第12話



 翌日。


 さっさと朝食を食べ終えたフミヤは、魔物狩りに行く準備をしていた。


 昨日帰ってから寝るまで、いろいろ考えたが、フミヤはクラン・シミズに入ることを基本線にこれから行動することにした。


(そう。それは要するに、今すぐ契約を結びには行かないってことだ)


 まずは、クランに入る前にサヨコに頼んで話を聞くべきだろうか?


 いや、その前に一番やらなければならない重要なことがある。


 それは――。


(今の自分の状態を把握することだな。そうしないことには、交渉ができない)


 クラン・シミズの待遇は、確かに破格だ。


 最低でも年俸3000万。サヨコの口ぶりからすると、フミヤはもっと貰えるだろう。


 だが、ここは貪欲にいくべきだ。


 基本的に探索者に未来の保障はない。


 よほどの実力者なら話は別だが、たいていの人間は長期契約はしてもらえず一年契約になる。だから使えないと判断されればすぐに解雇されるのだ。


(要するに、金は稼げるときに稼ぐしかない)


 当面の目標は、贅沢をしなければ一生働かずに暮らせる額を貯めること。


 そのためには妥協できない。


 一マニーでも多く稼ぐために努力すべきだ。


(だからまずは、今の俺自身の実力を把握する必要がある。そして、次に魔物を倒して強くなれるかどうか。できれば能力アビリティについても調べたいところだ)


 そしてそれを使って、クラン・シミズと交渉する。


 自分の有用性を示し、少しでもいい条件で契約するのだ。


「ってなわけで、まずはこれだな」


 フミヤはテーブルの上に置かれたカッターナイフに視線を向けた。


(今の俺の身体能力は、以前とは比べ物にならないぐらい上がってる。でも、体の強度自体はそこまで変わってないはずだ)


 これはフミヤだけでなく、すべての探索者に言えることだ。


 魔物を狩り続けると魔力量と身体能力が上昇するが、肉体の強度は常人より少し丈夫になる程度までしか上がらない。


「……ふぅ」


 フミヤは大きく息を吐くと、カッターナイフを手に取り自分の左腕に当てる。


(……大丈夫。俺はこれよりももっと酷い痛みを経験してる)


 フミヤは狼男ウルフマンに散々爪で引っ掻かれたときのことを思い出す。


「よし……」


 意を決して、フミヤは腕を少しだけカッターナイフで斬った。左腕の表面に浅く切り傷ができ、そこから少し血が滲み出てくる。


「……やっぱり斬れるよな」


 フミヤはテーブルの上にあった箱からティッシュを取りだすと、それを使って止血を行った。


「よし。それじゃあ、次だ」


 フミヤは目を閉じると、意識を自分の体内に向けた。そしてイメージする。魔力が自分の体内を循環していく様子を。


 すると、何かが自分の体内を駆け巡るような感覚を覚えた。


「できたか? それじゃあ……」


 フミヤは再びカッターナイフを手に取ると、それを使って左腕に浅く切り込みを入れようとする。


 だが――。


 今度は腕に傷はつかなかった。


「おっ、切れてないな。ってことは、魔力循環は成功したってことか」


 魔力循環。


 それは体内に魔力を循環させ、肉体の強度を飛躍的に高める技術である。


 大してテクニックを必要とする技術ではない。しかし、これを使うには、一定以上の魔力量――目安としてはランク5以上の探索者でなければならないとされていた。


(つまり、今の俺は魔力量だけなら最低でもランク5ぐらいはあるってことだな)


 狼男を倒す前のフミヤがランク2相当の実力だったから、低く見積もっても3ランク一気に強くなったということだ。


(ランク4からは一つ上げるだけもかなり大変らしいのに……ランク3の魔物を一体倒しただけで、どうしてこんなに強くなったんだ?)


 おそらくは能力アビリティの効果が関係しているのだと思うが……。


(でも、そのあとに狼男ウルフマンを五体倒した後は、強くなってる感じはなかった。まあ、普通はあの程度の数を倒してぐらいで強くなれるわけないんだが……でも、もしそうならその前との違いは一体なんなんだ?)


 狼男を一体倒しただけでランク2からランク5まで強くなったのに、その後に同じ魔物を五体倒しても何の変化もなかった。


 その事実は、一体何を示しているのだろうか。


 そこに能力アビリティの謎を解明する手がかかりが潜んでいる気がする。


(それを確かめるためにも、行かなきゃな。魔物狩り)


 こうして、フミヤは魔物狩りに出発したのだった。

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