第33話


 エリアE-8には、連盟の拠点となる基地がある。


 なぜ基地が存在しているのかというと、何か問題が起こったときそれに対処するためだ。


 基地には力のある探索者たちが常駐している。


 とはいえ、基本的に彼らは何もしない。


 「エリア」と名のつく場所は、他の探索者たちにとっては実力を磨く貴重な場所だからだ。


 基地にいる実力者たちが出しゃばって魔物を倒せば、それだけ探索者たちが戦う魔物が減ってしまう。


 だから基地にいる探索者たちの主な仕事内容は、待機することなのだ。


「はぁ……マジでつまんない」


 基地内の休憩室。


 若い女性が両足をテーブルの上に乗せ、だらしなくソファーに背をあずけている。


 彼女の名はカイエダ・リョウコ。


 六大クランの一つ、”ジャイアントキリング”に所属する探索者であり、24歳の若さでランク8に到達している若手のホープだ。


「ちょっとカイエダさん。みっともないからやめてよその恰好。テーブルに足を乗せないで」


 そんなカイエダを同じ部屋にいた女性が注意した。


 女性の名前はシマモト・ユウカ。カイエダと同じジャイアントキリングに所属する探索者であり、ランクも8で同じである。


 なお、外見はシマモトもカイエダと同年代に見えるが、実は彼女は34歳であった。


「別にいいじゃんこのぐらい」


 10歳年上の相手に注意されても、カイエダは意に介さない。


「よくないわよ。テーブルが汚れるでしょ」


「うっさいなあ。細かいことばっか気にしてると小皺が増えるよ?」


「増えないわよ! それに私の肌年齢はまだ20代前半! 皺なんてありません!」


「うっわ……肌年齢とか調べてるんだ。その時点でなんかもうおばさんって感じ」


「なんですって!?」


「まあまあまあ。落ち着いてよ二人とも」


 言い争うカイエダとシマモトに対して、部屋にいた最後の一人――30歳前後に見える男性が仲裁を試みる。


 彼の名はマツイ・ソウジ。


 二人と同じクランに所属する探索者であり、ランクも同じ8。


 ただし、年齢は一番年上で42歳であった。


「マツイさんは甘いのよ。ダメなものはダメって教えないと、カイエダさんのためになりませんよ」


「それはそうかもしれないけど……」


 マツイは遠慮がちにカイエダに視線を送る。


「はいはい。直せばいいんでんしょ。直せば」


 渋々といった様子で、カイエダは姿勢を正した。


「マツイさーん。交代まであとどれぐらいだっけ?」


「ちょうど今日で一週間だから、あと半分だね」


 二人が何の話をしているのかというと、それは基地で待機する期間があとどれぐらい残っているかということだった。


 基地で待機し不測の事態に備える探索者は、主に六大クランなどの有力クランから選出される。


 待機する期間は、二週間。


 そしてその二週間が経つと人員が入れ替わる仕組みだ。


 カイエダたちはこの基地に入って一週間が経つから、あと一週間ここで過ごせば次の人員と交代することになる。


「はぁ……あと一週間もこれが続くのかぁ……」


 心底嫌そうな顔で、カイエダがそう言った。


「自分で受けた仕事なんだから、文句言わないの」


「そうだけどさぁ、こんなにつまらないなんて思わないじゃん?」


 カイエダはこの仕事のことを、楽な仕事だと聞いていた。


 何もせずに二週間過ごすだけで、それなりの額――一般人からすれば大金――を貰えるおいしい仕事だと。


 だから彼女は休暇がてら、この仕事を受けたのだ。


 しかし――。


「何もしないって、こんなに辛いんだね。魔物と戦っちゃいけないから、ずっと建物の中に缶詰。スマホも圏外だし、ネットも使えない。暇で暇で死にそう……」


「僕はこの仕事好きだけどなあ……」


「マツイさん。それ本気で言ってんの?」


 信じられないことを聞いた、というような顔でカイエダが問う。


「もちろんだよ。魔物と戦わずに安全にお金を稼げるなんて、最高じゃないか」


「えー? 魔物と戦った方がもっと稼げるのに?」


「それだと命を失うリスクがあるだろう?」


「確かにそうだけどさ……でもそんなこと言ってたら、探索者なんてやってられなくない?」


「ごもっともだね。まあ、僕もそろそろ引退を考えているから。お金も十分貯まったし、もう危険な仕事をしなくてもいいかなって」


「え!? マツイさん、引退するんですか!?」


 シマモトが驚きの声を上げる。


「うん。まあ、今すぐってわけじゃないけど――」


 そのときだった。


 休憩室に備え付けられている電話が鳴る。


「カイエダさん。とってちょうだい」


「なんで私が……」


「あなた一番年下でしょ?」


 そんなこと関係ないだろう。


 そう思いつつも、退屈な時間に変化が訪れるのではないかと期待したカイエダは受話器をとる。


 電話相手と話をしていくうちに、カイエダの表情はみるみる明るくなっていった。


「何の電話だったの?」


「基地長から呼び出し! 調査任務だってさ!」


「「ええっ!?」」


 喜んでいるカイエダとは対照的に、シマモトやマツイは悲鳴にも似た声を上げた。


「いきなりで悪いけど、君たちには調査任務に出てもらいます」


 基地長室にて、カイエダたちは基地長であるミヤモト・ユウキからそう告げられる。


 ミヤモトはカイエダたちと同じクランに所属する探索者で、ランクは9。今年で50歳になるが、まだ30代前半にしか見えない若々しい容姿の持ち主だ。


「具体的には何をすればいいんですか?」


 ミヤモトはカイエダたち三人に、エリアE-5で手負いのサイクロプスが現れた件についての説明を行った。


「エリアE-8を探索して、異常がないか調査して欲しいのです。そして、もし異常があればそれの対処を行うこと。もちろん、無理だと判断した場合は速やかに撤退してください」


「基地長は行かないんですか?」


「ええ。僕が出てしまうと、基地を守る人間がいなくなってしまいますから」


「我々だけで大丈夫でしょうか……?」


 マツイが不安そうな顔でミヤモトに聞く。


「絶対にとは言いませんが、大丈夫だと思いますよ。E-7やE-6について連盟に問い合わせてみましたが、今のところ何か異常があったという報告は上がっていませんでした。サイクロプスの件は単なる偶然か、問題があったとしてもそれほど深刻なことは起こっていないのだと思います。あなたたちの力があれば、十分に対処できるでしょう」


「それならいいのですが……」


「マツイさんはちょっとネガティブすぎ。もう少しポジティブにならないと」


「あなたはちょっと楽観的過ぎるけどね」


 こうして、カイエダたちはエリアE-8の調査を行うことになった。


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