第8話



(倒した……のか……?)


 フミヤも全身の力が抜け、地面に倒れ込んだ。


 狼男ウルフマンが動く気配はない。どうやら本当に倒したらしい。


「大丈夫!?」


 フミヤのもとに女性が駆け寄ってくる。


 凄惨な光景を見せないためか、女の子の顔は女性の胸にうずめられていた。


「ごめんなさい……! 私、最低の人間だわ……! あなたを見捨てて、こんな目に遭わせて……!」


 目から涙を溢れさせながら、女性が言う。


「俺が……大丈夫って、言ったんですから……」


 フミヤのそんな言葉に、女性はふるふると首を横に振った。


「本当は気づいてたの……! でも、私はこの子の母親だから……!」


「俺があなたの立場でも……同じことをします……」


「ごめんなさい……!」


 そう言って、女性は嗚咽を漏らす。


 そのときだった。


「っ!? があああああああああああああああああああっ!!!!」


 突然、フミヤが苦しみ始めた。


「ど、どうしたのっ!? ――えっ?」


 フミヤの様子を見た女性が、間の抜けた声をあげる。


 彼女の目には、驚くべき光景が映っていた。


 ――傷が、治っていく。


 肉が盛り上がり、それを皮膚が覆っていく。わずか数秒で、傷だらけだったフミヤの体は完全に治癒してしまった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 荒く息を吐きながら、フミヤは体を起こす。


「あなた……それ……」


 女性に指摘され、フミヤは自分の体を確認する。


「え? なんで……? 傷が……治ってる……?」


 それだけではない。


 体に力がみなぎるような感覚もあった。


 フミヤは立ち上がると、公園内にある鉄棒のところまで歩いていく。そして、棒の部分を下から持ち上げてみた。


「っ!?」


 その光景に、女性は驚きの表情を浮かべる。


 鉄棒が、地面から引っこ抜かれてしまったのだ。


 さらにフミヤは鉄棒の棒の部分だけを外し、それを剣士が剣でするように振るってみた。


 轟音を響かせ、視認することすら不可能なほどの速さで棒を振るフミヤ。


(どういうことだ……? 俺にはもう、伸びしろなんて残ってなかったはずだ)


 魔物を倒すと、人は強くなれる。魔力量や身体能力がアップする。


 だが、魔物を倒せば倒すほど、無限に強くなれるわけではない。


 人にはそれぞれ強くなれる限界点が決まっており、それを越えて強くなることはできないのだ。


 つまり、限界を迎えた者は成長が止まる。どんなに魔物を倒そうとも、そこからは魔力や身体能力が伸びることはない。


 そう決まっている。


 決まっている、はずだった――。


(なのになんでだ? 明らかに、身体能力が上がってる……)


 狼男を倒す前のフミヤなら、絶対にこんなことはできなかった。


 これは明らかに、あの魔物を倒したことによって起こった変化だ。


「おそらく、能力アビリティが覚醒したのね」


 能力アビリティとは、一言で表現するなら特殊能力のことである。


 単なる技術に過ぎない魔法やスキルと違って、鍛錬によって習得することはできない。


 能力アビリティの保有者は、生まれつき持っているか、何かのきっかけで覚醒するかのどちらかしかない。


 そして、能力アビリティを持つ者は非常に少なく、そのほとんどは強力な効果を持っているという特徴があった。


(……能力アビリティか。知識として知ってはいたけど、まさか俺が能力アビリティに目覚めるなんてな。後天型の能力アビリティは天性型のものよりも保有者が少なくて、覚醒条件も人によって違うらしいから、まったく予想してなかった)


 つまりこれは、宝くじに当たったようなものだ。


 もう死んだと思っていたのに能力アビリティが覚醒して生き残り、しかもそれによって強化までされるとは。


 人生本当に、何があるかわからない。


「ママぁ……いつおうちに帰れるの?」


 女性の胸に抱かれていた女の子がもぞもぞと動いたかと思うと、目を擦りながらそんなことを言った。


 この状況で眠っていたとは。


 もしかすると、将来は大物になるかもしれないな。


 フミヤはそんなことを思う。


「そろそろ帰れると思うから、もう少し眠っていなさい」


「うん……」


「そういえば、連盟に通報はしたんですか?」


 連盟とは、国内の力のあるクランが人を出し合って作った組織のことである。


 人の暮らす領域に魔物が出現しないかの監視や、いざ出現したときの対処は、連盟の大事な仕事のうちの一つだった。


「ええ。もうすぐ来ると思うわ。ほら――」


 女性が公園の外を指差す。そこには、複数の人影があった。


 しかし、それを見たフミヤは眉を顰める。


「いや。あれは人間じゃありません。魔物です」


「っ!?」


 魔物――狼男ウルフマンが公園に入ってきた。


 それも今度は一体ではない。五体もいる。


「うそっ……! なんでこんなに……!」


 女性が恐怖に顔を強張らせた。


「とりあえず、俺が戦ってみます」


「本当に大丈夫なの……? もし無理をしてるのなら、やめて。今度は私があいつらを引き受ける。そして、この子を連れて逃げて欲しいの」


 フミヤを置いていったことをまだ気にしているのだろう。女性がそんなことを言ってきた。


「今度は本当に大丈夫ですよ。さっきの見たでしょ?」


 フミヤはゆっくりと歩き出し、五体の狼男たちと対峙した。


「ガルルル……」


 低く唸り声をあげ、戦闘態勢をとる狼男たち。


 そして次の瞬間、フミヤが動いた――。


 まるで消えたと錯覚するようなスピードで距離を詰めると、狼男の頭めがけて鉄棒を振り抜く。


 爆散。


 鉄棒を叩き込まれた狼男の頭が破裂した。


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