第31話



 サイクロプスを倒し、カンジたちを見事に救ってみせたフミヤ。


 彼は今、そのカンジたちと一緒に食事をしていた。


(本当は、そのまま帰りたかったんだけどな……)


 だが、マエジマが満足に戦えない状態である以上、そうするわけにはいかなかった。


 また強力な魔物に襲われでもしたら、ひとたまりもないからだ。


 今夜はカンジたちと野営を行い、明日彼らを連れて一緒に帰る。そういう予定になっている。


 もちろん、テントなど野営に必要なものは何も持っていないので、それはカンジたちに提供してもらう。


「そういえば……どうして残っていたんだ? 日帰りの予定だったんだろう?」


 マエジマがフミヤに尋ねる。


「ちょっと大事なものを落としてしまって……それを探していたんですよ」


 あらかじめ考えていた言い訳をフミヤは披露した。


 マエジマは特に疑いもせず、その言葉を信じた。


「なるほど。ならば俺たちは、その落とし物に命を救われたというわけだな……それで、その落とし物は見つかったのか?」


「はい」


「それはよかった。ところで……話は変わるが、うちのクランに入る気はないか?」


「え?」


「俺が君を推薦しよう。君の実力なら、間違いなく好条件で契約してもらえるはずだ」


「そうだよフミヤ兄! 俺たちのクランに入って、一緒にやろうぜ!」


 フミヤは上手く言葉が出なかった。


 まさかこんなふうに勧誘されるとはまったく想像していなかったからだ。


 フミヤが黙っていると、マエジマがこんなことを言ってくる。


「今後もまだ実力を隠すつもりでいるのか? もしそうなら申し訳ないが、それは不可能だ」


「どういうことですか?」


「俺には今回の一件の顛末を、上に報告する義務がある。そうなれば必然的に、君のことがクラン上層部の耳に入ってしまうからだ」


「なんとか俺のことは秘密にはできないんですか?」


「すまないが、それはできない。今回は通常の新人研修と違って想定外の事態が起きた。それに、一人死者も出ているからな」


「っ!? すみません……」


 なんて無神経なことをしてしまったのだろう。


 フミヤはそう思った。


 仲間を失って、カンジたちは悲しんでいるはずだ。それなのに自分は、己の都合ばかりを考えていた。


「いや。そいつが死んだのは自業自得だ。謝る必要はない」


 だが、マエジマの口から出てきたのは、フミヤが予想だにしていない言葉だった。


「……何があったんですか?」


「君が倒したあのサイクロプスだがな……元々奴は眠っていたんだ。それを死んだそいつが、俺の指示を無視して攻撃した。そして返り討ちにあった。ただ、それだけのことだ」


「それはまた……」


「そいつはさ、ほんとに最悪な奴でさ。全部自分のことしか考えてねえの。俺たちも散々迷惑かけられたし、あいつのせいで危うく全滅するところだったんだぜ!?」


 カンジが憤る。


「でも不思議とさ、死んで清々したなんて微塵も思わねえんだよな。あいつのせいで死にかけたってのに。むしろ、どうして助けてやれなかったんだって……。助けられる力が自分になかったことが、すげえ悔しいんだ」


 そう言って、カンジは複雑そうな表情を浮かべた。


「カンジ……」


 やはりカンジは優しい人間だ。


 自分が死にかけた原因を作った人間のことを、そんなふうに思えるとは。


 キリカやタイシも、その死んだメンバーのことを恨んでいるようには見えなかった。


 カンジと違ってこの二人のことはよく知らないが、きっと心根こころねは優しいのだろう。


 マエジマが言う。


「あいつは探索者として絶対に許されないことをした。だが、それでもそんなふうに言えるお前の優しさは素晴らしいと思う。ただ、今後はそれが命取りになることもあるかもしれない。性格を変えろとは言わないが、ときに冷酷な判断が必要になるケースもあるということを覚えておいてくれ」


「はい」


 神妙な面持ちで、カンジたちは頷いた。


「さて。話が逸れたが……返事を聞かせてくれないか?」


「誘ってくれたのはありがたいですけど……すみません」


「なぜだ? 理由を聞かせてくれないか?」


 少し間をおいて、フミヤは答える。


「理由は、俺が既に別のクランに入ってるからです」


「なに? クランに入っているのか? だが、少し前に別のクランの入団試験を受けたと言っていたが……」


 既にクランに所属している人間が、それを隠して別のクランの入団試験を受けることは禁止されている。


「その入団試験のあとに入ったんですよ」 


「それはどこのクランだ? もし君の実力に見合ったクランでないのなら、そこと交渉して移籍することもできるが……」


「その必要はありません。俺が所属してるのは、クラン・シミズですから」


 フミヤのその言葉に、マエジマが大きく目を見開いた。


「ええっ!? フミヤ兄、クラン・シミズに入ってるのか!?」


 キリカとタイシも、驚きで言葉が出ないようだった。


「そうか。あのクラン・シミズか。それなら、移籍する必要はないな……」


「だが、なぜだ? なぜあんたはクラン・シミズに入った? 力を隠していたんじゃなかったのか?」


 タイシがフミヤにそう尋ねる。


「ああ。隠してたよ。でも、いろいろあってな。スカウトされたんだよ」


 フミヤはそこで言葉を止め、詳しいことは何も語らなかった。


 余計なことを言ってボロが出るのを嫌ったためだ。


 タイシもフミヤが話す気はないと悟ったのか、それ以上何かを聞いてくることはなかった。


「すげえな。試験でじゃなくて、スカウトされて入るなんて。でも、ちょっとガッカリだ。フミヤ兄がまだ無所属なら、俺たちのクランに入って一緒にやれたのにさ」


「悪いな。まあ、今回は巡り合わせが悪かったと思ってくれ」

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