第3話



「なんだとてめえ!」


 だが、怒ったのはフミヤではなく、カンジだった。


「よせ、カンジ」


 今にも殴りかかりそうなカンジの肩を、フミヤは掴んで止める。


「だけど、あいつはフミヤ兄を馬鹿にしたんだぞ!」


「言い方はアレだが、先に騒がしくて迷惑かけたのはこっちだ。こっちも非がある。それに、大事な試験の前に余計な問題は起こさない方がいい」


 フミヤにそう言われ、カンジは大人しく引き下がった。


「フン」


 勝ち誇ったように鼻で笑う青年に対して、カンジが言う。


「フミヤ兄は強いんだぞ! 後で吠え面かいても知らないからな!」


 その言葉に、フミヤは目を見張った。


(俺が強い、か……)


 幼い頃の記憶が、カンジにそういう印象を植え付けているのだろう。


 フミヤは昔から体が大きく、身体能力も非常に優れていたため喧嘩が強かった。


 相手の数が多い時など、無敗というわけではなかったが、1対1では負けたことがない。


 だが、それと探索者としての強さはまったく別の話だ。


 一般的な常識で言えば、青年の言うことは正しい。


 二十歳はたちにもなってまだクランの入団試験を受けているような人間は、才能がないと判断されても仕方がない。才能があればもっと早く合格していただろうから。


(もしかするとカンジは、俺が探索者になったのが最近だと思っているのかもしれないな)


 才能の有無は、探索者になって魔物を狩り始めてから、短期間でどれだけ強くなれるかである程度わかる。


 たとえば、15歳から魔物を狩り始めてから2年でクランに合格した者より、18歳から狩り始めて半年でクランに合格した者の方が才能ありと判断されるのだ。


 もし自分が15歳から魔物を狩り始めて未だに一度も試験に合格したことがないと知ったら、カンジはきっとがっかりするだろう。


 そんな思いが頭をよぎるが、慌てて振り払う。


 今はそんなことを考えている場合ではない。


 試験に集中するべきだ。


「予定より少し早いが、全員揃っているようだから試験を始めることにする」


 そう言って、試験官たちがやってきた。


「今から受験番号と名前を呼ぶ。自分の受験番号と名前があっているかどうか、確認するように。もし違っている者がいれば、申し出てくれ」


 確認作業は滞りなく終了し、試験が始まる。


「さて。それでは早速試験を始めよう。試験内容は至極単純だ。これから君たちには、ここにいる試験官のうち、一人と戦ってもらう」


 説明役がそう言って紹介したのは、五人の試験官だった。


 男女比は男が三人に女が二人。皆若く、見た感じ年齢はフミヤたちとそう変わらないように見える。


「参考までに言っておくが、試験官は現役の探索者だ。ランクは4。まず勝てはしないと思うが、勝てなかったからといってただちに不合格になるわけじゃない。合否は戦いの内容を見て判断する。まあ、もし勝てたら確実に合格だがな」


 その言葉を聞いて、受験生のうちの何人かが拳を握った。


 おそらく、内心で試験官を倒してやるとでも意気込んでいるのだろう。


「試験のスタートはこちらが合図をする。そして、同じく試験の終了もこちらが判断するので大人しく従うように。もし従わなければ即座に失格にするのでそのつもりで」


 それから、受験生に武器を選ぶ時間が与えられた。


 武器は己が普段愛用しているものを使うのではなく、クランが貸し与える形だ。


 探索者が一般的に使用する武器は剣であり、ここでもそれが用意されていた。ただし、危険度を下げるためか、剣の刃先は潰されている。


「それではまず、受験番号1番から」


 受験番号1番の名前が呼ばれる。


 ついに試験が始まる。


 トップバッターを飾るのは、フミヤほどではないがかなり大柄な青年だった。身長は180センチ代の半ばぐらいはあるだろうか。


 それに対して、対戦相手を務める試験官は女性。それも小柄だ。身長は150センチを少し越えた程度。


 普通に考えれば、勝負にもならない戦いに思える。


 当然、男の方が勝つはずだ。たださえ男女には身体能力に差がある。しかも、男性の中でも大柄な者と、女性の中でも小柄な者の戦いだ。


 しかし、こと探索者の世界に限ってはそんな常識は通用しない。


「よろしくお願いします」


 礼儀正しく受験番号1番が頭を下げる。


「先手はそちらに譲るわ。遠慮しないでかかってきなさい」


 女性を攻撃するという行為に抵抗があるのだろうか。その言葉を聞いても1番はしばしの間ためらっていたが、やがて意を決したように、


「いきます!」


 1番が駆け出した。


 そして距離を詰め、試験官に斬りかかる。


 下から振るわれた剣が狙う先は足。


 しかし、それを試験官は己の剣で容易く受け止めた。そして、そのまま剣で払うようにして1番を吹き飛ばす。


 地面を転がった1番は、驚きに目を見開いていた。


「本気でやってる? まさか私が女だと思って、遠慮してるんじゃないでしょうね? 言っておくけど、今のままなら確実に不合格よ。今この瞬間は、私が女だという考えは捨てなさい。そして、殺す気で攻撃してきなさい」


「わ、わかりました」

 

 1番は再度駆け出す。


 そして距離を詰めると、上から試験官の頭に向かって剣を振り下ろした。その斬撃は先ほどのものよりも力強い。


 迷わず相手の急所を狙って攻撃したあたり、試験官の叱咤が効いたのだろう。


 試験官はそれを容易く受け止めた後、力づくで1番の剣を払いのける。


 そうして1番に隙ができるが、試験官はそれをあえて追撃しようとはせず、1番が態勢を立て直すのを待つ。


「うおおおおおおおっ!」


 1番は体勢を立て直すと、雄叫びをあげて試験官に向かっていく。


 それから1番の猛攻撃が始まった。


 とはいえ、猛攻撃というのはあくまで1番にとってという意味であり、試験官からすれば簡単に対処できる程度の攻撃に過ぎない。


 試験官は涼しい顔で1番の攻撃を受け止め、あるいは流し、逸らす。


 まるで何かを確かめるように。


 そして――。


 試験官の剣が1番の剣を弾き飛ばし、1番の首筋に添えられる。


 思わず、1番が動きを止めた。


「それまで! 試験終了!」


 勝てないのはわかっていただろう。


 だが、少しも拮抗した勝負にならずに、終始手加減されていた。その事実に、悔し気な表情を浮かべながら1番は下がる。


 これで受験番号1番の試験は終了だ。


 この時点で合否はわからない――受験生側はそれを知ることができない――が、実際にはクラン側で既に合否自体は決まっているだろう。


 発表自体が全員の試験が終わってからされる、というだけで。


「受験生の皆に言っておくわ!」


 試験官の女性が声を張り上げた。


「私たち試験官と戦う時は、最初から全力で来ること。さっきも言ったけど、遠慮なんかしないで殺す気でかかってきなさい。今のは1回目だから時間をとったけれど、次からはそうはいかないわ。実力を見切ったと判断したらすぐに試験を終了するからそのつもりでね」


「次! 受験番号2番――」


 続いて、受験番号2番の名前が呼ばれる。


 それから何人もの受験生が試験官と戦ったが、どれも特筆すべき点のない戦いだった。


 受験生のレベルが低いのだ。


 皆、一般人に毛が生えた程度の動きだった。


 彼ら彼女らは、学生時代ならばスポーツのできる人間として評価されたことだろう。


 しかし、探索者の世界ではそれでは駄目だ。


「次! 受験番号7番、カネモト・フミヤ」


 ついに、フミヤの番がやってきた。


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