第7話



「オオン!!」


 狼男ウルフマンが飛び掛かってきて、フミヤを地面に叩き伏せた。


 そして、女性の背中をその鋭い爪で引っ掻く。


「うぐっ!」


「ママ?」


「この野郎!」


 立ち上がったフミヤが狼男を蹴りつけた。


 不意をついたおかげかだろうか。狼男はベンチに倒れ込む。


「逃げてください!」


 女性の怪我の程度はわからない。


 だが、それを確認している時間はない。今はそう言うしかなかった。


「あなたはどうするの!?」


「こいつを倒します!」


 とはいったものの、目の前の敵はフミヤにとっては厳しい相手だ。


 フミヤの実力はせいぜい、ランク2程度。今までの経験上、ランク2の魔物なら問題なく倒せるが、ランク3となると手に余る。


「大丈夫なのね!?」


「はい!」


 だが、そんなことはおくびにも出さない。女性が安心して逃げられるように。


「っ……! 必ず生き残るのよ!」


 女性は唇を強く噛み締めた後、そう言い残してその場から去っていった。


 どうやら怪我はそこまで重くないようだ。


「ガルルルル……」


 狼男が低く唸り声をあげる。


 逃げていった女性を追いかけようとする気配はない。どうやらこちらにターゲットが移ったようだ。


(よかった……これで、逃げられそうだな)


 両親を魔物に殺され、夫も殺され。そしてようやく見つけた幸せさえ、魔物に壊される。


 そんな結末は、認めるわけにはいかなかった。


「ウオン!!」


 狼男が距離を詰め、爪を振るってくる。フミヤは弧を描くようにして動き、それを回避する。


 そして、そのまま距離をとろうとするが、さすがに狼男は速かった。


 あっという間に距離を詰めると、再び爪を振るってくる。


 今度は回避は間に合わない。フミヤは仕方なく腕で体をガードする。しかし、当然爪で引っ掻かれて無傷で済むはずがなく。


「っ……!」


 深く肉を抉られ、血が流れ出した。


(やっぱり、俺じゃ勝てそうにもねえな。でも、時間さえ稼げれば……!)


 魔物は、魔素から生まれる。


 魔素は空気のようにいたるところに存在している。そのため、こんな街中ですら魔物が発生することがある。


 もちろん、それを放っておくとどれだけの犠牲が出るかわからないので、きちんと対策はしている。


 それが探索者によるパトロールだ。


 ただ、それでもすべての場所を網羅することは不可能だった。だからこうして、稀に魔物が一般人を襲うことがあるのだ。


(他の探索者が来るまで、なんとか持ち堪えれば……!)


 おそらく、女性がここで魔物が出現したことを通報するだろう。


 いずれ援軍の探索者たちがここへやって来るはずだ。だからそれまで時間を稼げれば、必ず助かる。


 そんな希望を胸に、フミヤは闘志を燃やす。


 だが、現実は非情だった。


 狼男が再び攻撃を仕掛けてくる。


 一度目は避けることに成功したが、すかさず飛んできた追撃で胸から腹にかけての部分をやられた。


 フミヤは蹴りを放つが、先ほどとは違って今度は命中してもまっく効いている様子はない。それどころか、お返しとばかりに爪を振るってくる。


 胴体に貰うわけにはいかない。フミヤはそれを腕で受け止めた。


「ぐっ……!」


 激痛が走り、フミヤが端正な顔を歪める。


 あまりにも痛みが激しいので確認してみると、骨が見えていた。こんな大怪我を負ったのは、生まれて初めてだ。


 このままだと、助けが来るまで持ちそうにない。


 元々、この狼男に勝てるとは思っていなかったが、それでも助けが来るまで生き延びるぐらいはできると思っていた。時間稼ぎに徹すれば、だが。


 しかし、このザマはなんだ。見通しが甘かったと言わざるを得ない。


(逃げないと……! 殺される……!)


 女性や女の子の逃げる時間を少しでも稼ぎたかったが、もはやそうも言っていられない状況だ。


 フミヤは狼男に背を向けると、一目散に逃走を図った。


 だが――。


「ふぐっ!」


 背後から衝撃を感じた次の瞬間、地面に叩きつけられていた。


 慌てて起き上がると、目の前に狼男がいる。


「かっ……!」


 狼男が爪を振るい、フミヤの胴体を斬り裂いた。


 これはヤバい。本気でヤバい。


 もはや痛いというより、熱いという感じだ。血がどんどん流れていく。


 立っていられなくなり、仰向けに倒れる。すると、狼男が馬乗りになってきた。


 狼男はその鋭い爪ではなく、拳を握り、フミヤの顔を殴りつけてくる。


(俺を……痛めつけてるつもりなのか……?)


 狼男はフミヤの顔をタコ殴りにしてきた。


 だが、幸か不幸か、痛みはまったく感じなかった。おそらくもう感覚が麻痺しているのだろう。


(俺は、死ぬのか……?)


 今の傷が致命傷なのかどうか。それはわからない。


 だが、そのどちらであろうともこの狼男がいる限り、フミヤの命がもうすぐ終わることは確かだった。


(かっこつけてあんなことしたの、間違いだったかな……)


 いくら親切にしてもらったとはいえ、今日会ったばかりの人間のためにここまでやる必要はなかったのではないか。


 誰だって、自分の命が一番大事だ。


 あそこで女性と女の子を助けず逃げたとしても、責められるいわれはないはずだ。


 フミヤにだって、大切なものはある。


 一瞬、そんな考えが頭に浮かぶ。


(いや、よそう。たらればを言ったって、何も変わらない)


 それに、もしそうしていたとしても、助かったどうかはわからない。両方とも殺されていたかもしれない。


 だからこれでよかったのだ。


 見捨ててしまったという罪悪感を感じずに済んだのだから。


(それにしても……もう死ぬっていうのに、全然怖くねえな)


 なんというか、現実感がない。


 そんなことを考えていたときだった。


 フミヤを殴りつけていた狼男が、不意に動きを止める。そして、急に苦しみだした。


「ウオオオオオオオオオンッ!!!!」


 狼男は自分の背中に手をやろうとして、必死にもがいている。そうするあまり、狼男はマウントポジションから外れた。


 フミヤの体にのしかかっていた重みがふっと消える。


 一体、何が起こったのだろう。


 不思議に思っていると、


「何やってるの! 今のうちに逃げなさい!」


 そんな声が聞こえてきた。


(この声は……なんで、ここに……)


 女の子を抱きかかえながら叫ぶ、あの女性の姿が見えた。もう既に逃げたはずではなかったのか。


「そいつの弱点は銀! 背中に銀のかんざしを刺したから、今は弱ってるわ! だから早く逃げて!」


 見てみると、言われた通り狼男の背中には光る針のようなものが刺さっていた。


(逃げる、か……そんなこと言われても、もう逃げる力なんて残ってねえよ)


 と、なれば……。


 目の前には、のたうち回る狼男の姿。もう選択肢は一つしかない。


(こいつを倒す……!)


 フミヤは持てる力をすべて使って立ち上がると、ゆっくりと狼男に近づいていく。


 そして、もがき苦しむ狼男の体を掴むと、かんざしの刺さった背中を強く地面に押しつけた。


「ガルアアアアアアアアアッ!!!!」


 狼男が抵抗して腕を引っ掻いてくるが、かまわず続ける。体内にかんざしがより深く食い込むように。


 そして――。


「ガ……ァ……」


 狼男の動きが止まった。




――――――――――――――――――

あとがき

次回いよいよ覚醒です。

――――――――――――――――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る