第30話
(……すげえ)
目の前で繰り広げられる信じがたい光景に、カンジはただ圧倒されていた。
フミヤの動きや彼の放つ斬撃は、まったく見えない。剣速や移動スピードが速すぎて、カンジでは目で追えないからだ。
しかし、それでも……。
フミヤが敵の攻撃を一度も受けていないのに対し、サイクロプスはどんどん傷を負っていく。
その結果だけは、誰が見てもわかる。どちらが優勢かは一目瞭然だった。
そして――。
単眼を剣で貫き、フミヤがサイクロプスを倒す。
時間にしてわずか数分。いや、たった数十秒の出来事だった。
あまりにも圧倒的な強さ。かつてカンジが憧れたフミヤの姿が、そこにはあった。
何気なく、カンジはキリカやタイシに目をやる。
二人はカンジ以上に圧倒されているようだった。
カンジと違って二人には、「フミヤ=強い」というイメージがまったくない。だからこそ余計に驚いたのかもしれない。
さらにタイシの方は、ただ驚ているだけではなかった。
最初の方はただ呆気にとられていたのが、時間が経って反応が変わっていた。
唇を噛み、拳を強く握りしめている。
悔しいのだろう。
タイシは以前、フミヤのことを馬鹿にしていた。間違いなく、フミヤのことを下に見ていたはずだ。
だが、実際はその逆。
フミヤはタイシなど足元にも及ばないような実力の持ち主だった。
今のカンジは、タイシに対してもうほとんど悪感情は抱いていない。
だが少し。ほんの少しだけ、気持ちがスッとしたのだった。
「改めて聞くけど……大丈夫か、お前ら?」
フミヤがそう尋ねるのに、沈んだ表情でキリカが答えた。
「私たちは大丈夫です。でも、マエジマさんが……」
すると、カンジがこんなことを言い出す。
「そ、そうだ! フミヤ兄がここにいるってことは、マエジマさんの救難信号を見たんだろ!? だったら――」
逃げながらも、空が光っていたのには気づいていた。
そのときはなぜそんなことをしたのかわからなかったが、今思えばフミヤに助けて求めてやったことなのだろう。
「よせ。あの魔物がここに来たということは……もう……」
悲し気に顔を歪めて、タイシが言う。
「ああ、あの人なら生きてるぞ」
フミヤのその言葉に、カンジたちは驚いた。
「本当かフミヤ兄!? 本当に生きてるのか!?」
「そもそも俺は最初、その人のところに行ったんだ。でも、自分はいいからお前らを助けてやってくれって言われてな。だいたいだけど、お前らが逃げた方角を教えてもらったんだよ」
「そ、そうだったのか……」
心底ほっとした、という表情を浮かべる三人。
「今から俺はあの人のところに戻るから、お前らもついて来い。可能性は低いと思うが、またお前らの手に負えない魔物が出てきたら大変だからな」
そう言って、フミヤは走り出そうとした。
が、すぐに動きを止め、カンジたちに声をかけた。
「……一応聞いとくけど、体力は大丈夫だよな?」
「はい」
キリカが頷く。
「俺たちはほとんど戦ってねえからな……」
沈んだ表情で、カンジがそう言った。
今回はあまりにも実力がかけ離れすぎていたため、戦いにすらならなかった。
そのおかげでほとんど傷を負わずに済んだわけだが、それはある意味戦って負傷するよりも悔しいことだった。
それから走って移動すること、数分。
少し先に、あるものが見えてきて、カンジが口を開く。
「あのさフミヤ兄……あれ、なに?」
カンジが指差す先には、土で作られたドーム状の造形物があった。
「あの人――マエジマさんっていうんだっけか。もう魔力がほとんどなくて、歩けないぐらい疲弊してたからな。こうでもして守らないと、万が一魔物に襲われでもしたら大変だろ?」
土のドームの前に到着すると、フミヤは魔法を使ってそれを解体する。
「マエジマさん!!!」
マエジマは、中であぐらをかいて座っていた。
「サイクロプスを……倒したようだな」
フミヤの顔を見て、マエジマが言う。
そして立ち上がろうとして転びかけるが、すぐにカンジが駆け寄ってそれを支えた。
「凄かったんすよ! あいつが手も足も出ないぐらい、コテンパンにやっつけて!」
嬉しそうに、カンジがそう言った。
「……そうか。何から何まで、助けられたようだな」
「気にしないでください。カンジは俺の身内みたいなもんですから」
「そうなのか?」
「幼馴染なんですよ」
「そうか。だが、仮にそうだとしても君が俺たちの命を救ってくれたことに変わりはない。本当に……ありがとう」
そう言って、マエジマは支えられながらも深く頭を下げた。
それを見て、カンジたちも慌てて頭を下げる。
短期間にいろいろなことが起こりすぎたためだろう。フミヤに礼を言うことさえ忘れてしまっていた。
「ありがとな、フミヤ兄。フミヤ兄が助けてくれなかったら、俺絶対死んでたわ」
「ありがとうございました。この恩は、いつか必ず……」
カンジとキリカが、感謝の言葉を述べる。
ふと、フミヤはタイシと目が合った。
何か言いたそうな表情だったが、待ってみても口を開く様子がない。
このまま見つめ合ったままなのも変な感じなので、フミヤは自分から声をかけてみることにした。
「また会ったな。まさかこういう形で再会することになるとは思わなかったけど」
するとようやく、タイシが口を開く。
「あんたに……一つ聞きたいことがある」
「なんだ?」
「あの試験で……あんたは手を抜いていたのか?」
あの試験とは、最初に会ったときのことだろう。
しかし、なぜそんなことを聞いてきたのか。その意図がわからなかった。
「どういう意味だ?」
「実力を隠していたのかと聞いている」
「は?」
なぜそんなことをする必要があるのか。
一瞬そんなふうに思ったフミヤだったが、よく考えてみればタイシの言うことは何もおかしくはない。
少し前の実力と比較すると、今のフミヤはあまりにも強くなりすぎている。
それも常識では考えられないほど、短期間で急激に。
となれば、強くなったのではなく、実力を隠していたと考える方がむしろ自然なのではないか。
(ん? 待てよ……)
そのとき、フミヤはあることを思いついた。
わざとらしくならないように、できるだけ自然な感じで息を吐き、フミヤは言う。
「これ以上隠すのは、もう無理か……」
「え? ってことは、本当に?」
まさか、といった表情のカンジ。
「ああ」
「どういうことだ? 実力を隠していた? 君がか?」
マエジマが不思議そうな顔でフミヤに尋ねた。
「ええ。そうですよ」
「だが……なぜそんなことを?」
「なんでって……そりゃあ、カッコいいからに決まってるじゃないですか」
フミヤがそう言うと、全員の目が点になった。
「マンガとかにもいるでしょ? そういうキャラクターが」
「……冗談、ではないのか?」
「はい。大真面目です」
「……フミヤ兄、さすがにそれはねえよ。子供じゃないんだからさ」
呆れた表情で、カンジが言う。
「世の中には、いろんな人がいるんですね」
皆の冷たい反応が心に突き刺さるが、これも
急激に強くなったといろいろ詮索されるより、実力を隠すことに憧れる変な奴だと思われた方が都合がいい。
「……僕は、こんな残念な男に命を救われたのか」
タイシはなんとも言えない、微妙な表情でそう呟いた。
が、彼はすぐに表情を引き締めると口を開く。
「以前、僕があんたに言った言葉を覚えているか?」
「あー……あのときはうるさくして悪かったな」
「違う! 僕は……あんたのことを落ちこぼれだと言った。だが、今になって思えばあれは間違いだった」
「別に間違いじゃないだろ。あのときの俺を見れば、誰だってそう思うさ」
フミヤの実力を見抜けなかった自分に見る目がなかった。
そう言いたいのだろうが、それは間違いである。
あのときのフミヤは本当に弱かったのだから、タイシの見る目は正しかったのだ。
もちろん、そんなことは口が裂けても言わないが。
「そうじゃない。僕は……あんたのことを侮辱した。たとえそれが見当違いの内容だったとしても、嫌な思いをしたはずだ。それをずっと……謝りたかったんだ。すまなかった」
そう言って、タイシは深く頭を下げた。
これにはさすがに、フミヤも驚かざるをえない。
ごくわずかな時間しか接していないが、タイシはこんなことをするような人間には見えなかったからだ。
その見立ては正しかったようで、カンジたちはフミヤ以上に驚いているようだった。
(こういうときって、どうしたらいいんだろうな……)
まさかあの程度のことで、ここまで真剣に頭を下げ、謝られるとは思っていなかった。
フミヤがなんと返していいかわからずに黙っていると、タイシはずっと頭を下げたまま動こうとしない。
さすがにそのままにしておくわけにもいかず、
「とりあえず、頭を上げてくれ」
フミヤはそう声をかけた。
「僕の謝罪を、受け入れてくれるのか?」
頭を下げたまま、タイシがそう尋ねる。
「ああ。許すよ。っていうか、元々そんなに気にしてなかったけどな」
「そうか……! ありがとう……!」
許してもらえたことがそんなに嬉しかったのだろうか。
フミヤが知る限り初めて、タイシが笑顔を見せた。
(こいつ、こんなにかわいい顔してたのか……)
タイシは元々、女顔で可愛らしい顔立ちをしている。
だがいつも無表情か不機嫌そうな顔だったから、せっかくの整った顔立ちも台無しになっていた。
「でも、どうしてあんなこと言ったんだ? 謝るぐらいなら、最初から言わなければいいだろ」
カンジの言葉に、タイシは少しためらいながらも口を開く。
「あの日は初めての試験で緊張していて、お前たちの会話をうるさく感じてしまった。それであんなことを言ってしまったんだ。本当にすまない」
そして、再度頭を下げた。
「おいおい、もういいって。そんなことより、今は命が助かったことを喜ぼうぜ」
フミヤがそう言う。
「ああ。そうだな。ありがとう」
雨降って地固まる。
いろいろなことがあった新人研修は、最終的にカンジたちにとっていい結果をもたらしたのだった。
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