第78話 ライ、アスカーヌ共和国にて6

 そのようにして、灼熱の帯に焼き殺されていく魔獣の様子は、ブライアン男爵邸にいる者達にはダースラル少年を通じてリアルタイムで伝えられている。それに安心の余り歓声をあげて叫び始めた領主もいるが、ブライアン男爵がたしなめる。


「ジーザル士爵、喜んでもらっては困る。彼らが飛んでいた途中にいた多くの魔獣を忘れたのか?確かに彼らの活躍で多くの魔獣は退治できたが、あの一匹一匹が我々にとっては強敵だ。

 50年前のスタンピードのことは聞いているだろう?僅か100匹足らずの魔獣によって、2000人以上の犠牲者がでて、我々のような近隣の領では歯が立たなかったのだ。あの途中にいたという魔獣は、それよりかなり多いのではないかと思うが」


「え、ええ」

 若い士爵が、そのように言われて顔を赤らめて口ごもるのに構わず、男爵はミーライ皇子に頼む。


「皇子殿下、皆さんが大変なご苦労されている上にまことに申し訳ないが、何とか残った魔獣がどの位いるか探ってもらえないでしょうか」

 流石に、男爵は皇子が自分の頼みを受ければ、受けては貰えるということを見抜いている。


「うーむ、確かに。残った魔獣も普通なら大きな脅威ですね。ダースラル君、ライ卿に散らばった魔獣の状況を調べてもらえないか、お願いしてくれ」

 皇子は、男爵の懸念も良くわかるので、念話での連絡役をやっているダースラル少年に頼む。それに少年は答えて、ライに連絡をとってもらってその答えを言う。


「ライ卿は散らばった魔獣の問題にすでに気が付いています。魔力の吹き出し口周辺の魔獣が片付いたので、彼らの魔力を追って魔獣を退治するそうです」

「おお、それは有難い」

 ブライアン男爵を始めとして5人の領主は、ほっとしたような顔になる。


 とはいえ、魔法についてはエキスパートであるライたち5人にとっても、広大な森林に広がる魔獣を退治するのは容易なことではない。それに、ライも皆も大魔法を使って魔力も大量に使い、さらに張り詰めた数時間のために精神的にへとへとになっている。


 それでも、ライは魔力を振りしぼった。その探査によって魔獣の位置は突き止めたが、すぐに周辺の地域に危険が及ぶ恐れはないことは判った。その様子を、逐次念話で伝えられることで、状況を良く把握していたアスラがライに念話で提言する。


『ライ様、一旦男爵邸に帰りましょう。散らばった魔獣を追うのは長丁場になります。今日は休んで魔力を回復させてから、明日魔獣狩りをやりましょう』

 ライも自分の残り少ない魔力と疲れ、皆の疲れた様子を感じて同意して男爵邸に戻った。


「ライ卿達は一旦帰って来るそうです。まだ、人家のある所からは魔獣の位置は遠いので当面の危険はないということです。従って彼らは、先ほどの大魔法で消耗しているので、今日は休んで明日魔獣狩りをするということです」


 念話で連絡を受けたダースラルから、その言葉を聞いたブライアン男爵は頷きライ一行を称賛した。聞くだけでも凄まじい魔法を使った一行が、これ以上の魔法の行使は無理だろうと思ったのだ。


 だから、それを聞いた夫人のジェーリスが、すぐさま使用人に指図して、迎える準備をするのを満足感を持って見守るとともに、ライたちが魔獣を最後まで退治するつもりであることを心から有難く思った。


 自分たちの現有戦力では、逐次報告を聞いている魔獣を退治するのは到底無理だと思ったからである。その日、疲れ果てたライたちは、男爵邸に帰って夫人の心使いで用意された風呂を使って、出された食事をがつがつと食べた。


 その間、食べながら集まった領主たちと皇子以下のメンバーに、その日の行動と知りえたことの簡単な説明をした。その中で最も重要な情報は、ライが探知した残る魔獣は約110匹ということであった。


 翌朝、ライは爽やかな気持ちで目を覚ました。魔力は完全に回復しており疲れもない。彼が、寝室から出て居間に行くとすでに多くの人が集まっている。彼らへの簡単な説明の後に、その日の予定を協議した。


 その日の狩りについては、王国探検隊とジルコニア帝国の一行に加え、シャーラとダースラルも本人たちの熱心な希望もあって一緒にいくことになった。シャーラとダースラルについては、地元の者として何も貢献できないのは余りに心苦しいと主張する領主たちの希望もあり、彼らも引けない面もあった。


 ミーライ皇子については、魔法の実力が心もとないが、相手の数が判っていることもあって、出来るだけ様々な経験を積ませることが重要であるので一緒に行くことにしている。

 また、今日程度の距離であれば飛べることには問題ないのと、飛行する魔物はすでにいないとみられているので、空中にいる限りは安全と見られているためだ。


 ライは収納魔法の使える者達、昨日一緒に行った者達には10㎏の中型爆弾各10発を持たせており、基本的にはシャーウルフ以外の大型魔獣についてはその爆弾によって退治する予定だ。また、全体の半数を超えるシャーウルフは数人が組んで足止めをしながら、手榴弾によって退治する。


 ライの昨日と今朝の探査結果を、全員に念話で伝えて5組に分けて散っていく。なにしろ概ね50km四方の範囲に散らばっている魔獣を狩り出して退治するのだ。これには、皆が時速100km余で飛べさらに2人に1人は探査魔法が使えるから、数日のオーダーで退治が出来ると思われている。


 ライとは、ミーライ皇子と護衛のアーマドラが一緒である。もっとも強力な魔法が使えるライと一緒であれば、見どころも多いと本人が希望してのことで、ジルコニア兵としては最も魔力の強いアーマドラが護衛についている。


『殿下、下にシャーウルフの3頭の群れが見えますか?』

 腰のベルトから手榴弾を外しながら、ライの念話に皇子が応じる。

『ああ、見えるし感じられもするぞ。あれを攻撃させてほしい』


『いいでしょう。あれは動きが早いですから、転ばせましょう』

 ライが念話を返して、念動力で走っている3頭のシャーウルフの足を掬う。


「ギャン」と叫んで転ぶ獣めがけて、皇子は手榴弾を念動力で投げつける。地上にあれば、投げつけてそれを念動力で操る格好になるが、空中にあって足場がない状態では浮かせて念動力で走らせる。


 ミーライ皇子もライの指導もあって、魔力の使い方については長足の進歩を遂げており、当初はアシストが必要であった飛行魔法についても、現在では完全に自分で飛べるようになっている。


 さらには、念動力、風の刃、火魔法など、若手の優秀な魔法の使い手にあまり劣らないレベルになっている。だから、浮かした手榴弾を次々に加速して、横たわってもがいている格好のシャーウルフに打ち当て、その瞬間に爆破する操作を滑らかに行っている。


 胴体や頭部に打ち当たった手榴弾が爆発すると、到底シャーウルフに耐えられるものではなく、いずれも即死である。このように、ミーライ皇子がまず出会った3頭のシャーウルフを退治した。


 皇子は風の刃も使えるが、現状の彼のレベルでは飛行魔法で魔力を使いながら威力のある魔法は撃てないので、魔獣であるシャーウルフにダメージを与えるような風の刃を放つことは無理である。


「殿下、近くの魔獣が感じ取れますか?」

 ライが皇子に聞くと、皇子は半ば目を閉じて集中しながら答える。

「うむ、この方向に魔獣がいる。魔力の動きからすれば1頭ではないな。多分2頭か3頭か」


「では、その方向に行きましょう。先導してください、これも訓練です」

 皇子は頷き、森林を下に見ながら集中して進み始める。探査魔法でそれに意識の大半を割かれるようでは、未熟な証拠であるが、ここは空中なのでいきなり襲われることはないので、ライも指摘しない。


 やがて木陰から、熊の魔獣が少し開けた場所に見える。高度50mほどの高さから見ているので、その大きさがピンとこないが、その距離からでも十分に巨大に見える。

 2頭の魔獣が4つ足で歩き、ライたちの飛行魔法による魔力を感知しているのだろう、見上げて吠えている。


 その状態でも肩までの高さが2mほどもあるから、立てば身長は4m近くあるだろう。見るからにごつく多分刃物も通さないように見える。ライは収納から槍を取り出し、それを100mほども持ち上げ、全力で加速して熊の1頭に投げつける。


 おそらく秒速100mほどにもなった長さ2mの槍は、立ち上がった魔熊の胴体を目指すが、なんと魔熊はそれを腕でパシリと払いのける。その時、魔熊は槍の刃の部分を払ったが、無傷のようだから、なるほどその皮膚は固い。


 次にライは手榴弾を収納から取り出すや否や加速して、立っている魔熊に打ち当たる寸前で爆発させる。流石に、その爆風で魔熊は後ろによろよろと倒れるが、「がううう!」と吠えてすぐさま飛び起き、ライに向けてさらに吠える。

 どうも、その体躯の頑丈さのために殆どダメージはないようだ。


「殿下、この相手は手榴弾ではほとんど効かないようですね。仕方がないからこれを使います」


 ライはそう言って、収納から1発の黒光りする10㎏爆弾を取り出す。ほぼ径が25cmの球形の爆弾は、20mm厚の鉄の内殻に高性能火薬が詰まっている。これは、その爆発力もさることながら、外殻の破片による殺傷効果が非常に大きい。


「おお、他の組にも持たせて良かったな。要はシャーウルフに対しては手榴弾、魔熊などの大型の魔獣はその爆弾で退治するという訳だな」

 ミーライ皇子はそれを見て応じる。


「さて、これが効かないと面倒だが……」

 ライは、浮かしたその爆弾を、まだ50m下方から吠え付いている魔熊に念動力で加速させて投げつける。魔熊は、それがやばいものと感じて、手をすこし広げて払いのけようと構えている。


 だが、ライの着火によって大きな火の玉が弾け、一瞬後には「どーん」という大音響が響きライたちに衝撃波が襲い掛かる。さらに、ばらばらと破片まで飛んでくるが、あらかじめライが張っていたスクリーンがそれらを受けとめる。


 もうもうと立ち上る煙が晴れたあとには、上半身が吹き飛ばされた魔熊の赤黒い下半身が横たわっている。10mほど離れていた、もう一頭は、横たわった状態からノロノロと起き上がろうとしているが、半身に破片によると思われるいくつもの大きな傷が見える。


 ライは再度槍を2本取り出して上空に持ち上げて加速し、その傷めがけて打ち込む。50mの距離でも聞こえる「ドス、ドス」という音を立てて、目にもとまらぬ速さで槍が魔熊の体に1m以上も埋まる。


「ぎゃ!」とその魔熊は叫び、ビクリと体を震わせてブルブルと動いていたが、やがてぐたりと動かなくなった。


「先ほどの10㎏爆弾であれば十分退治できます。問題はないでしょう」

 ライの言葉に皇子が同意する。


 その後、彼らは協力して次々に魔獣を退治していったが、他の4組も同様に順調に退治していた。ただ、一組については飛行魔獣に行き当たったが、すでに比較的脆弱でそれほど動きも早くないこの種の魔獣については、経験を積んでいたこともあって問題なく退治できている。


 この日の狩は、相手の魔獣が強い魔力を発することから探知が容易であり、個々の隊が容易に位置を突き止められたためによりその進行は順調であった。

 その結果、まだ日が残っているうちに、探知できる限りの魔獣の退治は終了して男爵邸に帰ることができた。


 その結果は、周辺の領主によって大きな感謝と共に受け取られ、その夕刻は彼らも交えて男爵邸で歓談することになった。


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