第22話


 カンジは複数のクランの入団試験を受けているが、このクラン・アサオの試験のときには、タイシはいなかったはずだ。


 なのになぜ、彼がここにいるのだろう。


 カンジはそんな疑問を抱くが、答えは単純だった。


 クラン・アサオのような人気のあるクランには、入団希望者が殺到する。そのため、試験は何回かにわけて行われるのが普通だ。


 つまり、タイシはカンジが受けたのとは別の試験に参加していたのだ。


「お前程度の実力で、よくここに受かったな」


 以前フミヤを侮辱された仕返しに、カンジはそんな嫌味を言ってやった。


 せっかく気持ちを切り替えようしていたのに、タイシの顔を見たせいでまた思い出してしまった。


 本当は一発殴ってやりたいが、さすがにそんなことが許されないのはわかっている。


「言ってろ。お前なんか、すぐに抜かしてやる」


「雑魚がなんか言ってら」


「なんだと?」


「あ?」


 睨みあう二人。放っておけば喧嘩に発展しそうな雰囲気だ。


 それを見かねて、キリカが仲裁を試みる。


「やめてよ。こんなところで騒ぎを起こして、入団が取消しになったらどうするの?」


 カンジの手を引っ張り、目でも訴えかける。


「……わかってるよ」


 バツの悪そうな顔で、カンジはタイシに背を向けた。


 それを見たタイシが勝ち誇った表情を浮かべる。


 が、それで終わらせるつもりなど、キリカにはなかった。


 前回会ったとき、カンジにまったく非がなかったとは思わない。


 だが、最初から喧嘩腰で来られれば、誰だっていい気はしない。キリカはどちらかと言えばタイシの方に非があると思っていた。


「あなたも……前に会ったときはずいぶん立派なことを言ってましたけど、自分自身はどうなんですか?」


 そう言われ、タイシは初めて、周囲の反応が気になった。


 面白がってこちらを見ている者。嫌そうな顔をしている者。まったく無関心な者。


 反応は様々だったが、自分が誰かに迷惑をかけたかもしれないと思うと、腸が煮えくり返りそうな気分だった。


 こう見えて、タイシは周りに迷惑をかける人間が一番嫌いなのだ。


 舌打ちをして、タイシはそそくさと席に座る。


 それを見てカンジが笑っていた。


「いいから座るよ」


 キリカはカンジの手を引っ張ると、タイシとは離れた席に座った。


 しばらく待っていると、やがて一人の人物が部屋に入ってくる。


「時間だ。始めるぞ」


 年齢はだいたい50歳前後だろうか。顎ひげを蓄えた、大柄な男性だった。


「まずは入団おめでとう。六大クランの一つであるこのクラン・アサオに入れたということは――君たちは、数多の探索者たちの中でも特に優秀だと認められたということだ」


 部屋にいる数十人を見渡して、男性は話し始める。


「クラン・アサオの最低年俸は2500万マニー。一般人の約8倍だ。だが、それはあくまでも最低限。能力がある者には、それに見合うだけの報酬を用意する。それがこのクランだ。実際この中には、最低年俸よりもいい条件で契約を結んだという者もいるだろう」


 カンジは頷いた。


 男性の言う通り、クラン・アサオの最低年俸は2500万マニーだ。しかし、カンジは年俸4000万マニーで契約を結んでいる。


「これで自分の将来は安泰だ。そう考えている者はいないか? もしいるのなら、それは違うとはっきり言っておこう。今君たちが立っているのは、単なるスタートラインに過ぎない。ここから頂点に昇り詰める者もいれば、途中で脱落する者もいる」


 具体的な数字を挙げるなら――毎年何十人もクランには新人が入っているが、10年後も残っているのは全体の3分の1にも満たない。


 そう男性は説明した。


「なぜそうなるのかというと、もちろん死ぬ者がいる、というのもあるが……その多くは、途中でクランから解雇されるからだ。最後までこのクランに残りたければ、最低でもランク6――できればランク7に達していることが望ましい」


 逆に言えば、実力が足りていない、伸びしろがないと判断された者は容赦なく契約を打ち切られる。


「君たちには、それを忘れないで欲しい。そして、常に努力を怠らないで欲しい。正直なところ……探索者の世界は才能の有無に左右される部分が多いが、努力が占めるウェイトも決して無視できないからな」






 入団式が終わったあと、カンジたちはいくつかのグループにわけられた。そして、それぞれグループごとに指定された場所に集合するように指示された。


 クランから支給された、紺色のボディースーツに身を包んだカンジが集合場所にやって来る。


 すると、先客がいた。タイシが来ていたのだ。


「……なんでまたお前と一緒なんだよ」


「ふん。こっちが聞きたいね」


 また険悪な雰囲気になりかけたところに、キリカがやって来る。


「わかってると思うけど――」


 キリカが口を開くと、すぐにその意図を察したのだろう。二人は互いに悪態をつくと、すぐに背を向けて離れていった。


 それを見てキリカはため息を吐く。


 これからこのグループで魔物狩りに行くというのに、こんなことで大丈夫なのだろうか。


 先が思いやられる。


「待たせたな」


 しばらく待っていると、先ほど入団式で話をしていた、大柄な男性がやって来た。


「よろしくお願いします」


 礼儀正しく、キリカが男性に挨拶をする。


「よろしく」


「あの……なんでこのメンバーなんですか?」


 タイシと一緒だったことに納得できていないのだろう。カンジが男性に尋ねた。


「それはもちろん、お前たちが一番若いからだよ。見てて気づかなかったか?」


 思い返してみると、確かにカンジたちは入団式に参加していた中では一番若かったような気がする。


 カンジとキリカは16歳。タイシもだいたい同じぐらいだろう。


 だが、他の参加者はどう見ても二十歳はたちは過ぎていて、だいたい20代の半ばから後半にかけての年齢のように見えた。


「お前たち以外の合格者は全員、他のクランからの移籍組だ。それに対してお前たちは、うちが初めて所属するクランになる。まあ要するに、若くしてうちに受かった期待のルーキーってわけだ。だから一つのグループにまとめた」


「……へえ」


 その言葉に、カンジは少し嬉しそうな顔をした。


 六大クランの一つからそんな評価をされたのだ。これで浮かれるつもりはないが、悪い気はしない。


「それより……一人足りんな」


 男性がそう言った、まさのそのときだった。


「おい。集合場所ってのは、ここか?」


 背の高い、見るからにガラの悪そうな青年がやって来た。


 既に集合時間は過ぎている。だが、青年にまったく悪びれる様子はない。


「そうだが……口の利き方には気をつけろ。多くを求めるつもりはないが、最低限の礼儀ってものがあるだろう。お前からは、目上の人間に対する敬意というものが欠片も感じられん」


「必要ねえなあ、そんなもん。探索者ってのは実力がすべてだろ。それさえありゃ、他のもんは必要ねえ」





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あとがき

ここから少し長いですが、29話まで読んでいただけましたらスッキリするかと思われます……。

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