第77話 ライ、アスカーヌ共和国にて5

 ライたちの探査魔法を使った一斉射撃は、距離が150m余の有効射程内であったこともあってほぼ狙ったところに命中した。その時、サンダカン帝国情報部アスカーヌ派遣隊のミズイラ・ジーラムは、風魔法の呪文を呟いていた。


 いわゆる魔法の射程は大体100m足らずであり、彼はその距離で最大の風の刃を放つつもりであった。そもそも、ジルコニア帝国かラママール王国の者か知らないが、僅かな数でやって来るのは明らかに自分たち、サンダカンの精鋭部隊を舐めていると彼は思っていた。


 現在、このアスカーヌ共和国には、情報部を中心に300名余りが送り込まれているが、このジースラス山の魔獣化作戦には最大の50人が送り込まれている。ジースラス山の魔力の吹き出し口は、過去の偵察隊が見つけたもので、多くの犠牲を出したスタンピードの記録から、探知魔法に長けたものが大体の位置を探り出したものだ。


 獣の魔獣化については、自然現象としてすでに知られており、魔力の吹き出し口にある程度近寄った獣が迷い込むことで魔獣化され、魔獣の出現によって大きな危険の元になっていた。


 獣が魔獣化するのみであれば、獣そのものの数が多くはないのでそれほどの問題にはならないが、まれに異常な数の魔獣が発生する場合がある。50年程前のスタンピードはそのケースであったが、実際的な大発生のメカニズムは知られていなかった。


 その現象の利用を考えたサンダカン帝国(当時は王国)は、さまざまに実験を行った結果、魔獣化とその増殖のメカニズムを突きとめた。それは、魔獣化して群れをなした状態で魔力の吹き出しを当てると、その魔獣は吹き出し口に寄って行ってどんどん増殖するということであり、2倍、3倍になるのもそれほどの時間を要しない。


 そして、このようにして増殖し、魔獣化した獣はその体内の魔力によって生きていくことができ、一定の頻度で魔力の吹き出し口に集まって魔力の吸収と増殖を繰り返す。


 この手法を見出した帝国は、大陸でも最も規模の大きいジースラス山の魔力吹き出し口を使って、大きなスタンピードを起こし周辺の国を混乱・疲弊させ侵略を容易にしようと計画したのだ。


 そこには、そのことで犠牲になる人々に対する思いは一切ない。サンダカン帝国にも、そういう残酷なことをやるべきでないという者もいた。王国時代の第2王子がそうで、他国への侵略計画及び、その住民を奴隷化する計画に強く反対した。


 またそれに同調する貴族や商人の有力者もいたが、結局第2王子は、反逆の罪を着せられて処刑され、同調した者達も死刑、投獄等の目にあうことになった。ジーラムは、もちろん選ばれて国外に出るほどであるから主流派の一人であり、サンダカン帝国が大陸を征服して自分たちが覇者になることを熱心に支持していた。


 その目的のためには、他者を傷つけ殺すことには一切のためらいはなく、近づいて来る少数の人々に全力で風間法を見舞うつもりであった。しかし、一方で彼はジルコニア帝国及びラメマーズ王国において、自国の工作員が手もなくひねられたという報告に懸念を抱いていた。


 かれらも精鋭であったはずだが、報告からすると、ジルコニア帝国の者の魔法は大したことではなかったようだが、ラママール王国の者の魔法は非常に強力だったようだ。その意味で、正面の今ではほとんど止まって待ち構える格好の者達にだんだん近づいて来るのに、不安を覚え始めた。


 だが、ゆっくり飛ぶ隊長に従って魔法を打つ準備をするしかなかった。しかし、相手は何か細長いものを構えている。あれは銃か?しかし、銃は魔法を放てる限界の距離では殆ど当たるものではないはずだ。


 だが、ラママールの銃はもっと射程が長いと聞いたことがある。大丈夫か?しかし、隊長から指示はなにもでない。あ!彼らの銃から光の矢がきらめいて煙がぱっと立ち上り、途端に自分より前に出ていた者の胸から鈍い音がして大きく揺れる。


 直後銃声が聞こえるので、これは銃で撃たれている。一瞬後さらに光の矢と煙が立ち、今度は右隣の同僚の胸に穴があき体が大きく揺れ、「ウウーン」と叫びながら手を広げて挙げる。明らかに銃で撃たれている。しかも、その銃は連発であり、信じられないほど次弾が早い。


『逃げろ、やられるぞ』

 念話で叫ぶものがいるが、ジーラムは準備した魔法をキャンセルして、向きを変え逃げようとしたその脇腹にドンと、殴られたようなショックと鋭い痛みを感じた。

「う、ううー」

 彼は息が止まって唸ることしかできず、意識が遠くなっていく。


 ライは自分も連射しながら、相手の胸や胴体にバッと赤い花が開き、そうなった者達がぐったりして高度を落とし、やがて落下するのを見ていた。ジルコニア人のアーマドラは一発外したが、他のラママール人の撃った弾は全て命中している。


『やはり、魔法は派手だが距離に制限があるなあ。魔力の大きい自分のものだと、この距離でも届くが、ファイア・ボールや風の刃など、魔法でつくったものの届く距離は魔力の2乗に比例する程度だ。

 その意味では、物理的なものを魔法で投げつける手榴弾なんかの効率がいい訳だし、魔法で狙いをつける銃はもっといい訳だな』


 ライは内心呟くが、連発で次々に相手を撃っていくうちに、撃たれて意識を失った敵は次々に地上に落下している。わずか1分もしない内に、空中から敵兵はいなくなった。


「よし、よくやった。あの魔力の塊を目指すぞ。まずは偵察だ。地上から射撃される可能性があるから気を付けてついてこい!」


 ライは念話と言葉で命じて、巨大な揺れる魔力の吹き出し口に向かって再度進み始める。その目的地まで現在の距離は5㎞ほどであるが、雪原と灌木であろう緑地帯の境目に茶や黒のうごめく巨大な絨毯が見える。それぞれが大きな魔力の塊だ。


 さらに、その絨毯の周辺には、それから分離した茶や黒の点がやはり蠢めいている。あれは多分魔獣の群れだ。どのくらいの数がいるかはっきりは判らないが、多分千は超えているだろう。


 体の大きさから言えば、シャーウルフは最も小さく、熊や馬の魔獣はその2倍以上大きい。当然大きい魔獣の戦闘力は上だろうから、シャーウルフ1匹に普通の正規兵の1分隊が必要とされることを考慮すると、これらの魔獣がスタンピードを起こしたら、おそらくアスカーヌ共和国の全軍を持ってきてもどうにもならないだろう。


 だんだん近づいてくると、尚更その群れの規模の大きさがよく判り、一緒に飛ぶ仲間たちの緊張が伝わってくる。ライは頭の中で計算している。あの数の魔獣を退治するのは容易ではない。


 シャーウルフの場合には、槍で貫くことでほぼ即死したが、途中見かけた熊と角と牙を持つ馬の魔獣は、大体シャーウルフの倍の大きさがあるから槍程度では無理だろう。先ほどの飛行生物は、飛ぶという都合上軽くなくてはならないので殺すのに手榴弾で十分だった。


 だが、これらの場合には手榴弾では傷を負わすことはできても殺すのは無理だろう。今は魔力の吹き出し口に集まっているので、うまく攻撃すれば多くをまとめて退治できるが、これを下手に攻撃して散らばると退治するのが大変になる。


 手榴弾では威力不足は判っていたので、爆弾は用意している。用意した10㎏爆弾であれば、近くで爆発すれば十分な威力だろうが、空間収納に持っているのが100発だ。100発では、あのように密集した群れでも、仕留められるのはいい所で300〜500頭だ。


 しかもその結果、残った魔獣を追い散らし、それらが森林から外で出て周辺に大惨事を巻き起こす。しかし、あの周辺で、魔獣を増やす作業をしているだろうサンダカンの連中を止めないと、事態はますます悪化することになる。


 困った。魔法でどうにかならないか?確かに自分は桁外れの魔力を持っているが、ファイア・ボールや風の刃であの群れを滅ぼすほどの魔力はない。まあ、だからこそ様々な武器を開発してきたのだが。


 しかし、サンダカンの連中はあの群れを魔力の吹き出し口に集めて、増殖させて数がまとまったところで一気にスタンピードを起こすつもりだろう。だから、彼らはあの群れを操っているのだろうが、どういう方法で?ひょっとすれば、人を操るあの魔道具か?


 ライは飛ぶ速度を大きく落として慎重に探査を伸ばす。なるほど、サンダカンの連中は11、12、……あと16人か。うん、魔獣にはやはり魔道具を埋め込んであるが、大分人間に使うものに比べるとお粗末だが、魔獣は散らばらずに従っているようだから、性能としては十分か。


 まて、魔力?魔力だったらあそこに莫大な魔力が噴き出しているじゃないか。あれを使えば、いや操つることができれば、あの魔獣の群れでも焼き尽くすことができるのではないか?やってみよう。


 ライは、集中して魔力の吹き出し口に探査を伸ばし、その吹き出している膨大な魔力に恐怖を感じながら、自分の魔力を伸ばしてそれの一部を同化させようとする。

『うーん、よし取り込める。それから、これを自分の魔法に使う』


 彼は、取り込んだ魔力を転化させて火魔法を発する。無論その位置は吹き出し口の周辺である。ボン!という音と共に火柱が立つが、それは現在の3㎞ほどの距離の彼らからもはっきり分かるほどの規模であり、ライが自身の魔力でマナを集めて作れる規模のものではない。


『よし、皆、見たな!あの火柱をもっと大きくして、あの魔獣の群れを焼き尽くす。サンダカンの連中が16人いるが彼らも道連れだ。俺が全力で火を大きくするから、渦にして魔獣を巻き込むのを助けてくれ!』

 ライは、もはや念話の強さを絞ることなく仲間に指示をする。


 ラママールの軍では、複数の魔術師が協力して魔法を重ねがけをする訓練を積んでいるので、調査隊はすぐに状況を飲みこんだアスラの指揮のもとに、ライがどんどん大きく、さらに温度を上げる炎を大きな帯として回転させ始める。


 そのような訓練を受けていないジルコニア人のアーマドラは、もはや飛ばずに停止している状態で見守ることしかできない。黄みかかった炎が大きな帯となって渦巻き始め、茶と黒のうごめく絨毯の外側から地上をかすめて巻き込んでいく。


 魔獣でできた絨毯は、この距離からでもかすかに聞こえる狂乱の吠え声を上げて、動きがどんどん激しくなる。それは、外側から迫る灼熱の帯から逃げようとして内側に動こうとしているが、お互いにぶつかり合って各所でその数匹が跳ね上げられる。


 地上付近を渦巻くその輝く帯は、そのあとに焼け焦げたのだろう、黒くなった塊を残していく。アーマドラが目を転じて近くの仲間を見ると、ひと際小さな体のライは目を瞑り極度に集中しており、体からは膨大な何かが立ち上っているのを感じる。


 その額からは点々と汗が滴り落ちているが、目を転じるとアスラも他のラママール人の2人も同じ状態である。彼らがこの距離でもわかる、あの巨大な灼熱の帯を発現させ操っているのだ。


 これらの、浮かぶラママールの魔法使い達、そして巨大な山を背景に、彼らが操り動かす灼熱の輝く帯とそれに巻き込まれて焼け焦げていく膨大な数の魔獣たち。後にジルコニアの魔法の第一人者になったアーマドラは、その光景を多くの人々に語り継いだものだ。


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