第28話



 マエジマが空へ向かって手のひらをかざす。


 そして、金色の球体を撃ち出した。


 球体は上空で弾け、眩い光を放つ。そしてそれを、何度も繰り返した。


 ”閃光”の魔法。


 一般的に、探索者の間で救難信号の意味合いで使われる魔法である。


 一体、なぜマエジマがそんなことをしたのか?


 それは、彼が少し前に出会った一人の探索者のことを思い出したからだった。


(あの探索者――一人でこのエリア来て、一日でかなりの数の魔物を倒したらしいが……もしそれが嘘でなければ、おそらく相当な実力者のはず。奴がこれに気づいて、助けに来てくれれば……!)


 とはいえ、望みは薄い。


 理由は二つある。


 それは、救難信号を見たからといって、助ける義務はどこにも存在しないということ。


 これは当然の話だ。


 自分の命を一番に優先させるのは、当たり前だからである。


 そしてもう一つは、単純にあの探索者が帰ってしまった可能性が高いということ。


 一人で魔物狩りをしていたということは、間違いなく日帰りだ。


 となると、帰りの時間を考慮すればもうとっくにこの近辺からは離れているだろう。


「ヴヴヴ……」


 低く唸り声を上げるサイクロプス。


 それと対峙するマエジマは、心の中で考える。


(なぜ俺は、こんなことをしてしまったんだろうな……なぜ、あいつらを見捨てて逃げなかった……?)


 探索者の世界では、どこのクランにもたいてい共通している、あるルールがある。


 それは、仲間を囮にするなどして危害を加えてはいけないということ。


 そんなことを認めれば組織として成り立たなくなるので当然のルールだが、逆に言えばそれは、危害を加えなければ問題ないということだ。


 つまり、強大な敵を目の前に、仲間を見捨てて自分だけ逃げることは禁止されていない。


 そこまで禁止してしまえば、意味もなくただ犠牲者を増やすことになり、結果としてクランが損をするからである。


 だからマエジマには、こうしてカンジたちの逃げる時間を稼ぐために戦う必要などなかった。


 リーダーとして逃げろという指示だけを出し、あとは各々自己責任でなんとかするというやり方でもよかったのだ。


(なのになぜ俺は――いや、今はそんなことを考えても仕方ない。目の前の敵に集中すべきだ)


 いまだサイクロプスに、攻撃を仕掛けてくる気配はない。


 だがだからといって、戦意がないというわけではないだろう。現に先ほど一人殺している。


(それなら……こちらから仕掛けてみるか。幸い、奴は手負い。上手くいけば、隙をついて逃げられるかもしれん)


 そう考えたマエジマは、地面を蹴りサイクロプスとの距離を詰めた。


 そして、魔力を纏った剣でサイクロプスに斬りかかる。


 だが、胴体を狙った攻撃が左腕でガードされてしまった。


(やはり硬い……!)


 マエジマの持つ剣は、ミスリルよりも硬い希少金属アダマンタイトで作られている。


 その上今は、魔力によって攻撃力を上げた状態だ。


 にもかかわらず、剣はサイクロプスの腕にほんの少し食い込む程度で止まってしまった。


 やはり、肉体の強度が尋常ではない。この防御力を破って致命傷を与えるのは、おそらく自分では不可能だろう。そうマエジマは判断する。


「っ!?」


 腹部に衝撃を感じたと思った次の瞬間、マエジマは吹き飛ばされていた。


 遅れてやって来る痛み。どうやら肋骨の骨をやられたらしい。


 マエジマは回復魔法を発動させ、傷を癒す。


 一方サイクロプスはというと、マエジマに傷つけられた自分の腕をじっと見つめていた。


 そして、


「ヴゥアアアアアアアアア!!!!」


 大気を震わせるほどの咆哮を放つ。


 どうやら、怒っているらしい。


 だが、それでマエジマが怯むことはない。


 むしろ好都合だ。怒りで思考力が鈍った相手であれば、それだけ隙をつきやすくなるからだ。


 マエジマは再び地面を蹴ると、サイクロプスとの距離を詰める。


 そして、魔力を纏った剣で斬りかかった。


 だが――。


(いない!?)


 サイクロプスの姿が消えている。


 急いでどこにいるのか探すと、斜め前の少し離れた場所に移動していた。


 なんという速さだろう。


 そんなふうに驚いていると、サイクロプスの単眼が怪しく光る。


(マズい――)


 だが、既に遅かった。


 単眼から放たれた金色の光線が、マエジマの胸を貫いた。


「っ……!」


 襲ってくる激しい痛み。


 それに耐え、マエジマは回復魔法を発動させようと胸元に手をやる。


 だが、それはサイクロプスに顔面を殴られたことで、阻止されてしまった。


 そしてその影響か、目が見えなくなってしまう。おそらく眼球を潰されたのだろう。


 マエジマは確信する。


(やはり不可能だ……! 俺では勝てない……! あまりにも強すぎる……!)


 だが、それでもマエジマは最善を尽くす。


 力が入らなくなりつつある体を気合で動かすと、回復魔法を発動させ、治療を行った。


 追撃されるかと思ったが、なぜかサイクロプスは攻撃してこなかった。


 そのおかげで、なんとか傷を回復させることに成功する。


(なぜだ……? なぜ攻撃せず、俺が傷を癒すのを黙って見ていた……?)


 疑問に思ったマエジマがサイクロプスを見ると、その顔は――笑っていた。


(まさか……俺を痛めつけて、愉しんでいるとでもいうのか……?)


 絶望的な状況。


 たたでさえ勝ちが見えないにもかかわらず、すぐに死なせてはもらえない。苦しみ抜いた末に、殺される未来。


 それでもまだ、マエジマは立ち上がろうとする。


 だが、流石に精神力だけではもはやどうしようもなかった。


 一旦は立ち上がりかけたマエジマが、膝をつく。


 もう、魔力がほとんど残っていないのだ。


 致命傷であっても、即死でさえなければ傷を癒すことのできる回復魔法。


 それはとても強力だが、消費する魔力量もまた多い。


(くそっ……ここまで……か……)


 これから自分は、散々痛めつけられた上で殺されるのだろう。


 そう思ったマエジマだったが、予想に反して、サイクロプスは攻撃してこなかった。


 それどころか、まるでマエジマを無視するかのように距離をとり、別のところに向かって歩いていく。


(まさか――)


 カンジたちを、探しに行くつもりなのだろうか。無力化が完了した自分は、いつでも殺せるから。


 だが、もはやマエジマに追いかける力は残っていなかった。


(頼む……! なんとか無事に逃げ切ってくれ……!)


 ただそう祈ることしか、彼にはできなかった。






「どうした?」


 突然立ち止まったカンジに、振り返ってタイシが声をかける。


 キリカも後ろを向いた。


「……俺、やっぱり戻るよ」


「なに?」


「マエジマさんを、助けに戻る」


 その言葉を聞いて、タイシが再び怒りを露にした。


「なに馬鹿なことを言ってるんだ!! あの人の行動を無駄にする気か!? 後から追いつくと、言っていただろう!!!」 


「でもマエジマさん来ねえじゃねえか!!」


 だが、カンジの言葉に反論ができず、今度はタイシが黙るしかなかった。


「本当は……わかってんだろ? あの人もサイクロプスには勝てねえんだ。だってあの人のランクは6、サイクロプスはランク7だもんな。当たり前だ。俺たちが行かなきゃ、あの人は死んじまうんだよ」


「僕たちが行ったところで、結果は同じだ。何の役にも立ちはしない。ただ無駄死にするだけだ」


「じゃああの人を見捨てんのかよ!! 俺たちのために戦ってるあの人を見捨てて、何とも思わねえのか!!」


「思わないわけないだろう!!」


 そう叫んだタイシの手は、真っ赤に染まっていた。


 あまりにも強く拳を握り続けたため、そうなってしまったのだ。


「やめて二人とも!! 今はこんなことしてる場合じゃないでしょ!!」


「キリカ。お前はどう思ってんだよ」


「私は……イイヤマ君の意見に賛成」


「キリカ!!」


「もちろん……私だって本当は助けたい。でも、無理なものは無理なんだよ。それに、私はカンジ君に死んで欲しくないから……!」


 恋人にそう言われて初めて、カンジは自分がいかに愚かだったかを悟った。


「……悪かった」


 タイシやキリカが、悪役を買って出ていたことに気がついたのだ。


「お前らも、本当はこんなこと言いたくなかったよな」


「いや……」


「ううん」


 なのに自分は、それに気づかず、ただ感情に任せて喚き散らしただけ。


 本当に恥ずかしいし、二人に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「そんなことより、早く行こう」


「そうだな。それじゃあ、行く――」


 そうして、再び走り出そうとしたそのときだった。


 三人の中で唯一前を向いていたカンジの表情が、凍り付いた。


「まさか……!」


 タイシとキリカが後ろ――カンジにとっては前――を振り向く。


 そこには――。


「「っ!?」」


 マエジマと戦っていたはずの、サイクロプスの姿があった。


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