第11話



「でも、たぶんこれは試験を受けて入った奴の話だよな。俺の場合は直接スカウトされたわけだから、もっと待遇はいいんじゃないか?」


 確かサヨコもそのようなことを言っていた気がする。


「となると5000万? いや、7000万とか? それとも、もしかすると夢の1億なんてことも……」


 そんなふうに、フミヤが妄想を膨らませていたときだった。


 ピンポーン。


 家のチャイムが鳴る。インターホンを見てみると、どうやらアサカが家を訪ねてきたようだった。


「で、どうだったの?」


 家に招き入れ飲み物を出すと、それに口をつけることすらせずにアサカはそう聞いてくる。 


 そんなに自分が落ちたことを聞きたいのだろうか。


「どうせ言わなくても結果はわかってるんだろ?」


「やっぱり落ちたのね」


「ああ」


 フミヤがそう肯定すると、アサカはため息を吐く。


「もういい加減わかったでしょ? あなたが頑張ってきたのはわかってる。でも、無理なものは無理なの。諦めて、普通に働きなさい」


 結局、それを言いに来たのだろう。


 彼女が自分を心配してくれているのは知っている。


 だが、同じ自分を思っての忠告でも、第三者に言われるのと家族に言われるのとでは印象が違ってくる。近しい存在に言われると、どうしても素直な反応を返せないのだ。


 フミヤはため息を吐くと、両手を広げ、「やれやれ」とでも言わんばかりに首を振ってみせた。


「……頭がおかしくなったの?」


 芝居がかったフミヤの仕草に、呆れ顔でアサカが言う。


「確かに俺は入団試験には落ちた。でも、入るクランは見つかったぞ」


「意味がわからないわ」


「スカウトされたんだよ。あの有名な、クラン・シミズにな」


 ドヤ顔でフミヤがそう言った。


「あのね。嘘をつくならもっとマシな嘘をつきなさい。クランからスカウトされるのは、普通に試験を受けて合格するより難しいのよ? しかも、よりによってあのクラン・シミズからスカウトされただなんて」


「嘘じゃねえよ。クランマスターの娘、シミズ・サヨコから直々にスカウトされたんだ」


 そんなフミヤの言葉を、アサカはまったく信じていないようだった。


「ほら。これがその証拠だ。連絡先を交換したんだよ」


 フミヤはスマホの通話アプリを起動させると、そこからサヨコの連絡先を呼び出す。そして、それをまるで印籠のようにアサカに見せつけた。


 ――どうだ。これで、信じるしかないだろう。


 そう、思っていたのだが……。


「あんた、何か新手の詐欺とかに引っかかってんじゃないでしょうね」


 返ってきたのは、そんな反応だった。


「引っかかってねえよ! これは本物の連絡先なんだぞ」


「だったら、今ここで電話してみないさよ」


「それは……」


 フミヤは迷った。


 サヨコとはついさっき知り合ったばかりで、特に親しいわけではない。


 それなのに、こんなくだらない用事で電話していいのだろうか。まだクランに入ると決まったわけでもないのに。


「電話できないってことは、やっぱり嘘なのね」


 だが、そんなことを言われてしまっては、引き下がるわけにはいかなくなる。


「だから嘘じゃないって。電話すればいいんだろ。電話すれば」


 震える指先でスマホをタップすると、”呼び出し中”という文字が画面に表示された。


 コール音が鳴ること、5秒、10秒、15秒……1分。


 だが、サヨコが電話に出る気配はない。


「どう?」


「……出ない」


「やっぱり詐欺だったんじゃない」


「だから違うって!」


 今回はたまたま、タイミングが悪く電話に出られなかっただけだろう。


 だが、そもそもスカウトされたこと自体を信じていないアサカからすれば、それはフミヤが騙されたという彼女の考えをますます裏付ける根拠になってしまう。


(……もういいか。別に今信じてもらえなくても。どのみち、俺がクラン・シミズに入ればいずれわかることだしな)


 むしろ、あとでクランに入ったことを教えて、驚かせる方が面白いかもしれない。


 他には、大金を稼いでブランド物でもプレゼントしてあげたりとか。


(……いかんな)


 想像するだけで、顔がニヤけそうになる。


「気持ちの整理とかもあるでしょうし、催促するつもりはない。でも、もし仕事を探す気になったら教えてちょうだい。大学時代の伝手を使って、あんたにもできそうな仕事を紹介してあげるから」


 結局、アサカはそう言い残して帰って行った。

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