第21話



「……ふぅ」


 自宅の玄関で、フミヤは一つ息を吐いた。 


 思えば、少し前にも似たようなことをしていた気がする。


 だが、彼を取り巻く環境はあのときとは大きく変わっていた。この吐く息も、意味合いはまったく違うものだ。


(ボディスーツは着た。剣も持った。で、リュックにも必要なものは全部入ってる)


 もはや、探索者として底辺を彷徨っていたフミヤの姿はどこにもない。


 彼は今、充実感に満たされていた。


(アサカ姉にもちゃんと連絡したし……これでしばらくは家を空けても大丈夫だな)


 当面の間、フミヤは魔物狩りをしながら魔法の練習をするつもりでいた。


 これはクランと話し合って決めたことだ。


 探索者の戦闘能力は、身体能力や魔力量に依存する部分が大きい。


 だが、魔法やスキルなどといった技術的な部分も軽視できない。


 今のフミヤは身体能力や魔力量が急激に伸びたために、技術的な部分がまったくそれに追いついていない状態だった。


(だからまずはそれをなんとかする。本格的な仕事に入るのは、それからだ)


 フミヤは拳を握り締める。


「俺はやるぞ……!」


 そして、家を出た。






「……はあ」


 座席の窓から外を見つめ、ため息を吐く青年がいた。


 彼の名前はアオヤマ・カンジ。


 フミヤの4つ年下の幼馴染である。


「まだ気にしてるの?」


 隣に座る彼の恋人――マルヤマ・キリカが心配そうに声をかけた。


「……別に」


「せっかく志望してたクランに入れたのにその態度。いくら言葉で否定してもわかるよ。まだ、あの人のこと――」


「だから違うって!」


「そういう反応は逆効果」


 しばし無言だったカンジは、やがて観念したように話し始めた。


「俺さ……昔はいじめられっ子だったんだよ」


 その言葉に、キリカが目を見開く。


「意外か?」


「うん。私の中のカンジ君のイメージとは、随分違ってたから」


 キリカの前では、カンジはいつも強かった。


 初めて出会ったときから、今日までずっと。


 キリカのイメージでは、カンジはいじめられる側というよりも、いじめられている人間を助ける側だ。


 実際、いじめではないが、キリカもカンジに助けられたことがある。


 2年ほど前、ガラの悪い男たちにしつこくナンパされて困っていたところを、カンジに助けてもらった。


 カンジは複数人を相手にボロボロになりながらも、キリカを守り抜いたのだ。それがキリカとカンジの出会いだった。


「まあ、別に性格が昔と比べて変わったわけじゃない。ただ、昔の俺はチビで弱くてさ。だから余計にそういう奴らのターゲットになったんだろうな。よくいじめられてたよ」


 もちろん、カンジもただ甘んじてそれを受け入れたわけではない。負けず嫌いだったカンジは、必死にいじめっ子たちに抵抗した。


 だが、ただでさえ弱く一対一でも勝てないのに、相手が複数ともなればもうどうしようもなかった。


 その頃のカンジは、毎日泣いていた。


 いじめられることが悔しくて、情けなくて。


 しかし、親にはそれを言わなかった。


 毎日遊び歩いて家庭を顧みない父親。そんな状況で、家計を支えるため、必死に働いていた母親に余計な心配をかけたくなかったからだ。


 だが――。


 いじめに家庭の問題。それは小さな子供が抱えるにはあまりにも重く、カンジの心をゆっくりではあるが確実に擦り減らしていった。


「そんなとき助けてくれたのが……フミヤにぃだったんだ。フミヤ兄は昔から喧嘩が強くてさ。いじめっ子連中だけじゃなく、そいつらが泣きついて呼んできた兄弟たちにだって負けなかった」


 フミヤのおかげで、カンジはいじめから解放された。


 そしてそれだけでなく、フミヤはカンジの遊び相手にもなってくれた。そうしているうちに、カンジの心は少しずつ癒されていったのだ。


「いつの間にか俺は……フミヤ兄に憧れるようになってた。俺もあんな風に強くなりたいって、ずっと思ってたんだ。それなのに――」


「仕方ないことだよ。魔物狩りを始める前の強さと、探索者としての才能はまったく別。元がどんなに強かったとしても、あの人に探索者としての才能はなかった。それだけのこと」


「そんなことわかってるよ。でも、ずっと目標にしてたことが叶わなくなったんだぜ? なんか心にぽっかり穴が開いたみたいな……そんな気分だ」


 きっと、カンジはフミヤに強くあって欲しかったのだろう。


 そして、その上でそれを越えたかったのだ。


「気持ちはわかるけど、私たちには立ち止まってる暇なんてないよ。今はまだスタートラインに立っただけ。ここで満足してるようじゃ、絶対に上には行けない」


 カンジは母子家庭。キリカは父子家庭。


 ともに片親で苦労してきた。


 それでも育ててくれた親に恩返しをするため、二人は探索者として成功することを夢見ている。


「……わかってる」


 やがて目的地に到着したため、二人はバスを降りた。


 しばらく歩いていくと、大きなビルの前にやって来る。


 そこはクラン・アサオの本部。


 連盟を構成する六大クランのうちの一つであり、これから二人が入団することになっているクランでもある。


「入団式に参加する方ですか?」


「はい」


 係員に案内されて、カンジたちは入団式が行われる部屋に入った。


 すると――。


「……なんで、てめえがここに」


 ある人物に遭遇し、カンジは顔を顰める。


「それはこっちのセリフだ」


 その人物とは、フミヤも参加した別のクランの入団試験にいた小柄な青年――イイヤマ・タイシだった。


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