第2話



 アサカと別れた後、バスの到着が遅れるという予定外のトラブルがあったものの、早めに出ていたおかげでフミヤは時間に遅れることなく試験会場に到着することができた。


 試験会場は闘技場のような場所になっていて、円形の広いフィールドに受験者たちが集まっている。


 軽く見ただけだが、全員が若者――しかも、おそらく10代だと思われる者たちばかりだった。


 皆緊張した様子で、誰一人言葉を発する者はない。


(まあ、わからなくもない。クランに入れるかどうかで、探索者として成功できるかどうかが決まると言ってもいいからな)


 かくいうフミヤも、少し緊張していた。


 幸い試験が始まるまでには少し時間があるし、軽くストレッチでもして体をほぐそうか。


 そう考えていた時だった――。


「あれ? もしかして、フミヤにい?」


 背後から声がかかった。


 聞き覚えのある声ではない。だが、自分に対するその呼び方には心当たりがあった。


 振り返ってみると、そこには青年が一人立っていた。


 端正な顔立ちの青年だ。


「……もしかして、カンジか?」


 アオヤマ・カンジ。


 フミヤが幼い頃、よく一緒に遊んでいた少年の名だ。彼とはもう何年も会っていなかった。


 それがまさか、こういった形で再会するとは。


「そうだよ! 久しぶり! 元気してた?」


 そう言って、カンジは屈託のない笑顔を見せた。


「大きくなったなカンジ。昔はあんなに小さかったのに」


「まあね。流石にフミヤ兄にはかなわないけど」


 カンジの身長は、170センチ代の半ばぐらいだろうか。


 体つきもしっかりとしており、やや細身ではあるものの頼りない感じは一切なかった。


「てか、フミヤ兄、やっぱりデカイなあ。俺もかなり大きくなったつもりだったのに、全然差が縮まってる気がしねえわ。何センチあるの?」


「191」


「すげえな。俺だって176あるのに、まだ見上げてる」


 その時、フミヤはカンジの少し後ろに少女が一人立っているのに気がついた。少女はカンジの腕を、遠慮がちに少し引っ張る。


「ねえ……その人、誰?」


「ああ、紹介するよ。この人はカネモト・フミヤさん。俺はフミヤにいって呼んでる。昔俺んちの近所に住んでた4つ上の幼馴染だ」


「どっちかっていうと、俺んちの近所にお前が住んでたって言い方の方が正しいと思うけどな。俺は昔から同じ家に住んでるが、お前はもう随分前に引っ越しちまったから」


 カンジは昔、フミヤが住んでいる家の近くに住んでいた。


 だが、何年も前に引っ越してしまい、それ以来今日まで一度も会っていない。


「私は……マルヤマ・キリカといいます」


 少女がフミヤにそう自己紹介した。


「俺の彼女だよ」


「へえ……カンジももう、彼女ができる歳か。こないだまで俺の後ろをついて回るガキだったのになあ」


「フミヤ兄だってまだ二十歳はたちぐらいだろ? 随分年寄りくさいこと言うな」


「ああ。今日お前と会って、一気に年を取った気がする」


「意味わかんねえよ、それ」


 『そういえば』と、カンジが思い出したようにフミヤに尋ねる。


「フミヤ兄は、彼女はいないのか? アサカ姉とはどうなったんだ?」


「……アサカ姉とは、別になんでもないよ。ま、元々姉弟みたいなもんだし、お互いに恋愛対象としてはちょっとな」


「ええ!? フミヤ兄、あんなにアサカ姉のこと好きだったのに!」


「それはガキの頃の話だよ。今もずっと同じなわけないだろ」


 フミヤが小さい頃、今から10年以上も前の話だ。


 当時のフミヤはアサカのことが好きだと公言して憚らず、結婚の約束をしたこともあった。


 だがそれは、どこにでもあるようなありふれた話だ。


 小さな子どもが、将来は自分の父親や母親と結婚すると言うようなもの。


(それに……)


 アサカと自分では、あまりにも釣り合わない。


 アサカはあの美貌に加え、幼い頃から努力家で政府から援助を受けるほどの頭脳を持つ秀才だった。


 彼女は見事その期待に応えて国内最高の大学を卒業し、今はトップクラスの探索者クランで職員として働いている。


 それに比べてフミヤは……。


 中学を卒業した後探索者となり、魔物を狩って鍛錬を続けるも成果は出ず。


 5年が経っても未だにクランに入れず、地べたを這いずり回っている。


 正直、アサカの相手として自分の名前が挙げるだけで恥ずかしい。


 だが、そんな彼の内心を知る由もなく、カンジはフミヤの言葉に納得したようだった。


「それもそうか。でも勿体ないよなあ。フミヤ兄すげえカッコいいのに。俺が女なら絶対ほっとかないのになあ」


 カンジがそう言った時だった。


「本当にやかましい連中だな。お前たち、来る場所を間違えているんじゃないか? ここは同窓会の会場じゃないぞ」


 小柄な青年が、吐き捨てるようにそう言った。


 女顔で整った顔立ちをした人物だった。声を聞かなけば、男だと気づかなかったかもしれない。


 カンジが鋭い視線をその青年に向ける。


「あ?」


 ――変わってないな。


 そんなカンジを見て、フミヤはそう思った。


 昔から気が強く、喧嘩っ早いところがある子だったが、体が小さかったため喧嘩をしても負けることが多かった。


 しかしそれでも気持ちが折れることはなく、敵意を持つ相手に対しても怯むことなく向かっていった。


「周りを見てみろよ。誰一人、お前たちのようにくだらないお喋りをしてる奴なんていない。まあ当然の話だ。これから行われるのは入団試験。人生がかかってるからな。皆必死なんだよ」


 クランの入団試験では、特に周りと喋ってはいけないというルールはない。そういう暗黙の了解があるわけでもない。


 そもそも、試験が行われるたびに毎回静かなわけでもない。今回たまたま、そういう雰囲気だっただけだろう。


 だが、それでも騒がしくしたことで周りに迷惑をかけたかもしれない。


 カンジは負けん気が強い性格だが、決して自分の間違いを認められない人間ではない。


 彼が自分の非を認め、謝ろうとしたその時だった。


 青年が決して看過できぬ言葉を吐いた。


「まあ、お前は違うかもしれないけどな。さっきちらっと聞こえたんだが、お前そいつより4つも年上なんだって? その歳になってもまだクランの入団試験を受けてる理由がわかる気がするよ。必死さが感じられない。だから落ちこぼれるんだよ」


 フミヤの方を見て青年はそう言った。


 それは明らかな侮辱だった。


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