第34話


 基地から出発したカイエダたちは、エリアE-8を進んでいた。


「ねえ。ちょっとおかしくない? 魔物が全然いないんですけど……」


 出発前とは打って変わって、つまらなさそうな顔でカイエダが言う。


 もうエリアE-8を4分の1程度は捜索したが、今までに出会った魔物の数はたったの1体だけだった。


 「気分転換ができる!」と思っていたカイエダにとって、拍子抜けもいいところである。


「マツイさん。なんか嫌な予感がしませんか?」


 シマモトが不安そうな顔でマツイに話しかけた。


「そうだね……」


 なぜ魔物が異常に少ないのか、今のところ考えられる可能性は三つある。


 一つ目は、単なる偶然。たまたま出会った魔物の数が少なかっただけ。


 二つ目は、探索者が魔物狩りで倒してしまった。


 そして三つ目は、魔物どうしの争いが起こった。


 しかもこれらは、どれか一つだけでなく、複数同時に起っていることも考えられる。


「ただ、正直一つ目の可能性はないと思う」


 これは何か明確な根拠があるわけではない。長年探索者としてやってきた経験からそう思っただけだ。


 しかし、カイエダやシマモトも異論はないようだった。


「じゃあ、二つ目と三つ目のどっちかってことですか?」


「あるいは、その両方かもしれない」


「どうするのマツイさん。引き返す?」


「いや。もう少し捜索を続けよう。そうすれば何か手掛かりが掴めるかもしれない」


 そうして、三人が再び走り出そうとしたそのときだった。


 先頭にいたマツイが、手で他の二人を制止する。


 二人がマツイの視線をたどっていくと、その先に大きな人影が見えた。


 グレートオーガだ。オーガの上位種であり、サイズは変わらないが肌の色が青いのでそれで見分けることができる。


「グォオオオオオオオ!!!!」


 向こうもこちらに気づいたようだ。


 しかし、なぜグレートオーガがここにいるのだろう。


 グレートオーガのランクは6であり、通常このエリアでは見かけることのないはずの魔物だ。


 そんなことを三人が考えていると――。


「「「っ!?」」」


 1体だけだと思っていたグレートオーガの数が、どんどん増えていく。


 木々に隠れて、見えていないだけだったらしい。


 最終的には、20体ほどのグレートオーガの姿が確認できた。


「どうやら、手掛かりを見つけたようだね」


 マツイが言う。


「オーガは上位種も含めて、本来群れを作ることのない魔物。それがこれだけの数の集団で動いているとは……一体何が起きてるんでしょうか」


 基本的に、魔物は群れを作ることはない。


 群れを作るのは、ごく一部の限られた魔物だけだ。それ以外は単独で行動し、出会えば同じ種類の魔物でも殺し合いに発展することもある。


「考え事もいいけど、まずはあいつらを倒さないといけないんじゃない?」


「そんなことわかってるわよ」


 カイエダたちは、背中の鞘から剣を抜き放った。


「「「グォオオオオオオオ!!!!」」」


 雄叫びを上げて、グレートオーガたちが向かってくる。


(まずは数を減らす! 氷槍ひょうそう!!)


 マツイが無数の氷の槍を空中に作り出し、それをグレートオーガたちに向けて放った。


 それとほぼ同時に、シマモトとカイエダも魔法攻撃を放つ。


 無数の風の刃と炎の球体が、グレートオーガたちを襲った。


「「「グギァアアアアアア!!!!」」」


 悲鳴を上げるグレートオーガたち。三人の同時攻撃で、約半数を倒すことに成功する。


 しかし、一瞬で仲間が半分やられたにもかかわらず、グレートオーガたちは怯むことなく向かってきた。

 

 カイエダたちは、剣でそれを迎え撃つ。


(えいっ!)


 地面を蹴ってグレートオーガに肉薄したカイエダ。金色こんじきの魔力を纏った彼女の剣が、敵の腹を深く斬り裂く。


 臓物と大量の血液をまき散らし、グレートオーガは倒れ伏した。


 シマモトやマツイも負けてはいない。


 カイエダと同じように、剣でグレートオーガを次々と屠っていく。


 敵の数は多いが、速さが違いすぎた。


 グレートオーガたちも懸命に反撃を試みるが、その拳はすべてが空振りに終わる。


 三人はわずかな時間で、グレートオーガの群れを殲滅してしまった。


「で、結局何が起きてるの?」


 カイエダがマツイにそう尋ねる。


「僕の見立てでは……あのオーガたちを使役してる魔物がいるんじゃないかと思う」


 シマモトもマツイに同調する。


「やっぱり……私もその可能性が高いんじゃないかと思ってました」


 通常群れることのない魔物が集団で動いているとき、それは――魔物たちを統率する存在が裏にいる可能性が高い。


「過去にそういう事例が、いくつかあったんだよね」


「そういえば……聞いたことあるかも。魔物を操れる能力アビリティを持ってる奴が、たまにいるって」


「まあ、操れるっていうほど細かい命令は出せないみたいだけどね。あくまでも過去の事例によればだけど」


「どうするんですかマツイさん。手掛かりは掴みましたし引き返しますか?」


 シマモトがそう尋ねると、マツイは少し間をおいてから首を横に振った。


「本当はそうしたいところなんだけどね。現状だと敵の戦力がどの程度なのか、情報があまりにも少なすぎる。今の状態で帰っても、すぐに『お前たちで解決して来い』って戻されるよ」


「……そうですよねえ」


「じゃあ、先に進もっか」


 少し弾んだ声でそう言うカイエダに、シマモトが呆れた表情を浮かべる。


「……なんであんた楽しそうなのよ」






 ピピピッ!! ピピピッ!!


「朝か……」


 目覚まし時計の音で、フミヤは目を覚ました。


 顔を洗って、寝癖を直し、着替えたフミヤは朝食をとる。


 はず、だったのだが――。


(食べられそうなのが、なんも残ってねえ……)


 魔物狩りに行く前、フミヤはアサカに食材の処分を頼んでいた。


 それから何週間も家を空けていたのだから、冷蔵庫に食材がないのは当たり前である。


(買い物行くつもりだったのに……いろいろあって結局忘れるという……)


 昨日はとても慌ただしい一日だった。


 昼過ぎに帰宅すると、すぐキョウシロウに連絡。


 そのあと銀行に行き、口座に給料が振り込まれているのを確認する。


 休日でアサカとその両親が家にいるので、少し高めのお土産を持って顔を出した。久しぶりということで長時間拘束され、夕食までご馳走になる。


 そして家に帰ると、電話がかかってきて翌日(今日)に仕事の予定が入った。


 そんな感じだったから、買い物のことなどすっかり頭から抜け落ちてしまっていたのだ。


「こういうときは――っと、あったあった」


 仕方がないので、カップラーメンをいただくことにする。


「……なかなか美味いな」


 食事を終えたフミヤは歯を磨き、リビングのソファーに座った。


 現在の時刻は、午前4時41分。


 フミヤがスマホをいじって時間を潰していると――。


「……来たか」


 車の音が聞こえたので、外を見てみると黒塗りの高級車が止まっていた。


 約束の時間の5時までまだ10分あるが、遅れないよう早めに来たのだろう。


 しかもこちらを気遣ってか、インターホンを鳴らす様子はない。


 このまま待たせるのも申し訳ないので、フミヤは荷物を持って外に出た。


 すると自動でドアが開き、フミヤを中へ迎え入れてくれる。


「おはよう」


「おはよう」


 車内にいたサヨコと挨拶を交わす。


 これからフミヤは、サヨコと一緒にエリアE-7の調査に向かうことになっている。

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