第9話



(間違いない……やっぱり俺は強くなってる)


 身体能力が上がったのはわかっていたが、それでもまだ心のどこかでは信じられない部分もあった。


 長い間底辺を這いつくばっていた弊害とでもいうべきか、何をやっても自分はダメだという意識が染みついてしまっていたのだ。


 だが、たった今ランク3の魔物を倒すことができた。それも、ついさっきまでまったく歯が立たなかった相手を、圧倒的な力で。


 その事実は、フミヤを長い間苦しめていた呪縛から解き放ってくれた。


「クゥーン……」


 一瞬にして仲間の一体がやられたのを見て、力の差を理解したのだろう。


 狼男ウルフマンたちはおぼつかない足取りで一歩、また一歩と下がっていき、怯えた様子を見せる。


 だが、すぐに逃げようとはしなかった。体を震わせているところを見るに、恐怖で体が動かないのかもしれない。


 こうなってくると、一瞬「自分が悪者なのでは?」と錯覚しそうになる。


 しかし、たとえどんなに怯えていようとも、魔物は殺さなければならない。


 死の恐怖を味わっても、魔物という存在は何も変わらないからだ。


 人間ならば全員ではなくとも、痛みを知れば自分をかえりみて他人に優しくなれる者もいる。


 だが、魔物はそうではない。


 たとえここで逃がしたとしても、次に自分よりも弱い人間を見つければ、容赦なく襲い掛かる。


 魔物とはそういう存在だ。そこに例外などないのだ。


「悪いが、死んでもらうぞ」


 フミヤは一番近くにいた狼男に狙いを定めると、一瞬で距離を詰める。


 その狼男はフミヤが自分を狙っていることに気づいていない。あまりにもスピードが違いすぎて、狼男の動体視力ではフミヤの動きを捉えられないからだ。


 フミヤが鉄棒を狼男の頭部に向かって振るう。


 まるでスイカ割りのように狼男の頭は破裂し、自分が死んだことにすら気づかぬままその命を終えた。


 さらに間髪入れず、フミヤはその近くにいた狼男に向かって横薙ぎに棒を振るった。


 これも、当然狼男には対処できない。フミヤが自分を攻撃しようとしているのに気づいたときには既に、狼男の体は弾け飛んでいた。


「キャウン!!」


 一体の狼男が、ついに逃げ出した。それにつられて、もう一体も逃走を図る。


 だが、あまりにもスピードが違いすぎた。


 こちらに背を向けて走る狼男にフミヤは一瞬で追いつくと、後ろから棒で頭を殴りつける。


(まずは一体)


 そして、少し先にいたもう一体の狼男の頭も殴って潰した。


 頭部を失った二体の狼男の体は、まるで糸の切れた操り人形のように力なく崩れ落ちたのだった。






 狼男ウルフマンを倒してから、だいたい5分ほどが経った頃だろうか。


 援軍の探索者がやって来た。


「大丈夫? 怪我はないですか?」


 そう声をかけられるが、フミヤも女性も言葉を返すことができなかった。


 なぜなら、やって来た探索者が超のつくほどの有名人だったからだ。


「あなたは……まさか、シミズ・サヨコさん?」


「はい。そうですよ」


 その返答は、淡々としたものであった。おそらくこの手の反応には慣れているのだろう。


 シミズ・サヨコ。


 その外見を一言で表すならば、スタイル抜群の美女。


 女性にしてはかなりの高身長で、180センチ前後はありそうだ。


 そして、それに見合うだけの長い手足と、豊かな胸元。体に密着したボディスーツを着ているので、スタイルの良さがよくわかる。


 髪色はエメラルドグリーンで、ヘアスタイルはボブカット。そして、同じ色の瞳はとても美しく、吸い込まれてしまいそうだ。


 だが、彼女が有名なのはその美貌故ではない。むしろ、それは単なる付加価値にすぎなかった。


 彼女の本当の凄さは、その実力にある。


 サヨコはフミヤと同じ20歳という年齢にもかかわらず、既にランクは8に到達している。


 探索者のランクは1~12で、数字が大きなればなるほどランクは高い。


 ランク8といえば上から5番目で、それだけ聞くと大したことがないように思われがちだが、ランクは上になるほど上がるスピードが落ちていく。


 たとえば、ランク5になるまでに1年しかかからなかった者が、ランク6になるまでに2年。さらに1つ上がって7になるまでに3年かかった。そんな例もある。


 だから20歳でランク8というのは、とてつもなく凄いことなのだ。


 国内でも――いや、世界に目を向けても、この若さでこれほどの実力を備えた人材はごくわずかしかいない。


 まさしく、フミヤにとってサヨコは雲の上の存在だった。


「君、血だらけだけど、大丈夫なの?」


 サヨコがフミヤにそう声をかけてくる。


「ああ。大丈夫だ。俺は怪我はしてないから」


「じゃあ、その血はなんなの? 君の血じゃなければ、魔物の血でもないよね。そこの女の人のものでもないだろうし」


 人間の血は赤いが、魔物の血はそうではない。


 魔物の血の色は一つではなく、様々な種類があるが、赤い血の魔物だけは今までに一度も確認されたことはなかった。


「あ……いや、これは俺の血だ」


「どういうこと? それだけ血を流しても無事ってことは、回復魔法でも使えるの?」


 フミヤの着けているジャージは、彼の血で真っ赤に染まっている。その様子は、まるで染物でもしたのかと勘違いしそうになるほどだった。


「いや。回復魔法は使えない」


 サヨコは女性にも視線を送るが、彼女も首を横に振ってそれを否定した。


「じゃあ、なんで?」


「……正直、自分でもまだよくわかってないんだが、たぶん能力アビリティが覚醒したんだと思う」


 フミヤは狼男を倒したあと、理由は不明だが傷が勝手に治ったということをサヨコに説明した。


「……へえ。後天型の覚醒者か。これはまた珍しいね」


 そう言ったあと、彼女はいいことを思いついた、というような表情でこう提案してくる。


「ねえ。君、名前は?」


「カネモト・フミヤだ」


「フミヤ君か。ねえフミヤ君、もしよかったらだけど、私たちのクランに入らない?」




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