第5話
無情にも、試験終了が告げられる。
重い足取りでフミヤは待機場所に戻った。そんな彼に、声がかけられた。
「やっぱり大したことなかったな」
声をかけたのは、先ほどカンジと揉めた青年だった。
明らかにフミヤを馬鹿にした様子だったが、幸か不幸かフミヤの耳には届かなかった。
フミヤの心中は、それどころではなかったからだ。
「次! 受験番号8番、イイヤマ・タイシ!」
カンジと揉めた青年――イイヤマは、フミヤからの何の反応も返ってこないとわかると、つまらなさそうに彼を一瞥して立ち上がる。
(試験官の攻撃が見えなかった……俺とあの人には、それだけの実力差があるってことなのか……?)
最初から試験官に勝てるとは思っていなかった。
試験官と実際に刃を交えてすぐに、実力は向こうが上だとわかった。
だが、相手の攻撃が見えないほど実力が離れているとは思わなかった。しかも、相手がどう攻撃するかもわかっていたのに、反応すらできなかったのだ。
ふと、自分と対戦した試験官の方に視線を向ける。
すると、ちょうど一人の青年と向かい合っているところだった。
(あいつは確か……カンジと揉めたやつか……)
見たところ身長は160センチと少し。よくいっても160センチ代の半ば程度だろう。
男性の平均身長が約170センチなので明らかに小柄な部類に入り、見た感じとしてはそれほど強そうには見えない。
だが、探索者の世界では見た目と強さは一致しない。
先ほどの自信に満ちた態度を見るに、それなりの実力は備えているのかもしれない。
そんなふうに、ぼんやりと二人を眺めていたフミヤだったが……。
次の瞬間、フミヤは驚くべき光景を目にすることになる。
イイヤマと試験官の戦いが始まってすぐのことだった。
イイヤマは驚くべきスピードで試験官との距離を詰めた。二人の距離が、一瞬にして埋まる。
そして――。
(動きが見えなかった……!)
気づいたら、イイヤマと試験官が剣をぶつけ合っていた。
今までとは明らかに一線を画すレベルの戦いに、どよめきが起こる。
目にもとまらぬ速さで剣をぶつけ合うイイヤマと試験官。
それを見れば、先ほどまでの戦いで試験官がどれだけ手を抜いていたのか嫌でも理解させられた。そして、それを引き出すイイヤマの強さも――。
やがて、イイヤマと試験官の戦いが終わりを迎える。
勝ったのは試験官だった。
だが、今の試合で試験官も相当消耗したようで、他の試験官と交代していた。
戦いの余韻でしばらく会場は興奮冷めやらぬ様子だったが、試験官が変わっても試験は中断することなく進んでいく。
そして――。
(……もう、結果発表を待つまでもないな)
イイヤマの後、何人もの受験生が試験官と戦ったが、彼に匹敵するほどの強さを持つ者はいなかった。
だが、フミヤよりも強い者は何人もいた。
それを見れば、自分が合格するには実力不足であると嫌でも理解させられる。どう考えたって合格する可能性はゼロだ。
(結局、今回もダメだったか……)
薄々、わかってはいた。
自分の実力では厳しいということは。
今朝のアサカの言葉が思い出される。
――あんた、魔物を狩り始めてからもう5年も経つでしょ? それなのにまだ一度も入団試験に合格したことがない。はっきり言うわ。あんたには才能がない。探索者なんてやめなさい。
ぐうの音も出ないほどの正論だ。
人には限界がある。
どれだけ努力しても、越えられない壁がある。
人それぞれ限界点が決まっていて、どんなに努力してもそれを越えて成長することはできない。
探索者の世界ではそういう定説がある。
(俺はとっくに、限界を迎えていたんだろうな……)
魔物を倒すことで、人は強くなれる。
だが、最近はどれだけ魔物を倒しても強くなっている実感がしなくなっていた。
魔物を狩り始めた当初は、少しずつではあるが確かに強くなっていく実感があったというのに。
(……本当は、わかってたはずだ)
だが、それを認めたくなくて、フミヤは気づかないフリをしていた。
その事実を自覚したとき、
(なんで俺、ここにいるんだろ……)
急にそんな気持ちになってくる。
このまま帰ってしまおうか。
トイレに行くフリをして、こっそりと会場から抜け出せばバレはしないだろう。
まあ、もしバレたとしても問題はない。フミヤはこのクランには必要のない人間だ。いなくなったって、誰も困りはしないのだから。
そんなことを考えていた時だった。
「受験番号20番! アオヤマ・カンジ!」
カンジが試験官と戦う順番がやってきた。
(カンジ……)
フミヤは、試験官と向かい合うカンジに視線を向けた。
実を言うと、自分の試験が終わってから今この瞬間までずっとカンジのことを見ないようにしていた。
自分の実力の無さを知った彼の反応を見るのが怖かったからだ。
だが、ここならばその心配はなさそうだ。
今フミヤが座っているのはカンジの真後ろで、向こうからこちらのことは見えはしないだろう。
(……これを見てから帰るか)
もうすべてがどうでもいい。
そんな心境になりかけていたフミヤであったが、それでも途中で勝手に帰るという行為には抵抗があった。
それに、カンジとはもう随分会っていなかったとはいえ、かつては弟のようにかわいがっていた存在だ。
そんな子が戦おうとしているのに、応援もせずに帰るというのか?
そう考えたフミヤは浮きかけた腰を下ろし、座りなおした。
もうすぐ、そんな気持ちなど容易く吹き飛ぶことになるとは知らずに――。
「よろしくお願いします」
「ああ」
カンジの言葉に、試験官は無愛想にそう返した。
「来ないのか?」
こちらに向かってこようとはせず、手に持った剣をだらりと垂らしているだけのカンジに試験官がそう尋ねる。
だが、カンジはそれに答えず、逆に質問を返した。
「あのー……試験官の皆さんって、誰が一番強いんですか?」
「そんなこと聞く意味があるのか?」
「ありますよ。俺、自分の実力は正当に評価してもらいたいんです」
「……何が言いたいんだ?」
「あー……まあ、言いにくいんすけど、一番強い人と戦いたいんですよ。その方が俺の実力もちゃんとわかってもらえると思うんで」
「俺じゃ、お前の実力を正当に評価できないって言いたいのか?」
「まあ、ぶっちゃけそうっすね。今までの戦いを見た感じだと、すぐに終わっちゃいそうなんで」
「なに?」
カンジの言葉に、試験官が眉を跳ね上げる。
だが、それに構わずカンジは続けた。
「入団試験で好成績を残すと、入ってからも給料とか優遇されるらしいじゃないですか。俺ん家貧乏なんで、そこだけは絶対譲れないんですよね。だから――」
「いいだろう。そこまで自信があるのなら、俺が相手をしてやる」
会話に割り込んできたのは、最初に試験についてフミヤたちに説明していた男だった。
「サヤマさん……」
「俺は試験官じゃないが、今日来てるメンバーの中では俺が一番強い。俺を倒せたら、上の方に口を利いてやる」
説明役の男――サヤマはそう言って不敵な笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
二人が向かい合う。
カンジが剣を構え、戦闘態勢に入った。
「それでは――始めっ!!!」
審判役に回った試験官がそう宣言した次の瞬間、カンジの姿が消えた。
そして――。
「っ!?」
サヤマが驚愕に目を見開く。
会場からもどよめきが起こった。
「これで俺の勝ち、ですよね?」
カンジが背後からサヤマの首元に剣を突きつけている。
サヤマはフッと笑った。
「見事だ」
会場が割れんばかりの拍手に包まれた。
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