞こえてるんだけど」


 気を取り直して、フミヤも自己紹介をする。


「俺はカネモト・フミヤ。クラン・シミズ所属だ。なんか凄いメンツで俺だけ場違い感がハンパないが……足を引っ張らないように頑張るつもりだからまあよろしく」


 顔合わせを済ませたところで、室内に職員が入ってきてヘリポートまで案内された。


 どうやら出発の時刻になったようだ。


 フミヤたちはヘリコプターに乗り込むと、エリアE-7に向けて出発した。


 ヘリの中には、フミヤたち以外に三人の人間が乗っていた。


 一人目はヘリのパイロット。二人目は連盟の職員で、スーツを着ている。三人目は40代ほどに見える男性で、ボディスーツを着ている。探索者だろうか。


 今回の調査に参加するのは四人と聞いていたのだが……。


「まずは簡単に自己紹介をさせていただきます。私はタダ。連盟の職員をしております」


「俺はカトウ。元は探索者だったが、今は辞めて連盟の雇われだ。このヘリの護衛をしている。短い間だが、まあよろしく頼む」


「そしてこのヘリのパイロットを務めますのは、マミヤさん。今は操縦中ですので、紹介は私が代わりにさせていただきます」


 どうやらカトウと名乗った男は、今回の調査に参加するのではなく、ヘリの護衛だったらしい。


(考えてみりゃ当然か。護衛がいなきゃ、ヘリなんて飛ばせるはずないもんな)


 もし空を飛ぶ魔物がぶつかってきたり攻撃されたりしたら、ヘリコプターなど簡単に墜落してしまう。


 だから護衛が必要なのだ。ヘリに近づくモンスターを排除するために。


「カトウさんは元ランク8の探索者で、詳細は伏せますが能力アビリティをお持ちです。ヘリの護衛官になって五年経ちますが、まだ一度も事故を起こしたことはありません」


 だから安心してくださいと、タダは言った。


「まあこれだけのメンバーが揃ってるなら、俺なんかいなくてもよさそうだが」


 そう言って、カトウがサヨコたちに視線を向ける。


「将来国を背負って立つと言われてる、若手有望株のトップスリーが勢ぞろいするとはなあ。珍しいもんを見た……ところで、ボウズは誰だ?」


 カトウがフミヤに尋ねる。


「カネモト・フミヤといいます。クラン・シミズに所属してます」


「聞いたことのない名前だな」


「まあ、俺はこの三人に比べたら大したことないですから」


「そうか。まあ、若者の可能性は無限大だ。負けないように頑張れよ」


「ありがとうございます」


 タダが口を開く。


「皆さん今回の調査任務について、既に説明は聞かれていると思います。ですが目的地に着くまでに時間がありますので、もう一度最初から説明させていただきます。その後にもし質問があればお答えしますので、どうぞ遠慮くなくお聞きください」

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