第26話



「どうでしたか?」


 戻ってきたマエジマに、カンジがそう尋ねた。


「問題ない。魔物がいなかったのは、別の探索者が魔物を倒していたからだった」


 何か異常な事態が起きていたわけではなかったと、マエジマは説明する。


「問題大ありじゃねえか! それじゃ俺たちの獲物がねえだろう!」


 昨日の一件以来、フラストレーションが溜まっていたのか。キリシマが不満を爆発させた。


「仕方ないだろう。このエリアは別に、俺たち専用の場所ってわけじゃないんだからな」


「でも、どうします? この感じだと、探してもいるかどうか……」


 カンジが言う。


「それでも探すしかない。一応、その探索者とは交渉して、このエリアから出てもらった。これ以上魔物が減ることはないはずだ」


「ちっ」


 キリシマはまだ納得がいっていないようだった。だが、それでも他に何かできるわけでもない。


 カンジたちは、再び魔物を探し始める。


 しかし――。


 1時間ほど探したが、魔物は見つからなかった。


 たかが1時間、と思ってしまいがちだが、ただの1時間と、6時間探したあとの1時間では精神的な疲労がまったく違う。


 ここまでくると、「このまま永遠に見つからないのでは?」と、そんな気持ちににもなってくる。


「ふっざけんなよォオオオオオ!!!!! なんでこんなに探してもいねえんだ!」


 目を血走らせて、キリシマが怒鳴り声を上げた。


 口にこそ出していないが、他のメンバーも似たような気持ちだ。皆一様に渋い顔をしている。


「しかも魔結晶も一つもねえ! これじゃ儲けだってゼロじゃねえか!」


 クランに所属する探索者は、チームで行動しているときは、たとえ魔結晶を見つけても自分のものにしてはいけない。


 魔結晶はクランのものになるからだ。


 だが、どれだけ魔結晶を採取したかは来年の給料に関わってくるし、多く採取できればボーナスも貰える。


 だから自分で換金できないとしても、探索者は熱心に魔結晶を集めるのだ。


「こんなんで新人研修って呼べんのかよ!? まるっきり時間の無駄じゃねえか!!」


「やめろ! マエジマさんのせいじゃねえだろうが!」


 掴みかからんばかりの勢いでマエジマに詰め寄るキリシマを、カンジが制止した。


 だが、自分は悪くないにもかかわらず、マエジマは頭を下げた。


「原因がどうであれ、こんな結果を招いてしまった責任は俺にある。すまなかった」


 それをチャンスととらえたのか。


 今までの仕返しをしようとばかりに、キリシマがマエジマを責め立てる。


「謝って済むなら警察はいらねえだろ? 口先だけの謝罪ならガキにだってできる。この始末、どうつけるつもりなんだ?」


「いい加減にしろ!」


 キリシマの横暴を見ていられなくなったカンジが、剣を向けた。


「おお? やんのか?」


 剣を突きつけられ、キリシマが笑う。


「これ以上、てめえが好き勝手するならつもりならな」


「面白ェ。だが、俺に剣を向けたからには覚悟はできてんだろうな? 命の保障はできねえぞ」


 二人の視線が交錯し、火花を散らした。


 まさに、一触即発。


 だが、そんな状況をマエジマが黙って見ているはずもなく。


「やめろ! 仲間殺しは、探索者の世界では絶対に破ってはならない鉄の掟だ。当然、それに繋がる可能性のある行為もご法度。これ以上続けるつもりなら、力づくで止める。そして、その後にどんな処分が待っているかは、わかっているな?」


 そこまで言われては、二人とも引き下がらざるをえなかった。


「ちっ……」


「すみませんでした」


 カンジが頭を下げ、キリシマから離れる。


「ふん。馬鹿馬鹿しい。余計なことをしている暇があったら、魔物を探したらどうだ」


「ああ?」


 キリシマがタイシを睨みつけた。


 だが、マエジマの目を気にしているのか、それ以上何かをしようとする気配はない。


「……そうだな。頭に血が上っちまった」


 一方、カンジは素直にそれを受け入れた。


 言われたことが正論だった、というのもあるが、タイシに対する印象が以前よりもマシになっているからだろう。


 これまで短い期間ではあるが、一緒に過ごしてきて、「思ったより悪い奴ではないのでは?」という気持ちが芽生えてきている。


 まあ、その主な要因は、キリシマの振る舞いがあまりにも酷すぎたからだろうが。


「今のはちょっと、やりすぎだよ。心臓が止まるかと思った」


「……悪い」


 キリカにも、カンジは謝罪した。


 それからまた、一行は魔物を探し始める。


 そして1時間ほどして、ようやく魔物に遭遇した。


「やっと見つけたな……」


 カンジたちと相対するのは、二体のオーガ。


「ランク5の魔物が二体も……! ようやくか……!」


 キリシマが歓喜に体を震わせた。


 だが――。


「あのうちの一体は、俺に任せてもらおう。今のお前たちの実力では、四人がかかりでも二体同時はリスクが高い」


 マエジマが言う。


 実のところ、その見立ては正しかった。

 

 四人がクランの入団試験を受けたときの評価では、この中に一対一でランク5の魔物を倒せる者はいない。


 それでも四人がかかりであれば、ランク5の敵が相手でも勝てるだろう。


 しかし、それはあくまで一体に限った話であって、二体同時ともなれば厳しいと言わざるをえない。


「なんでだよ! やっと獲物を見つけたってのに!」


「これは命令だ! 逆らうことは許さん!」


「くそがっ!!」


 食い下がるキリシマを、マエジマが強引に従わせた。


「ガァアアアアアアアア!!!!!」


 オーガの迫力に、キリカが息を呑む。


 こちらが数では勝っているといっても、相手は自分よりも格上のランク5。不安になるのも当然のことだった。


「大丈夫だ! 力を合わせれば、必ず勝てる!」


 しかし、カンジの言葉がキリカの闘志を奮い立たせる。


「お前ら! 足引っ張るんじゃねえぞ!!」


 キリシマが金色の魔力を剣に纏わせ、オーガに斬りかかった。


 オーガはそれを、左腕で受け止める。


 魔力循環で強化された、オーガの腕は硬い。ミスリルの剣に魔力を纏わせ攻撃力を高めても、腕を切断するまでには至らなかった。


 だが、確かに傷は与えた。キリシマの剣はオーガの腕に浅くではあるが、食い込んでいる。


「ヴァアアアアアアア!!!!」


 怒ったオーガが吠える。


 だが、攻撃はそれだけで終わりではなかった。


 いつの間にか背後に迫っていたカンジが、魔力を帯びた剣でオーガを斬りつける。


 カンジの剣は、キリシマよりも深い傷をオーガの背中に与えた。傷口から黒い血が流れ出す。


 そして、キリカとタイシも――。


 オーガの両横からそれぞれ距離を詰めた二人は、その太い首目がけて剣を振るった。


 金色の魔力を纏った剣が首の筋肉を斬り裂き、血が溢れ出す。


「ガァアアアアアアアア!!!!」


 決して軽くはない傷を負わされたオーガは怒り狂い、両腕を滅茶苦茶に振り回して暴れる。


 四人はオーガから距離をとった。


 だが、オーガもやられてばかりではない。


 地面を蹴り、一瞬で距離を詰めると、オーガはキシリマの腹部に拳を打ち込んだ。


 そのあまりのスピードに、キリシマは反応できない。


 拳を受けたキリシマが吹き飛ばされる。


 しかし、攻撃し終えたオーガが見せた一瞬の隙を、他の三人は見逃さなかった。


 カンジはオーガの背中を再び狙い、先ほど与えた傷口から剣を突き刺す。


 キリカとタイシも同じようにして、首の両側の傷口から剣を突き刺した。


 オーガの口から黒い血液が溢れ出す。


 さらにキリシマも黙ってはいない。


 痛む体を気合で動かし、オーガとの距離を詰める。そしてオーガの口の中に魔力を纏った剣を突き刺した。


 オーガが膝から崩れ落ち、地面に倒れ込む。


 カンジたちの勝利だった。


 一方、マエジマの方はというと――。


 こちらは一瞬で決着がついていた。


「ガァアアアアアアアア!!!」


 消えたと錯覚するようなスピードで、オーガがマエジマに迫る。


 そして、その顔面を狙って拳を振るった。


 しかし、マエジマは体を少しずらすことで、簡単にそれを回避してしまう。


 そして、それだけでは終わらない。


 マエジマが剣を振るった。


 魔力を纏った剣が、何の抵抗も感じさせないほど滑らかにオーガの体を切断する。


 上半身と下半身に真っ二つにされたオーガは、当然のごとく絶命した。


 マエジマの圧勝であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る