第27話

 


 上半身裸のキリシマの腹部に、マエジマが手をかざした。


 マエジマの手から、緑色の優しげな光が出現する。その光がキリシマの腹部に触れると、青黒く内出血していた部分が綺麗な状態に戻っていく。


「体の具合はどうだ?」


 マエジマがキリシマに尋ねた。


「問題ねえ。それより、早く出発するぞ。もたもたしてる暇はねえんだからな」


「いや。今日はここまでだ」


 それはすなわち、今日はもう魔物狩りはしない、ということだった。


「なんでだよ! やっと魔物を見つけたってのに、なんで終わりなんだ!」


 キリシマがマエジマに食ってかかる。


「これ以上続けるのはリスクが高い。お前も、本当はわかってるはずだ」


「ざけんな! 俺はまだまだ戦える!」


「いや。マエジマさんの言う通りだ」


 カンジが言う。


「ああ? お前、ビビッてんのかよ!」


「そんなんじゃねえよ。ただ、魔力の減り具合を考えたら、ここで休むのが正解だ」


「そうだね。確かに戦闘は一度だけだったけど、長い間ずっと魔力循環を使い続けてたし……」


「魔力には常に余裕を持たせること。そうすることで、不測の事態に備える。それが探索者の鉄則だ。覚えておけ」


 カンジの主張に、キリカとタイシも同調した。


「どうやらお前以外は、皆わかっているようだな」


「ちっ!」


 旗色が悪いと判断したのか、キリシマは乱暴に椅子から立ち上がる。


「どこへ行く?」


「その辺を少し歩いてくんだよ! 俺はお前らと違って、力が有り余ってるからなあ!」


 そんな捨て台詞を残して、キリシマは去って行った。


 それを見て、マエジマはため息を吐く。


「キリシマが戻って来るまで、休憩にしよう。あいつが戻ってきたら野営の準備を始める」


 しばらくして、キリシマが帰ってきた。


 それからカンジたちは、野営の準備を始める。


 キリシマは見るからに不機嫌な様子であったが、悪態をつきながらも野営の準備はサボらずにこなしていた。


「あれ……?」


 不意に、キリカが何かを発見する。


「どうした、キリカ?」


「カンジ君。あそこに何かいる……」


 キリカが指差す先には、白くて大きな塊のようなものが見えていた。


 動く様子はないので魔物ではないだろうが、念のため武器を持ち、カンジたちはゆっくりと”それ”に近づいていく。


 すると――。


「こいつは……!」


 ”それ”を見て、カンジとキリカは言葉を失った。


「どうした?」


 タイシもやって来て、絶句する。


「っ!?」


「おいおい、何かあったのか?」


 終いにはキリシマもやって来た。


 愉快そうな表情で、剣を持って。


 そして、”それ”を見たキリシマの笑みがよりいっそう深まる。


 ――サイクロプス。単眼の巨人。


 ランク7の魔物が、そこにいた。傷だらけの姿で。


 顔についた大きな単眼は閉じられている。眠っているのだろうか。


「どうする?」


 冷や汗を垂らして、カンジが皆に問いかける。


「決まっているだろう。マエジマさんを呼んでくるしかない」


 タイシが答えた。


「わかった。私が呼んでくる」


 キリカがマエジマを連れて戻ってくる。


 マエジマはサイクロプスを見て一瞬顔を強張らせたが、すぐに表情を引き締めると、口を開いた。


「撤退だ。それも可及的速やかに。このまま何もせず、荷物は全部捨てていく」


「いいのかよそれで。見たところ、こいつは手負いみたいだぜ? これはチャンスじゃねえか?」


「馬鹿を言え。こいつがその気になれば、俺たちは間違いなく全滅だ。このまま眠っているうちにここから離れる。これは命令だ。わかったな?」


 マエジマの言葉に、一同は頷く。


 だが、ここでマエジマは決定的なミスを犯した。


 彼はキリシマから目を離してしまった。


 サイクロプスに意識が集中するあまり、要注意人物の行動に気を払えなかったのだ。


 しかし、それでマエジマを責めるのはあまりにも酷だろう。


 いくらキリシマが自分勝手だとしても、わざわざ自殺を選ぶとは普通想像もしないだろうから。


 ――気づけば、キリシマの魔力を纏った剣が、サイクロプスに突き刺さっていた。


 いや、違う。突き刺さってはいない。


 それはただ単に触れているだけ。傷口を狙ったにもかかわらずだ。


 傷ついてなお、サイクロプスの肉体はあまりにも強靭だった。


「っ!?」


 サイクロプスの単眼が見開かれる。


 そして――。


 一筋の光が、空中を走った。


「……え?」


 キリシマが、自分の胸元に視線を落とした。


 先ほど、そこを光が通り抜けていったような気がしたからだ。


「っ!?」


 キリシマの胸に、大きな穴が開いていた。


 だが、サイクロプスの行動はそれで終わりではなかった。


 サイクロプスの姿が消えたかと思うと、キリシマの前に現れる。


 そして、その大きな拳をキリシマの顔面に叩き込んだ。


 ――爆散。


 頭部を失ったキシリマの体が、崩れ落ちる。


 即死だった。


 そこでようやく、一同は我に返る。


「逃げろォオオオオオオ!!!!!! 今すぐここから逃げろォオオオオオ!!!!!」


 マエジマが絶叫した。


「逃げるぞ!! 聞いているのか!?」


 マエジマが指示を出したにもかかわらず、動こうとしないカンジとキリカ。

 

 それを見かねて、タイシが怒鳴り声を上げる。


「あ、ああ」


 そしてようやく、弾かれたように二人は動き出した。


 しかし、すぐに足を止める。


「どうした!?」


「マエジマさんが!!!」


 マエジマは逃げようとせず、サイクロプスと睨み合っていた。


「馬鹿か!! あの人は僕たちを逃がすために戦うつもりなんだ!! 今のお前の行動は、その邪魔にしかなっていない!!!」


「俺に構わず行け!!! すぐに追いつく!!!!」


 マエジマのその言葉を聞き、カンジたちは走り出した。


 唇を強く噛み締めながら。


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