第10話



「私たちのクランっていうのは、もしかして”クラン・シミズ”のことか?」


「そうだよ」


 クラン・シミズは国内でも1、2を争うと言われているほど力のあるクランだ。


 連盟を構成するクランの一つでもあり、クランマスターはサヨコの父親――シミズ・キョウシロウが務めている。


 ちなみに、シミズ・キョウシロウのランクは12。世界でもトップクラスの実力者であり、国の最高戦力の一人に数えられている人物である。


「一応確認しておくけど、冗談だったりはしないよな?」


 クランに入る方法としては、入団試験をパスするのが一般的なやり方だ。


 だが、稀にこうして試験ではなくスカウトされてクランに入る者がいる。


 そうやってスカウトされる者たちは、皆試験など受けずとも実力があると評価されるような優秀な人材ばかり。


 ずっと試験に落ち続けてきた自分が、まさかそんな者たちと同じ立場になるとは。


 あまりにも落差が大きすぎて、冗談ではないのかと疑ってしまうのも無理はないだろう。


「大真面目だよ。能力アビリティ持ちは優秀だからね。どこのクランだって欲しいと思うよ」


「まだどんな能力アビリティかもわかってないのにか?」


 サヨコは頷いた。


「もちろん、待遇は期待してもらっていいよ。普通に試験を受けるのとは比べ物にならないぐらいの待遇を約束する」


「……少し、考えさせてくれないか?」


 別に、誘いを断ろうと思ってそんなことを言ったわけではない。


 むしろ逆だ。


 国内トップクラスのクランからの勧誘。


 正直に言えば、飛び上がるほど嬉しかった。ずっと否定され続けてきた自分のことを認めてくれたのだから。


 だが、そんなときこそ一度立ち止まってみるべきだと思うのだ。


(これは学校の部活とかじゃなくて、就職だからな。いくらいいところから誘われたといっても、一応少しくらいは考えてからの方がいいだろう)


 別に、この場で即答しなければ話が立ち消えになってしまうわけではないだろうし。


「どうして? 他に声をかけられたクランでもあるの?」


 サヨコがそう聞いてきた。


「いや、ないよ。そもそも俺なんて、一度もクランの入団試験に合格したことがないような落ちこぼれだしな」


「そうなの? まあでも、それは前までの話でしょ。これからは違うと思うよ。能力アビリティ持ちなんだから、きっといろんなところが君を欲しがると思う」


 一つのクランからスカウトされるだけでも驚きなのに、他にも自分を欲しがるところなんてあるのだろうか。


 正直まだ信じられない部分もあるが、サヨコが言うのならきっとそうなのだろう。


「クランに入ること自体は前向きに考えてる。でも、一応はちょっと考えようと思ってな。大事なことだし」


「わかった。だったらせめて連絡先だけでも交換しない? それで、もしうちのクランに入る気になったら連絡して欲しいの。なんだったら見学とかもできるよ。聞きたいこととかがあれば、私が相手をするからさ」


「え? いいのか?」


 いくら能力アビリティ持ちとはいえ、今のフミヤはほとんど誰にも存在を知られていない、低級探索者に過ぎない。


 そんな人間が、サヨコのようなトップスターとここまでお近づきになっていいのだろか。


「うん。こうして出会ったのもきっと何かの縁だろうし」


 さっき座っていたベンチの横に置いてあった鞄からスマホを取り出し、フミヤはサヨコと連絡先を交換する。


 天国から地獄という言葉があるが、今のフミヤはまったくの逆。急にいいことばかりが起きすぎて、まるで夢でも見ているようだった。


「あ、でも、しばらくは大丈夫だと思うけど、私に連絡がつかないときのためにクランの連絡先も教えてくよ。もし急ぎの用があれば、そこに電話して。話は私が通しておくからさ」


 結局、この日は連絡先だけ交換してサヨコとは別れる。


 帰り際に助けた女性がしきりにお礼を言ってきたが、正直ほとんど頭に入らなかった。






 日が暮れる頃に、フミヤは自宅に帰ってきた。まずは風呂に入り、体に付着した血を洗い流す。


「ふぅ……」


 風呂から上がったフミヤは、ソファに座ってジュースを飲みながらスマホをいじっていた。


(これが……シミズ・サヨコの連絡先か)


 スマホに登録されている、サヨコの連絡先。


 今までアサカとその両親の連絡先しか入っていなかったせいだろうか。たった一人増えただけなのに、まるで世界が変わったような気分になる。


(……いや。たぶん、家族以外で初めて女の人の連絡先を登録したからだろうな)


 それも、単なる異性ではなく、力も外見も極上のものを持つ人物だ。


(シミズ・サヨコ、すげえ綺麗だったなあ……)


 あんな人と付き合えたら、どんなに幸せだろうと思う。


 まあ、天地がひっくり返ってもそんなことはありえないだろうが。


「そういえば、クラン・シミズって給料はどれぐらいなんだろう」


 気になったフミヤは、スマホでクラン・シミズのホームページを調べてみることにした。


「お、あったあった。どれどれ……」


 クラン・シミズの募集要項。それを見て、フミヤが驚きの声をあげる。


「最低年俸、3000万マニー? 嘘だろ……」


 一般的に、クランからの給料は月給という形ではなく年俸制になっている。


 つまり、年俸が3000万マニーだとすると、それを12分割した250万マニーが毎月支払われることになるのだ。


「最低でもこれって、どんだけ給料高いんだよ……」


 この国の平均年収が300万マニーだとされているから、クラン・シミズに入れば最低でも普通の人間の10年分の給料を、わずか一年で稼ぐことになる。


 さすがは、国内トップクラスのクランである。




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あとがき

やっとヒロイン出せました。

ここから主人公の逆襲が始まります。

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