第76話 ライ、アスカーヌ共和国にて4

 翌朝、ラママール王国調査隊からライ、アスラの他にザーイルと最も若手のオリガイの4人に加えジルコニア帝国のアーマドラが男爵邸を飛び立った。女性のオリガイとアーマドラは、抜群の飛行魔法と空間魔法を使えることを見込まれたものだ。


 ジースラス山麓の大森林を目的地とする今回の調査によって、そこにサンダカン帝国の何らかの工作がなされれていた場合には、間違いなく調査を妨げるような仕掛けがあるだろう。


 サンダカン帝国人が飛行魔法を使うことはすでに確かめられており、この魔法はすでに4ヶ国連合軍によるラママール王国侵攻の戦いでも使われている。そのことからすれば、調査に飛行魔法を使うことは自然である。


 だから、その対策がないとすれば却って不自然というものだ。その対策は魔獣化した大型飛行生物である可能性が高い。だから、今回の調査に選ばれたものは、高速で飛ぶことができ、鉄砲・爆弾などの武器をすぐに取り出せる空間魔法を使えるものに限られたのである。


 ミーライ皇子は残念がったが、ジルコニア帝国の5位の皇位継承権を持ち、魔法もそれほど達者でない皇子の参加は危険な今回の任務の参加は問題外であった。

 アスカーヌ共和国のミースラス子爵家のシャーラ、ダーラスルの2人も、魔法の基礎能力の面では選ばれたオリガイ等に相当した。だが、圧倒的に訓練が足りていないということで、危険すぎるとして選ばれなかった。


 しかし、ダースラル少年は念話の受信能力にとりわけ優れているということで、男爵邸で調査の実況を行うことになっている。その朝の時点でブライアン男爵が家人を迎えに出した近隣の貴族4人が集まっており、彼らはミーライ皇子他の留守部隊と共にその実況を聞くことになるのだ。


 調査に加わるものの内で、ダースラル少年へ発信するのは、ラママール隊の19歳のオリガイである。調査隊のガイド役と指揮は、魔法全体に長けており、その原理をよく理解しているうえに、探査魔法にとりわけ長けているライになる。彼が魔力の兆候を探って追っていくことになるのだ。


 ジースラス山は標高4000m程度までなだらかな丘のような山で、その山麓は概ね円形であって地上500m余のふもとまでの直径は150kmを上回る。山頂はそのなだらかな山容から、急に岩でごつごつした急峻かつ険しい高さ2000mもの3角形の楔の頂点にあり、未だ登頂した者はいないと言われている。


 大森林は、その山麓の標高2500mまでを含んで長径300km、短径200kmの範囲に広がっており、30%の面積は隣国のマジカル王国を含んでいる。さらにその中には多くの肉食獣、有害な昆虫、毒蛇が住んでおり人の侵入を許さない魔境になっている。


 森林の中でも針葉樹の巨木の森は、下生えも少なく歩きやすいが、まばらな広葉樹の地域はとても人が通り抜けられる環境ではない。その意味では、実質的に空を飛んで調べるのが、調査の唯一の手段と言えるだろう。


 ライは魔力を追っているが、男爵邸に居る時から150km以上の遠くに見える標高6150mの雪を頂いたピークの方向に、大きな魔力の源にあるのに気づいていた。これは、あきらかに自然的なものであり、ラママール王国にもある魔力の吹き出し口の一つであろうが、随分規模が大きい。


 高さ500mほどで、それほど寒くはない高度で飛び始めて、いくらも経たない内に下の森林に多くの魔力の反応がある。シャーウルフが多いが、大型の熊、牙と角をもつ馬などの大型の魔獣が、通常あり得ないほど多くいる。


 これらについて、ライは地上近くまで高度を下げて、その群れまたは単独で移動しているものを、共に飛行している者達とその姿を確認した。元来、大型動物はその餌を得られる地域の限界から、それほどの密度では生息できないが、地上の反応は明らかにそうした限界を超えている。


 そういう意味では、それらの地上の獣が魔獣化していることが、そのような密度になっている理由である。それらのいずれもが巨大で、退治するには最低でも兵隊の一分隊が必要であるような魔獣ではある。すでにこの地方が、非常に危険な状態になっていることは明らかである。


 ライは、自分の探査によって作った、ジースラス山周辺の簡単な地図を男爵邸に置いてきている。さらに、出発点からの距離とともに探知結果を逐次随行者に念話で送っている。

 随行者の一人のオリガイは、男爵邸のダースラル少年と繋がっているので、男爵邸ではライが探知した結果をほぼリアルタイムで把握できる。


 男爵邸にいるミーライ皇子他もそうだが、ブライアン男爵はもちろん、他の領主達の表情がだんだん険しくなってくる。これらの人々は、調査隊が遭遇した魔獣の描写によって、その巨大さと危険性を認識するにつれて、その恐怖感と焦燥感は募るばかりであった。


 彼らにとっては自分の地元でのことであり、過去に魔獣のスタンピードで大災害になった事をはっきり意識しており、自分たちがそれに対処することの困難さ考えているのだ。


 それは最初、豆粒が散らばったようなものであったが、どんどん大きくなってきてはっきり30体ほどの2種類の飛行生物であることが判った。その濃厚な魔力の発散からすれば魔獣であることは明らかであるが、半数の15羽程度は多分羽根を広げた幅が20mほどもある猛禽類だ。


 また、もう半数余りは同じ程度の大きさだがもっと鋭い顔つきで、羽根が皮でできているような翼竜である。どちらも数羽は口を開けて「クエー!」「ケーン!」とかすかに叫ぶ声が聞こえる。


 『停止!』

 ライは念話で叫び、自らも風魔法でブレーキをかけて止まる。

 『手榴弾を取り出せ!』

 ライは命じ、収納から手榴弾を取り出し浮かべさせる。


『各目標、ライ………、アスラ………、ザーイル………、アーマドラ………、撃て!』

 さらに各人に念話によって撃破すべき目標を与えて、手榴弾を全力の風魔法飛ばすように指示する。


 各人の収納には、手榴弾が各30発詰め込まれているが、それを空間収納の持ち主は自由に取り出せるのだ。この場合は順次一発づつ取り出して、風魔法により急加速するもので、風の刃に比べると非常に容易な魔法である。


 そして、発火は、目標に命中した途端に火魔法で手榴弾の信管に着火することで行うから、着発信管に近い。また、目標が飛んでくる手榴弾を躱しても最近点で爆発させることができるので、この場合は近接信管に近い働きをすることになる。


 手榴弾は火薬の量が限定的で、その爆発力はそれほど強いものではないが、魔獣である猛禽と翼竜は飛行のための軽いので華奢な骨組みであるため、手榴弾の爆発を食らうと十分致命傷になる。


 爆発により、猛禽は羽根が飛び散り、あるいは翼に大穴が明き、場合によっては翼または頭部がちぎれ飛ぶ。翼竜の場合には翼に穴が明くか、それがちぎれ飛ぶ。また、どちらの場合にも手榴弾の爆発で飛び散る破片のため頭部にそれらを食らって、それだけで失神する場合が多い。


 通信役のオリガイを除いた4人が、31羽の飛行生物を殲滅するためには、最初の3羽程度は正面に迎え打った。近接するその後は、交叉するようになったために、突進してくる飛行生物を躱して距離をとって各個撃破していった。


 その点では、風魔法(念動力)で自由自在に飛ぶ飛行魔法使いは、翼で風を捕まえる必要のある飛行生物に比べ、小回りが利いて対処が楽である。これらの魔獣化した猛禽と翼竜は5分以内の戦闘で撃墜か、または傷ついて必死で逃げ去るかで無力化された。


 ライたちラママール王国の調査隊の武装は、ライフル銃と拳銃は持っているが、いずれも対人用であり大型の猛獣には効果は薄いと見られている。これは、今回の調査にあたっては、猛獣と対峙するような事態にはならないだろうという読みがあったからである。


 手榴弾は飛行生物に対しては十分有効であったが、大型猛獣に対しては無力ということはないにしても、威力不足は十分考えられると悩み始めたライであった。

 男爵邸では、調査隊に対して襲ってきた飛行生物を一蹴したことには、一安心はしたものの、それぞれに厄介な魔獣が森林に数多くいるという事実に、厳しい顔つきの貴族たちが報告に集中している。


 一方で、ライたちは再度ジースラス山に向けて出発した。依然として魔獣の存在は感じられるが、むしろ森林の外側より減っているような感じである。

 飛ぶライたちの間近に巨大な山が見えてきた。高山の等高線に沿って円形に森林が尽き、それから低い灌木から途中から雪に変わり、その雪の丘の頂上に巨大な切り立った三角形の山がそびえたっている。


 その山は基部の径10㎞余り高さが2㎞あるので、概ね60度のごつごつした岩の斜面を見せており、半分ほどは氷か雪で白く見え、残りは岩がそのまま見えている。

 その日は、年間の大部分は雲に閉ざされるなかで稀な頂上まで綺麗に見える日であり、近づく一行はその荒々しくも一種の美しさを感じる光景に見とれている。


 魔力の出どころは、切り立った槍のそびえるなだらな丘と、緑と白い雪原の境目辺りらしい。ライは、その巨大な魔力の吹き出し口の付近の魔力の探知に集中する。

 その吹き出す巨大な魔力に邪魔されて、その周辺の魔獣の魔力を検知するのが非常に難しいが、確かに多くの魔力塊が動いているのが判る。その中に魔力のほとばしりがある。


『来るぞ、多分敵だ。サンダカン帝国だ。銃、ライフルを使うぞ!』

 ライは皆に念話で言い、さらに続ける。

『オリガイも銃を使え、今回は君を通信に専念させる余裕がない。アーマドラさんは飛行中の銃撃訓練は受けていないだろうが、できるだけがんばれ』


『『『『了解!』』』』

 皆が返事をするが、ラママールの調査隊は飛行中のライフル射撃の訓練を受けている。敵がサンダカン帝国であるとすると、まず間違いなくその銃の性能はジルコニア帝国のレベルが精々だ。


 ということは単発銃で、一発ずつ弾を込めるタイプであり、薬きょう付きで弾は椎の実型であるとしてもライフルは刻んでいない。実際には薬きょうになっているかは怪しい。


 一方で、ラママールのものはライフル銃であり、薬きょう付きの円筒形銃弾を弾倉に8発を込められる。だから、単純に撃つ早さでいっても3倍から10倍程度で、実効射程は間違いなく150m対50m程度だろう。


 さらに、飛行魔法に関しては今回連れて来たメンバーは精鋭であるから、相手から自由自在に距離がとれる。だから、お互いに銃で渡りあうとなると、仮に相手が10倍いてもこちらが殆ど被害なしに戦えるはずだ。


 ただ、相手は火魔法や風魔法を使ってくる可能性の方が高い。しかし、こちらのメンバーはラママールでも精鋭だから、自然科学を理解していない魔法使いのファイア・ボールや風の刃は、簡単に防げるはずなので怖くない。


 そもそも、飛行魔法というなかなか魔力を使う魔法を使っている最中に、強力な魔法を使うことは極めて難しいのだ。だから銃で狙うのが最も効果が確実であるのだ。

 やはり、30人ほどの者が敵意もあらわに飛んでくる。彼らの表層の考えを拾うと、あの連中は明らかにサンダカン帝国の工作員だ。やはりここで何やらの工作をしていたようだから、多分人為的に魔獣化を進めていたのだろう。


『相手は敵だ。サンダカンの連中だ。距離150mで狙って撃て。100m以内には近づかないこと!』


 ライは、ブレーキをかけて再度速度を落としライフル銃を取り出し構える。彼に限らず、ラママールの隊のものは銃眼で狙いはつけず、銃床を胸につけて銃身の中心線を探査で捕らえながら的に探査を伸ばしていく。


 それで、正確に直線で相手に狙いをつけることはできるが、重力による弾の落下を考える必要がある。更には風が吹いていると横に流されるし、空中に浮かびながら射撃することによる不安定さなどの要素を考えると、人間の胴程度の的に確実に当てることのできる距離が150m程度である。


 敵の集団が近づいてくる。距離150m、まだ魔法を打ち合う距離ではないが、ライとラママール王国の者3人が『撃て!』とのライの合図でライフルを撃ち放つ。

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