第25話



「あいつ、頭おかしいんじゃねえのか」


 今まで見てきた、キリシマの言動。


 それはあまりにも身勝手で、腹に据えかねるものがあったのも確かだ。


 だが、ここまで来ると、もはや怒りを通り越して呆れすら覚える。


 いや、それも正確ではない。言葉を飾らずに言うなら、カンジはキリシマのあまりの異常さにドン引きしていた。


「おそらく、今まではあんなふうにしても、全部通ってきたんだろうな。学生のうちは腕力さえあれば、たいていのことは思い通りにできる」


 苦々しい顔で、タイシはそう言った。


「そうだな。俺の学校にもいたよ、あそこまではいかねえけど似たような奴が。仮にそいつにすげえ才能があったら、あんなふうになってたのかもな」


 元々横暴な性格だったのが、力を得て拍車がかかり、さらに大金を得たことでもう歯止めが効かなくなってしまったのだろう。


「私たち、とんでもない人と同じチームになってしまったみたいだね」


「……奴が、この先何かしでかさないといいが」


 だが、そんな彼らの懸念は、翌日最悪の形で的中することになる――。






 翌日。


 カンジたちは順調に魔物を倒し続け、エリアE-5まで到達していた。


「マエジマさん……」


 緊迫した雰囲気の中、カンジがマエジマに声をかける。


「……わかっている」


 なぜカンジがそんなことをしたのか。その理由は、エリアE-5に来てから一度も魔物と遭遇していないからだった。


 もうこのエリアに来てから既に6時間近くは経っている。


 通常、ここまで長い時間魔物と出会わないというのはありえない。


 これは明らかに、何か異常な事態が起きているとしか思えなかった。


「俺は少し、原因を探ってくる。お前たちはここから動かずに待っていろ。もし何かあれば、閃光の魔法を空に向かって撃つ。そのときはE-4を目指して逃げるんだ。いいな?」


 ”閃光”は無属性魔法で、最低限の魔力量さえあれば練習次第で誰にでも使えるようになる。


 通常は救難信号として使われることが多いが、今回は「逃げろ」という合図で使われることになった。






「ガァアアアアアアアア!!!」


 オーガが殴りかかってくる。


 それをフミヤは、目の前に土の壁を出現させることで防いだ。


 土の壁を殴りつけたオーガが絶叫する。どうやら拳を痛めたようだ。


 魔力循環で強化されたオーガの拳は、鉄を遥かに上回る硬さを誇る。普通なら、土の壁を殴った程度で拳が傷つくことはない。


 だが、フミヤが魔法によって生み出した土の壁は、普通に土を固めて作ったものとは根本的に違う。


 似て非なるものであり、強度が桁違いに上なのだ。


(喰らえ!)


 フミヤは痛みに悶えるオーガの足元から、いくつもの土の槍を出現させた。


 槍は強靭なオーガの肉体をいとも容易く貫き、致命傷を負わせる。


「だいぶ、良くなってきたな……」


 感慨深げに、フミヤが呟いた。


 クラン・シミズと契約した後、再び魔物狩りを始めてから2週間が経過した。


 当初は実戦レベルではほとんど使い物にならなかった魔法だが、今はこうして魔法だけを使ってランク5の魔物に勝利できるまでになっている。


 まだまともに使えるのは地属性だけとはいえ、練習を始めてから三週間程度しか経っていないことを考えれば、驚異的な成長速度と言えるだろう。


(……ん?)


 そのときだった。


 不意に気配を感じたフミヤが背後を振り返ると、そこに一人、人間が立っていた。


 ボディスーツを着た、体格のいい中年男性だ。


「……何者だ?」


 男性がフミヤに問いかける。


「それはこっちのセリフですよ。あなたの方こそ、誰なんですか?」


「これは失礼した。俺はマエジマ・サブロウ。クラン・アサオに所属している」


 男性の言葉に、フミヤは目を見開いた。


(クラン・アサオ……! 六大クランの一つか……!)


 なぜそんな高レベルのクランに所属している人間が、こんなところにいるのだろう。


 このエリアに出てくる魔物の等級は、高くてもせいぜいランク5程度。


 フミヤの所属するクラン・シミズにも言えることだが、こんな場所を狩り場に選ぶようなクランではないはずだ。


「俺たちは……エリアE-5に入ってもう随分経つが、まだ一度も魔物と遭遇していない。そのことについて、何か知っているか?」


「どういうことですか?」


 マエジマの口ぶりからすると、何かよくないことが起こっているような感じだ。


 一体、何が起こったのだろう。


「このエリアで、今までにどれぐらいの魔物を倒した?」


「そんなのいちいち数えてませんよ。キリがないですから」


「それほど多くの魔物を倒したということか」


「まあ、そうですね」


「仲間はどこにいる?」


 そう聞かれて初めて、フミヤは自分の失策を悟った。


 フミヤは最初、この近辺で何かよくない事態が発生したのかと思ったが、それは単なる勘違いだったようだ。


 単純に、フミヤが魔物を狩りすぎて数が減ったことについて聞かれていただけだった。


(どうする? 仲間がいないなんて言ったら、俺の能力アビリティについて何か勘づかれないか?)


 普通の探索者は、エリアE-5まで単独で魔物狩りに来ることはない。


 一人で来るとどうしても日帰りになってしまい、移動時間も考慮すると効率が悪いからだ。


(なのに一人で来てたら、怪しまれるよな……?)


 一瞬そう思ったが、


(いや、考えすぎか)


 そう判断する。


 ここは本当のことを話すべきだろう。


 まあ、少しでも怪しまれる可能性を下げるため、言い方は工夫するつもりではあるが。


「仲間はいません。一人で来ているので」


 言外に、いつもはチームで来ていることを匂わせる。


「チームを組まず一人で魔物狩りか? 非効率じゃないか?」


「別に仕事じゃないので。効率なんてどうでもいいんです。今日は休暇で来てるんで。まあ、気分転換ってやつですね」


「仕事じゃなくても魔物狩りか。変わっているんだな」


「そうですかね?」


 と、そこでマエジマの雰囲気が変わった。


「君に、折り入って頼みがある」


「……なんですか?」


「申し訳ないが、このエリアを我々に譲ってもらえないか? 今、入団したばかりの新人を連れていてな。そいつらに経験を積ませてやりたいんだ」


 クラン・アサオがこのレベルのエリアまで来ていた理由がわかった。


 入団したての新人を連れていたからだったのだ。


「勿論、礼はしよう。どこのクランに所属している?」


 フミヤは沈黙し、しばらく考えた。


 そして、結論を出す。


「このエリアは譲ります」


 本当はもう少し魔法の練習をしたかったが、今回はここが潮時だろう。


 これ以上ここにいれば、自分の能力アビリティについて余計な情報を与えてしまう可能性がある。


「でも、お礼はいりません」


「譲ってもらえるのはありがたいが……礼をしないわけにはいかん。所属するクランを教えてくれ」


 あるクランが別のクランに所属する探索者に金品などを渡すときは、必ず所属クランを通して行われなければならない。


 賄賂や裏切りなど、探索者が所属するクランから疑われるのを避けるためだ。


「俺がお礼を断ったのは、別に遠慮してるからじゃありません。今日ここに来たことを、誰にも知られたくないからです」


 本当は少しでも情報を与えないため、所属しているクランを教えたくないからなのだが……フミヤはそんなふうに適当な理由で誤魔化した。


「……そうか。どうやら事情があるようだな」


「ええ。じゃあ俺はこれで」


 そして、フミヤはその場から立ち去った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る