第74話 ライ、アスカーヌ共和国にて2

 2023年、明けましておめでとうございます。


    ー*-*-*-*-*-*-*-


 馬車に近づいてくる人々を見て、サリーヌ・ジス・ブライランは慌てて馬車を降りた。侍女のミーシャが「あ、お嬢様、よろしいので?」というが、若い彼女を叱る。


「助けて頂いたお礼くらいはしなくては。あの方々の助けがなければ、私達はシャーウルフの餌食だったわよ。あなたも降りなさい」


 侍女は慌てて馬車から降りて、女主人の降りるのを助けようとするが、それをさらに馬から降りた領兵のジスラが助ける。彼女がスカートの裾を気にして草地に降り立って、近づいてくる人々に向くと、かれらはすでに、5mほどの距離に近寄ってきている。


 地上に舞い降り歩いて近づいた人々は、多くがユニフォームに身を包んで明らかにちゃんとした人々に見える。一つのグループは、有名なジルコニア帝国のマークが胸についた軍服のようなユニフォームを着ており、どうも彼らは先頭の5人ほどに囲まれている少年である貴人を守っているように見える。

 

 もう一つは、目立たない上下グレーの野戦服のようなものを着たグループで、先頭に少年と30歳台に見える痩身の男が並んでいる。さらに、少女と少し若い少年の2人がいるが、彼らはその顔つきと服装からアスカーヌ人であるようだ。


 彼らは、同じ身長くらいの距離まで近づいてきたので、まずは護衛の指揮官であるジスラが、相手の全体に向かって頭を下げて礼を言う。


「まことにありがとうございます。皆さんに助けて頂けなければ、我々では到底あの数のシャーウルフは防ぎきれませんでした。しかしながら、皆さんの仲間が僅か5人で、2倍もの数の狂暴で強大なシャーウルフを退治したのには驚きました」


 ジスラに続けてサリーヌも、同じように頭を下げて丁寧にお礼を言う。

「ありがとうございました。このジスラの言う通りで、あなた方に助けて頂かなければ私どもの命はなかったでしょう。私は、サリーヌ・ジス・ブライランと申しまして、このブライラン男爵領の領主のカマイルの娘です。先ほどお礼を言いましたのは私どもの領兵のジスラと申します」


 このように貴族の一員から礼を言われた以上は、当事者はそれに答える必要がある。この場合には、獣の退治に当ったのは、ラママール王国のものであるのでその長であるライがその役を担うことになる。


「いえ、たまたま通りすがりに、あなた方の災難をお見掛けしてお助けできることができて幸いです。私はラママール王国のライ・マス・ジュブラン男爵です。この地には、調査に赴く途中で通りかかったものです。

 この横にいるのが、サミューラ・シズ・アスラ、わがラママール王国情報部第2部長の職にあります。正式には我々調査団の副官ということになっていますが、実質的には指揮を執っています。

 それから、先ほどあの獣たちを迎撃したのは、私達の調査団の一員であり、さらにそこにいる5人も同様です。それからそちらに居られるのは……」


 ライの言葉を引き取って、リンザイ少佐が言う。

「こちらにおられるのは、我らが主人であるミーライ皇子殿下だ。私は殿下の護衛隊の指揮をとるリンザイ少佐、更にこちらの制服の7人はその護衛隊だ」


 その言葉にサリーヌもそうだが、侍女もジスラを含めた護衛も3名も目を丸くしている。ジルコニアが大陸では圧倒的な大国で、かつ豊かで文化の華開いている国であることは常識である。


 その大帝国の皇子が僅かな供回りを連れて、それもラママール王国の一団と共に空を魔法で飛んでこの地を通過しようとは。到底真面目にとるような話ではない。しかし、ジルコニアの護衛隊と言われる人々、さらに貴賓のある皇子というまだ年若い青年は只者とは思えない。


 それに自分たちは命の危機を救われた存在であり、助けた人々の素性を疑うなどはあってはならないことだ。だから、サリーヌは疑問を飲みこんでその話を信じることにした。


「まあ、ジルコニア帝国の皇子殿下がこのような土地に。でもお陰で私たちは助けられました。殿下にも改めてお礼を申します」

 そう言って、侍女と護衛の3人と共に丁寧に頭を下げる。


 そこに、同国人らしい少女と少年が自己紹介する。

「私たちは、皇子殿下とラママール王国の調査団の皆さんに同行させて頂いております。私はシャーラ・ダリ・ミースラスで、このアスカーヌ共和国のダースラル子爵家のものです。

 そしてこれは従姉弟に当たる、ダースラル・ジル・オベリスでオベリス騎士爵家のものです」


「ええ!ミースラス子爵家の天才少女と少年!それで、空を飛んで来たの?」

 サリーヌは驚いて叫んだ。


 アスカーヌ共和国では、近年遠いラママール王国から伝わってくる魔法の処方が、大きな話題を呼んできたところだった。その中で、処方を受け、身体強化ができるようになり、さらに目覚めた自国の魔法使いも当然大きな話題になっている。


 とりわけ、自国がラママール王国の侵略を目指した4ヶ国連合軍に加わって、相手の魔法と自動車や火薬を使う技術力にあっさり敗れたことから、尚更魔法は大きな話題になった。そこで、首都のアスラーに魔法の能力のある者が集められて、王の前でその能力を披露したのだ。

  

 中でも有名になったのは、ミースラス子爵家のシャーラとその縁戚ということでダースラスであった。彼らは、空中飛行と風の刃やファイア・ボールなどを披露したのだが、30人ほどの集められたものの中で最も高い能力を発揮したのだ。


 それでミースラス子爵家の天才少女と少年という呼び名になっていて、遠く離れたこの地のサリーヌも知っている存在だ。


「はい、私達は言われるその2人で、この皆さんが私どもの住む街に来られたので、首都のアスラーの案内がてら行こうと思って御一緒しています。ところで、このようなシャーウルフがこのような昼間に群れを成して、馬車を追ってくるとはあまり聞いたことがないのですが。この辺りではこれが普通なのでしょうか?」


 シャーラが尋ねる。馬車で街道を移動するとは普通のことで、3人の護衛というのはそれほど手薄とは言えない。シャーウルフのような強い獣が群れをなして襲ってくるようだと、数十騎の護衛が必要になって、国内の物流は殆ど途絶えてしまう。


 シャーラは賢い子で、領の方針もあって父の経営の手助けもしているため、このようなことが気になり質問したのだ。


「いえ、つい最近まではそのような話は聞こえていません。でも、あちらにそびえるジースラス山麓の大森林周辺で、確かにシャーウルフのみでなく狂暴な獣の目撃例は増えていて不安には思っていたところです。そして、行商人が獣に殺された跡があるとの報告が最近2例ほどはあります」


 サリーヌは、彼方にそびえる双頭の高山とその山麓に広がる緑の連なりを指して、顔色を暗くしてさらに話を続ける。


「いずれにせよ、今日ほどの群れが馬車を襲ったという報告や兆候は聞いていません。だけど、事実今日私たちは10頭以上のシャーウルフの群れに追われたわけで、これは大変なことです」


「ええ、あの獣たちは只の獣ではありませんね。すごく濃厚な魔力を感じます。自然にか人為的にかは判りませんが、ああいう高山、ジースラス山ですか、ああいう所には魔力の吹き出し口があって、獣が魔獣化して大繁殖することがあると言いますね」

 アスラが口を挟む。


「そうです。私も聞いています。50年ほど前に百頭あまりの様々な狂暴で強力な獣が繁殖して襲ってきて、近隣の領で2千人以上の犠牲者が出たと言います。領兵では対処できず2万人の国軍が出動してようやく退治できたとされています。

 その迎撃の際には国軍にも5百人以上の犠牲者が出たと言います。それと同じことが起きたら大変だ!」

 その話を受けて、サリーヌの護衛隊指揮官のジスラが言う。


「まあ、まず我々の兵が退治したシャーウルフを見て見ましょう。なにか解ることがあるかもしれない」

 ライがそう言って30mほど離れて、倒した獣を点検しているザーイルの分隊に向けて近づく。


「ご苦労!よくやった。鮮やかなものだ。よくぞ被害なく倒せたな」

 アスラがザーイル達を褒める。

「うん、たいしたものだ。魔獣化した獣だから、普通の獣の何割か増しの能力だったが、よく一発で倒せたな」

 続けてライが言う。


「ええ!魔獣化している?」

 指揮を取ったザーイルが驚いて聞き返すのにライが応じる。

「ああ、まだ魔力の残滓が残っているけど、普通の獣はこのような魔力は発散しないぞ。魔獣化によって力や戦闘力もある程度上がるが、回復力が急激に高まるので、一発で殺さないとすぐに回復されるという厄介な相手になる」


「ええ、それは私も聞きました。先ほどお話しした中に、相手の獣は傷をつけてもすぐに回復されて犠牲が増えたとか言われています」

 今度はジスラが言う。


「うん、ザーイル達は実に適切な対処だったな。槍で貫いて即死させ、頭を切断して即死させる。即死させることが肝心だ。君たち5人にはちゃんと褒賞を出すよ」

「え、ええ、それは有難うございます。それにつけても魔獣化!気がつかなかった」


 まだ呟いているザーイルを横目に、ライは血を流して倒れている獣を次々に膝をついて点検している。見れば見るほど巨体でかつ獰猛そうであるが、やがてライが叫ぶ。

「これらの獣にはへそがない!」


 ライとしては珍しく狼狽えたようなその声に、とりわけラママール調査隊はぎょっとして獣を仰向けて指さしている彼を見る。数瞬の間の後に、その意味にほぼ同時に気が付いたミーライ皇子とアスラが、「あ!それでは」と半ば叫ぶ。


 半数ほどが、ようやく気が付いた様子を見てアスラが説明する。

「この獣たちは、卵生でなく胎生であるはずだ。そうであれば、体内で母と繋がっていた時の栄養を運ぶ管が繋がっていた跡であるへそがあるはずだ。

 しかし、この獣にはその臍がない。だから、これの原型は獣であったかもしれんが、魔物として生まれた可能性が強い」


 それを聞いて、皆が納得するような顔をするが、それに立ち上がったライが付けくわえる。


「母から生まれる獣であれば、餌の限界もあるからそれほど大量の数が生まれる訳はない。しかし、魔力によって生み出される魔獣であれば、その数はどの程度になるか見当もつかない。私は、この現象は単なる自然現象ではなく、人が悪意を持って何らかの操作をした可能性が高いと考えている」


「人が?サンダカン帝国?」

 今度はミーライ皇子が呟くが、続けてアスラが言う。


「確かに、サンダカン帝国にとっては利のある話だな。彼らにとっては、この国など乱れている方が望ましい状況だ。さらに魔法を深く研究しているはずの彼らなら、人為的に魔物の大繁殖を手助けする手法を開発している可能性がある」


 訳の判らない話ではあるが、理解に努めているシャーラが口を挟む。

「昨日、言われていたサンダカン帝国が、ジースラス山でなにか悪さをしているというでしょうか?」


「ああ、その可能性はある。確かに、ラママール王国によって魔法の処方と知識が大陸中に行き渡っている状況で、彼らの魔法能力のみでまともに大陸を征服しようというのは困難だろう。

 だから、魔獣のスタンピードによって諸国を混乱させて、その隙に諸国の征服を狙おうというのはありうる」

 ライが考えながら言う。


「だとすれば、多くの犠牲を出るのを承知ということか、なんという悪辣な奴らだ!」

 ミーライ皇子が自分の掌に拳を打ち付けて、そのいら立ちを見せる。

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